第一章 弔い写真 第十一話
そうして今、異界喫茶にてその話を聞いていた啓嗣は「なるほど」と頷きながらカウンターの端に置いてある桜の盆栽に手を伸ばす。
「面白いお話をありがとうございます。ですが感染系を心配されるのであれば、世の中に溢れている怪異譚は全て感染系ということになってしまいますね」
「え、そうなんですか⁉じゃあ、“ピエロの風船”も?」
「えぇ。それに今からお伝えする怪異の名前もそうです。名前を聞いた人の元に現れて、その想いに添う。怪異とはそういう存在ですから」
異界喫茶とは、そういう怪異の在り方を利用して作り上げたシステムだ。
正確には、怪異と出会うのは“名前を聞いた人”ではない。どうか想いに添ってくれ、と。そう願う人が、その想いに添うことのできる怪異の名前を聞いて初めて縁が繋がる。だから神楽の前に姿を現した“ピエロの風船”も、嘉月たちの前には姿を見せなかったのだ。
「ですので、今ここで怪異の名前を聞けば、必ずあなたの前にその怪異は現れます。今すぐ現れることもあれば数日後になることもありますが……心の準備はよろしいですか?」
「はい」
迷いのない声だった。それなら、と啓嗣は桜の盆栽の裏に伸ばした手で写真立てを掴んで引き寄せる。せっかく実物があるのなら、見せながら説明した方が分かりやすい。
「あなたの想いに添ってくれる怪異の名前は、“弔い写真”。これが俺の前に現れた実物です」
「実物⁉」
まさか実物が出てくるとは思っていなかったようで、翠恋は弾かれたように椅子から立ち上がる。けれどこうして名前を聞いたからには、この写真が自分の前に現れるのだ。それを思うと余計に気になって、そっと写真に近付いてみる。
啓嗣と同じような濃い紫色の髪をハーフアップにした、凛とした美しい女性が写っている。どこにでもあるような普通の写真だ。これのどこが怪異なのかと疑問に思いながら眺めていると、写真の中の風景が変わる。
女性が立ち上がって笑顔で手を振った先。写真では写っていなかったところから、一組の男女が現れた。よく見ると彼らには啓嗣と、写真に一緒に写る女性の面影がある。年齢的に、恐らく両親なのだろう。
合流した三人が笑顔で歩き出し、写真に写らない場所へと消える。
すると入れ替わるように写真の中に二人の男性が現れて、何やら話をしているらしい。
翠恋が見つめていた短時間の間にも、こうして写真の中の風景はくるくると移り変わった。
「動いた……」
「そういう怪異なんですよ。ある日、撮った覚えのない写真が現れる。その写真にはその人が忘れたくないと思っている存在が写っていて、まるで生きているかのように動き出す」
この“弔い写真”に写っているのは、これまでに亡くなった啓嗣の大切な人たちだ。
最初に写っていたのは姉。プロポーズをしてもらったのだと嬉しそうに家族に報告していたのが啓嗣の中での最後の記憶だ。両家の顔合わせの為に予約した店に向かう途中で、酒気帯び運転の車に撥ねられて全員が帰らぬ人となった。
あまりにも急すぎて、当時の啓嗣には現実感があまりなかった。
けれど一年が経ち、二年が過ぎ……家族の気配はどんどん薄れていった。
人は、忘れていく生き物だ。どんな声で話し、どんな顔で笑ったか。忘れるわけないと思っていたことが、曖昧になっていく。
そこでようやく、家族を失ったのだという現実感を得た。次いで生まれたのは、どうしようもない喪失感だ。
啓嗣には、早くに家族や大切な人たちを亡くした友人が一人いる。今までは想像でしか寄り添えなかったその友人の気持ちを、自分も同じ立場になって痛感していた。
だが、どうしようもない。失ったものは帰ってこない。整理して、立ち上がって、歩き続けなければならないのだ。




