第一章 弔い写真 第二話
「いらっしゃいませ。お好きな席にお掛けください」
来客を知らせるベルが鳴り、飲食店お決まりのフレーズを啓嗣が伝える。
入り口付近に立つ女性客は、カナリアの羽のような鮮やかな色の髪を後ろで一つに纏め、若葉や若草のような柔らかな印象を与える瞳は初めて入るお店への不安が見て取れた。
そうしてゆっくりとした足取りで、どの席に座ろうかと考えるようにキョロキョロと店内を見まわしながら中へと進んでいく。
店内は空調が効いていて外の窒息しそうな暑さと比べ物にならないくらいに過ごしやすく、ギラつく太陽が嘘のように薄暗かった。そんな内装を眺めていた瞳が、カウンター内にいる啓嗣を見つける。
この薄暗い店内に紛れるような濃い紫色の髪。服も黒を基調としたものを着ているので、薄闇に紛れてしまったら見つけることは難しいだろう。
けれどそんな薄闇とは対照的に、まさに今の外の天気のような真夏の日差しの強い青空のような瞳は暗闇の中でも見失うことはないだろうと思えるほどに鮮烈だった。
その瞳に惹かれるかのように、女性客はごく自然にカウンター席に座った。それが、彼女が“必要なお客さん”であることの合図。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっと、アイスコーヒーを」
「かしこまりました」
急いで本題に入ることはせず、ごく当たり前の店主と客のやり取りを行う。この女性客の他には、奥のテーブル席に二人組がいるだけ。あちらはあちらで自分たちの会話に夢中になっているので、カウンター席の様子など気にも留めないだろう。
そもそも、奥の席からカウンター席は見えにくい。そういう風に配置してある。だからこそ、カウンター席の内部にいつも立っている啓嗣と話をする必要のあるお客さんはここに座るのだ。
「お待たせいたしました。アイスコーヒーでございます」
「ありがとうございます」
注文の品を届けたら普通店員は立ち去るが、ここはカウンター席。啓嗣は未だ近くに立っており、いつでも話ができる環境だ。
アイスコーヒーを飲みながら、なおも店内の様子を気にしていた女性客は奥の席に座る二人組が会計に立ったり次の客が入ってきたりする気配がないことを悟ると、意を決したように啓嗣に声を掛けた。
「あの!ここで、私の想いに添ってくれる怪異の名前を教えてもらえると聞いたのですが……」
ここは月光茶店。またの名を、異界喫茶。
叶えたい想いを抱えた人たちが訪れ、その想いに添ってくれる怪異と出会うための場所。大学時代に怪異を学んだ啓嗣が作った場所。
人は、弱い生き物だ。ズルをしないと、生きることさえ難しい。
それに気付いた時に、啓嗣は決めた。ズルをしないと生きられない人たちが、ズルをしやすい場所を作ろう。例えその方法を何度咎められても、もう一度、何度でも。そうすれば人はまた、生きていける。
「では、まずはあなたのお名前と、どんな想いに添ってほしいのかを聞かせていただけますか」
月光茶店は、いや、異界喫茶はこうやって、ズルをしながら生きていくための場所だ。




