第一章 弔い写真 第一話
電車とバスと市電が走る小さくはないこの町が、蝶花楼啓嗣の地元だ。
その中心市街地に位置し、地元の交通拠点とも言われる駅の地下一階。薬局や雑貨屋、アニメグッズの店やたこ焼き屋、クレープ屋などが立ち並ぶエリアから地下通路の方へ出ていくと、途端に喧騒が薄れて寂しい雰囲気が広がる。かつてはここにも飲食店などが店を構えていたが、いつの間にか空き店舗になっていた。
通勤通学のために自転車置き場から地下道を通って地上へ上がろうとする人はそれなりにいるものの、出勤するために地下へ降りてくる人は啓嗣の他には彼の店舗から少し離れた位置にあるヘアサロンの従業員くらいのものだ。最近は水路の上に立つ商店街が活性化してきてシャッター街からの脱却を図っているが、この地下通路は相変わらずだった。
だからこそ啓嗣は二度目の喫茶店経営に敢えてこの場所を選んだ。必要な人に、必要なだけ時間を使えるように。
ズルをしようとする時、人は他人の目が気になってしまうから。来店人数は多すぎないほうがいい。けれど必要な人が来やすいような場所がいい。
最初の店舗では駅前に店を構えたためかそれなりに人通りも来店人数も多かったことから思うような対応ができずに店を畳んでしまったが、ここはそんな条件を全て満たしてくれていた。
地下道を真っ直ぐ進み、突き当りを右へ。するとすぐに、結び山茶花のロゴが描かれた看板が目に入る。月光茶店。大学を卒業してから啓嗣が開いた店だ。目印になる看板のロゴは誕生日の花紋を採用しており、これは最初の店舗から変えていない。
立地的な理由により店内は昼間でも夜の始まりのように薄暗い。照明を調節して明るくすることは勿論可能だったが、せっかくならこの薄暗さを活かそうと明るさは敢えてそのままに、壁紙は星空を連想するものを選んだ。
メニューは一般的な喫茶店と似たようなもので、サンドイッチなどの軽食やコーヒーなどの飲み物がある。唯一珍しいものと言えば、甜茶だろうか。このほんのり甘いハーブティーは昔から啓嗣のお気に入りで、メニューにも取り入れたのだ。
開店時間は午前十時。とはいえ、開店直後から来店する人は滅多にいない。
今日もそれは同じで、カウンターから見える入り口の扉越しに行き交う人々の姿が確認できるが、この店を気にしたり立ち止まったりする人は誰もいなかった。
昼時になれば多少客足も伸びるが、啓嗣の想定する“必要なお客さん”は毎日訪れるものではない。来るときには来るし、来ないときには来ない。啓嗣にできることは、ただこの店で待つことだけだ。
この店には啓嗣が今立っている入り口に入ってすぐ目の前のカウンター席の他、入り口から左右に分かれてテーブル席がいくつか用意されているが、“必要なお客さん”は決まってカウンター席に座るので分かりやすい。
そして何組かのお客さんを送り出した後、今日初めての“必要なお客さん”がやってきた。




