第二章 記憶の本 第二話
愛瑛佳、細、胡蝶の三人は幼馴染で、高校卒業後は揃って警察学校に通い、共に警察官として日々奔走している。何かと事件が絶えない昨今、彼らは毎日忙しく走り回っていたが、時々「売り上げに貢献しに来た」なんて言いながら月光茶店に顔を見せてくれていた。
渉夢も大学卒業後に警察学校に入ったはずだが、所属が違うとかであまり時間が合わないらしい。一緒に啓嗣の店に来たのは一店舗目の開店祝いを持ってきてくれた時だけで、三人が訪れた時には渉夢はきちんと休めているのかと時々話題に上がるくらいだ。
彼らは“必要なお客さん”として異界喫茶を利用することはなくあくまでも月光茶店の常連だったが、啓嗣と話がしやすいからとカウンター席に座っていた。端っこが愛瑛佳、真ん中に胡蝶が座って、その隣に細が座るのが定位置だった。
啓嗣が見かける時は、ほとんど三人一緒だった。聞いた話によると、捜査チームも三人で組んでいるらしい。
けれど去年の冬。年の瀬も迫ったとある寒い日の朝、胡蝶が捜査中の事故で亡くなったと連絡があった。
同業の愛瑛佳や細なら詳細を知っているかもしれないが、ただの友人である啓嗣にはどんな事件を追っていて、何故事故が起きたのかという詳細を知ることは難しい。
全く気にならないと言えば嘘になってしまうが、それでも同じ捜査チームでもしかしたら事故も目の前で目撃しているのかもしれない二人に、自分の興味だけであれこれ聞いてみようという気が起きるはずもない。
それは胡蝶の葬儀に参列した誰もが同じ気持ちだったようで、その話題を口に出す人は誰一人としていなかった。ただ胡蝶の最期の姿は、白い肌にも淡い茶色の髪にも傷や汚れ、乱れの一つもなく、事故に巻き込まれたというにはあまりにも綺麗で、まるで眠っているかのようだった。
二人になってからは一度だけ、月光茶店に来たことがあった。いつもの定位置で、いつもの注文。けれどいつも胡蝶が座っていた真ん中の席だけが空いているのが、どうにも違和感だった。それでもこれからはこの光景に慣れていくのだろう、と。
そう思っていた矢先、細が亡くなった。今年の、春が終わる頃の出来事だ。胡蝶が殉職した事件について単独で捜査をしていたらしい。この時もまた、詳細について愛瑛佳や他の関係者に尋ねようなどと思う人はいなかった。
啓嗣も同じだった。胡蝶と細がいなくなって、自分も悲しかったけれどそれ以上に、ずっと一緒だった愛瑛佳は悲しいはずだ。
だから葬儀からしばらく経った頃、愛瑛佳が一人で月光茶店を訪れた時にもその話題には触れないつもりでいた。
けれどこの店はいつも三人で来ていた店だ。ふとした拍子に思い出し、思い出話のような流れになった。そこでふと、愛瑛佳が零したのだ。
「私が、余計なことを言ったのよ」
この時、店はもう閉店間際の時間帯で他の客の姿はなかった。ラストオーダーの時間も過ぎているため、今更入ってくる人もいないだろう。
けれど念の為入り口にはcloseの札を下ろして、啓嗣は愛瑛佳がゆっくりと話せるように場を整えた。




