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月下の庭  作者: 行見 八雲
三組目:二人の子ども
21/21

いの5



 そんな日々を過ごしながら、ケモ耳っ子達はすくすくと大きくなっていきました。身長もぐんと伸び、体もしっかり肉が付いて、昔の痩せ細っていた頃の面影はありません。うちに来たのが見た感じ六・七歳ぐらいだったのが、今や中学生ぐらいの大きさになっています。


 特に成長著しいのがバンガル君です。毎日ランさんに言われるままに、裏山のランニングから畑の手伝いに鍬の素振り、時に私が教えた筋トレをしたり木に吊るしたサンドバックを打ち込んだりと、一日中体を鍛えていたおかげか、太い二の腕に厚い胸板の逞しい青少年に育っております。

 可愛らしかった顔も今やワイルド系に向かってひた走っており、背はまだランさんには届きませんが、このままではランさんとの恋愛の役割が逆転してしまいそう。まあ、ランさんは人知を超えた超絶美形なので、どんなポジションでも大丈夫ですけどねっ!(どやぁ)


 一方のニケ君ですが、彼もランニングや素振り、畑の手伝いなど基本的な訓練はこなしますが、それ以外はよくネットをしていたりします。なんでも世界のことを知りたいとかで、世界地図やウィ○やニュースを見ているようです。

 あまり長く見ないように注意はしているのですが、よくネットで長時間BL小説を読んでいた私としては注意し辛く、また目が悪くなると注意しようにも、クールな眼鏡っ子も悪くないんじゃないかと思うとなかなか強くは言えません。本当に世の中は葛藤ばかりです。さすがに教育上よくないと思われるサイトやアダルトサイト等は見ないよう注意しましたが。

 そんな生活のせいか、外見は細身ながら程よく筋肉の付いた知的美青年になりそうです。

 ふふふ、私の美形青少年育成計画は順調です!


 そしてその頃から、ランさんはケモ耳っ子達二人を連れて時々どこかへ出かけるようになりました。何でも、強くなるためには実戦が一番、だとかで。

 実際にどこで何をしているのかは教えてもらえませんでしたが、丸一日出かけて帰ってきたケモ耳っ子達は、怪我こそ無いものの着ているものはボロボロで、疲労困憊のようでした。腕を上げるのも怠いというようにのろのろと夕飯を食べ、烏の行水並みに短い風呂を済ませると、すぐに寝入ってしまいます。いつもなら、私が部屋から持ってきた健全な少年漫画を読んでから寝たりするのに。


 一体どこでどんな特訓をと、ハラハラドキドキワクワクが止まりません。秘密の特訓というのは漫画でも定番の師弟の絆を強くする重要なイベントです。それに危機的状況というものは人の結束を強くしますし、そんなところで三人っきり……何が起きてもおかしくはありません。三人が戻って来るたび、何らかの変化はないかとつぶさに観察しております。


 そういえば、ランさんは外へ出かけられる前に必ず、私に、以前ランさんからもらったお守りをちゃんと持っているかを確認してきます。

 そのお守りは、中に十円玉が入るくらいの小さな巾着に紐を通したもので、お風呂の時を除いて常に首に掛けています。中に何が入っているのかは知りません。ランさんに聞いても「大事なものだ」としか答えてくれませんし、お守りって何となく中を見てはいけない気がするというか。ただ、その巾着を私に渡してきた時のランさんの表情がひどく真剣でどこか必死で、絶対にいつも身に付けているように言われたので、きちんと守るようにしています。

 ランさんがあれほど強く反論を許さない勢いで真剣に言っていたのですから、本当に大事なものなのでしょう。しかしランさん、怖くて聞けませんが、もしかして私、何かに呪われてたり憑かれてたりするんですか……!?



