第二章 記憶の本 第三話
去年の夏。蝉も鳴く気が失せるほどの暑さの中で、薄羽班に所属する細、胡蝶、愛瑛佳の三人は照り返しの厳しいアスファルトの道を歩きながら、とある行方不明事件の捜査状況の確認をしていた。
「二階の自室の窓は全て施錠されていて、外に出た形跡は無し。玄関に向かうには必ずリビングを通る必要があるため、深夜三時頃に帰宅した父親の目に入ることなく玄関から外へ出ることは不可能……まぁ考え方は色々あるな」
三人の先頭を歩きながら情報を纏めているのは、この捜査チームのリーダーである薄羽細だ。
クールビズ仕様のスーツに衣替えを済ませているとはいえ、猛暑には勝てないらしい。靄がかった緑色の髪の毛先から垂れる汗を鬱陶しそうにハンドタオルで拭いつつ、方向音痴の二人がどこかへ行かないように先導しながら歩き続ける。
「普通に考えたら、父親が帰ってくるより前の時間にもう家を出てたってことでしょう。寝た後でもいいけど、何時に家を出たっていう確定情報はないんだから」
「ご両親は、無断で外出するはずがないと仰っていましたね」
愛瑛佳が挙げた以外にも、自室から出た後に誰かに施錠を頼んでおいて、頼まれた人がそれを黙っているだけという可能性もある。協力した理由やそれを黙っている理由、二階から飛び出して無事かどうかなど様々な点から疑問は残るが、あくまで可能性としてならそういう説もありだろう。
そしてそんな無理な説を取らずとも、目撃者がいない時間帯はいくらでもあったという点から愛瑛佳の説が一番有力だ。
しかし、それに対して胡蝶が淡々と反論する。細も愛瑛佳も頻りに汗を拭ったり手で顔に風を送ったりして少しでも暑さを凌ごうとしているのに、胡蝶はといえば暑さを感じていないかのように静かで涼しげだった。唯一、トパーズのような美しい瞳だけが眩しそうに細められている。
「あのな、胡蝶。関係者の言う“するはずはない”ほど当てにならないものはないんだよ」
さらにそう反論した細は前を向いたままだけれど、きっとその赤みの強い黄色の瞳を細めながら言っていることだろう。それが太陽が眩しいせいか、人を信じすぎる胡蝶に呆れてかは分からないけれど。
「細も大人になったよね。昔だったら家族の前でそれ言って、絶対怒らせてたでしょうに」
「今言っちゃいましたけどね」
「今は良いだろ別に」
愛瑛佳曰く、昔の細は真実の奴隷のような人間だった。真実が分からないことには気が済まない。そして、“やった”という純然たる事実があるのならそれが全て。まずは事実で事情は後。
そんな捜査方法だったので昔は顰蹙を買ったり先輩から散々怒られたりしていた。けれどいつからか、細は突っ走ることをしなくなった。思うに、指導についてくれた先輩が警察をやめてしばらく経ってからだった気がするが、愛瑛佳も胡蝶もそこまで突っ込んで聞くことはしなかった。
「話戻すぞ。この時行方不明になったのは高校三年生で、友人が聞いた話によるとピエロから風船を貰ったと言っていたらしい。これがつい一ヶ月前。去年の冬にも一件似たような話があった。で、またピエロから風船を貰って行方不明になった大学生がいたわけだが……」
細の足が止まり、同時に言葉も途切れる。けれど続く言葉を、胡蝶も愛瑛佳も察していた。
――ここが、直近でピエロが目撃された場所。
何の変哲もないありふれたこの道でピエロを見たのは、つい最近自室から忽然と姿を消したと警察に届出があった大学生の男の子だ。玄関も自室の窓も施錠されていた。今回もまたいなくなった時間帯ははっきりとは分からず、目撃者もいない。まず家出が疑われたものの、分家筋とはいえ旧家の一人息子ということで誘拐の線も捨てきれなかった。
犯人は現場に戻るとも言われるくらいなので、もしかしたらこの場所に不審なピエロが再び現れるかもしれない。
仮にピエロの格好をしていなくても不審な人物を見逃さないように注意しながら、細は今日の午前中のことを思い返していた。




