第二章 記憶の本 第十五話
今日も今日とて特に進展のない失踪事件の捜査につい吐き出したくなるため息を飲み込みつつ、真っ直ぐに自宅へと帰る。
細と胡蝶と三人で捜査チームを組んでいた愛瑛佳は、一人になったことで別のチームに加わった。事情が事情なために若干気遣う空気はあるものの、流石に捜査にまで影響を及ぼすことはない。
それでも少なからず気疲れはするもので、自宅の玄関を潜った途端に飲み込んでいた大き目のため息を吐き出した。
慣れた空気にホッとしつつ洗面所で手洗いうがいを済ませてお風呂を沸かす。一度座ってしまうと動きたくなくなってしまいそうなので、そのままキッチンで夕食作りに取り掛かることにした。
だがその前に急ぎの連絡が来ていたらいけないのでスマホを確認する。
表示された通知は一件。送信者は東條達望。
メッセージの内容を全文見ることはできないが、どうせいつものように愛瑛佳を心配する言葉が並んでいるのだろう。
だからこそ今はまだ、達望とは連絡を取らないと決めていた。話をしてしまえばきっと、余計なことを言ってしまうから。達望にだけは縋らない。この拘りを変えるつもりはなかった。例え、怪異に縋っても。
高校生の頃に決めた自分だけの拘りのために、愛瑛佳は新しい怪異を作り出そうとしていた。幸いというべきか、仕事でそういった話に触れる機会は多かったので形式は分かる。
まずは内容。欲しいのは、忘れたいことを忘れさせてくれる怪異。悲しい記憶を持ったままで生きていかなくて済むように。生きるために要らないものは、全部失くしてしまえるように。
要らないものはどうやって指定しようか。あの時の、この部分、と言葉だけで正確に表すのは難しい。
それなら、これまでの記憶が物語のように本になっていたらどうだろう。その本の記述を書き直すだけで、要らない記憶を簡単に忘れることができる。
……よし、これにしよう。
あと必要なのは、名前だけ。たくさんの人に語られる噂話になるための、分かりやすい名前。
「“記憶の本”」
分かりやすくて簡単な名前。これからこの名前と、内容を、愛瑛佳はたくさんの人に語っていく。“記憶の本”が怪異として生まれてくる、その日まで。