 そんなある日、いつものように朝ケモ耳っ子達を連れて出かけていたランさんが、夕方一人で戻って来られました。あれ? 子ども達は? と問いかけた私に、ランさんは「信用できるところに預けてきた」と答えました。

 詳しく聞いてみると、もっと色々と学ばせるために相応しい場所に、一月ほど預かってもらうことにしたそうで。事前に何の相談もしてくれてないのですが……。まあそこは、三角関係わっふるわっふる! と訓練に関しては二人を任せっきりにしていた私がいけないのかもしれませんけれど。

 ひとまずランさんが大丈夫だと言うのなら私も信じることにします。ですがランさん! その信用できる人の性別年齢容姿ランさんとの関係性はきっちり教えて頂きますからね!


 そうして一月と幾日かが過ぎた頃、ランさんが迎えに行って、ケモ耳っ子達が帰ってきました。しかし子どもの成長とは早いものです。いつの間にか背も大きくなっており、体もますます逞しくなっていました。何よりその、やけに荒んだ目が……。

 私を見るなり、涙目で抱き着いてきた二人に戸惑いが隠せません。ラ、ランさん、本当にその人に預けて大丈夫だったんです よ ね……?


 我が家に戻ってきた日、ケモ耳っ子達は死んだように眠り、涙を零さんばかりに噛み締めるように食事をし、縁側で庭を眺めながらぼーっとしておりました。



 さらに数日経った頃、ランさんは再びケモ耳っ子達――涙目で必死に暴れておりましたが――を連れて出かけ、また一人で戻ってきました。様々な経験を積ませるため、今度は別の人のところに預けてこられたそうです。

 まあランさんたら意外と顔が広~い。どんなご友人達なのかな、ドキドキうふふ。などと思っている場合ではなく、こ、今度こそ大丈夫ですよね? 信用していいんですよね??


 そんな願い(?)も空しく、一月後戻ってきたケモ耳っ子達は虚ろな目をして頬もこけ、肌も日に焼けて野性的な存在感を放っておりました。体も極限まで引き絞られた様子で……。私が頑張って育て上げたお肉たちが根こそぎ奪われてました。そして、透けるように白かった知的クール美人ニケ君のお肌がこんがり焼けてしかもガサガサに……!!

 よく見れば髪にも服にも細かい砂が降り積もっています。……いったいどこへ行っていたのでしょうか。



 また数日後、ランさんは私に縋りついて出かけるのを嫌がるケモ耳っ子達を力づくで引き剝がし――見た目の割にすごい力持ちです――、出かけて行きました。ええ、もう分かってますよ、またご友人に預けてこられるのでしょう。

 出かけて戻って来た時のケモ耳っ子達の様子にさすがに心配になった私は、ランさんに、あまり無理をさせないように、とささやかな注意を試みてみました。しかしランさんに言わせると、彼らがこの先歩いて行く道のためには必要なことだ、そうで。

 そう言われると裏社会のことなど全く知らない私としては、やはり裏社会では可愛いケモ耳っ子達を手に入れようとする輩は多く、自分の身は自分で守らなければならないのだろうと、心を鬼にするしかありません。


 そして戻ってきたケモ耳っ子達は、やはりやつれ果てた様子でした。顔色も悪くお肌も荒れまくりで、夕飯には暖かいものが食べたいと言うので鍋焼きうどんを出したところ、立ち昇る湯気を見て涙を流し、うどんを口に含んでは「暖かいご飯って良いよなぁ」と鼻を啜っておりました。着て帰った服も妙にモコモコ……とよく見れば動物の毛皮のようです。……本当にどこで何をしてたんですか……。

 ちらりとランさんを見やると、ランさんは相変わらずの端整な無表情でお茶を飲んでました。



 ケモ耳っ子達を預ける期間は一月から半年とまちまちでしたが、そんなことが数回あり、やがてケモ耳っ子達の身長も体も大きく逞しくなっていきました。見た目的には、部活動に情熱を注いだ高校生くらいでしょうか。

 出かけて帰って来るたびに、野生の生き物のようなしなやかで隙のない身のこなしと、死線を潜り抜けてきたような鋭い眼差しが増している気がします。

 けれど、毎回着ている服はボロボロですが、見たところ怪我をしているわけでもなさそうですし、きっと素敵なトレーニングをしてきたのだと思います。う、うん!


 バンガル君は見上げるような長身にがっしりとした体つき、顔は一見ワイルド系ですが笑えばまだまだ可愛らしいやんちゃさがのぞきます。体と共に大きくなった耳も堂々とした存在感を示し、尻尾もふっさりと揺れて野性的な貫禄を醸し出しています。


 一方のニケ君は、体つきこそバンガル君ほどは大きくなりませんでしたが、一見細身に見えて脱いだらしっかりとした筋肉が付いています。え? 何で知ってるかって? うふふふふふ。

 顔も細面で、すっとつり気味な目が知性を感じさせます。視力はそれほど悪くはありませんが、以前プレゼントしたシルバーフレームの伊達眼鏡が非常によくお似合いです。艶のある猫耳とすらりと伸びた尻尾が気紛れな小悪魔感を出しており、非常によろしい。




 それは暖かな日差しが降り注ぐ、肌寒さも和らいできた春の初め頃の日のことでした。ランさんが突然、子ども達が大人になったと言い出しました。

 私が驚きのあまり、ぶうぅぅーー!! と飲んでいたお茶を噴き出してしまったのはお約束だと言えましょう。そして、次の瞬間にはランさんに詰め寄り、「ええ!? い、いつですか、どこでですか、二人共ですか!!?」と胸ぐらを掴んでしまったのも仕方がないことです。


 そんな私にランさんは首を傾げつつ、子ども達はすでにどこででもやっていける知識も能力も身についているし、その体格からしてもそろそろ成人と言えるだろう、ということを説明してくれました。あ、ああ、何だそういうことですか。ほっとしたようながっかりしたような、どうにも複雑な心境です。

 しかし、もう二人は大人の仲間入りなんですか。月日の経つのは早いものですね。


 これから二人はどうするつもりなのだろうと思っておりましたら、数日後、二人から「旅に出ようと思う」と言われました。仲間の住む村の様子も気になるし、世界を見て回って獣人の現状を知りたいのだということでした。

 そして、バンガル君にはどうやら夢があるようで。その内容は教えてはもらえませんでしたが、「叶ったときはナギ様にも絶対見てもらいたい!」と子どもの頃のように輝く笑顔で言われました。

 もうもう、そんな顔をされたら二人の親代わりとしては応援しないわけにはいきません。すっかり大きくなった二人を両手で抱き締めて、頑張りなさいと背中を叩きました。


 ちなみに、ケモ耳っ子達は私のことを様付けで呼びます。何度言っても直してくれませんでした。ランさんは「ランさん」と呼ぶのに。な、何故だ!? この呼び方の違いが心の距離の差なのでしょうか……。ランさんとケモ耳っ子達の距離が近いのは喜ばしいことですが……ううう。



 旅立ちの仕度をする二人に、倉庫にあったキャンプ道具やら、通販で買った非常食やら、思い出の品やら、いざというときのためにこっそりと忍ばせようとしたBL本やら、思いつく限りのものを渡そうとしては、「そんなに持って行けるか」とランさんに窘められる日々を過ごしつつ、旅立ちの日の前日には二人の好きなものをたくさん用意して、少しお酒も入りながら、涙ながらのお別れパーティーをしました。


 そして、いつでも(主にランさんに)会いに帰ってきても良いからね! と二人にハグをし、照れくさいのか嫌がるランさんにもハグをさせ、記念にその姿を何十枚も写真に収めてから、何度も振り返っては手を振り林の向こうに消えていく二人を見送りました。

 二人と共に過ごした日々が頭を駆け巡り、手にしたタオルはもはや涙でびしょびしょです。


「……ふ、ふたりの……結婚式には、……呼んで、く、くれるでしょうか……?」

「……さあな」


 鼻を啜りながら嗚咽交じりの私の言葉に、ランさんは手持無沙汰に私の頭を撫でながら、林の方へ顔を向けたまま静かな声でそう返したのでした。



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