8 取り立て屋
宿屋の一階は酒場になっていた。
奥のカウンターにいた店主は、扉の開く音に一瞬飛び上がった。
「うおっ……なんだ、子供か。驚かせないでくれよ。またあのゴロツキ共が戻ってきたのかと思った」
はあ、と店主が安堵のため息をつく。
「で。子供ばかりがぞろぞろと、こんな昼の酒場に何の用だ?」
「あの、ここに誰か泊まってますか?もしかしたら父の知り合いかもしれないんです」
酒場の店主は胡散臭そうにじろりとヒカリを見た。
「アンタの親父さんも厄介事に巻き込まれてんのか?若いのに大変だな。ああ、上の階の突き当りの部屋にいるぜ。客と言えばそいつだけだよ」
「ありがとうございます!」
礼を言って上の階へ向かう。
廊下の先には店主が言っていた部屋があった。
結局着いてきたアカガネとキララ、それにリンまで、ヒカリの後ろで事の成り行きを見守る。
ヒカリが躊躇いがちに扉をノックすると、中から悲鳴が聞こえてきた。
「ヒャアアッ!?ま、ま、また!?帰ってきた!?いやごめんなさい!明日!明日までにはなんとか!!」
ガタン、バタンと奥から物音がする。
ヒカリは戸惑いながら扉に声をかけた。
「ええと、こんにちは。私、人を探してて……」
「……あれ?ひょっとして怖いお兄さん達じゃ無い?」
「ええと……違います……」
しばらく静かになったかと思うと、チェーンがかかったまま扉が僅かに開いた。
「本当にあいつらはいない?というか、君は誰だい?」
隙間から顔を覗かせた男は、怪訝な顔でヒカリを眺めた。
「初めまして。私、ヒカリって言います。あなたはファルト博士ですか?」
「どうして名前を……?確かに僕はファルトだけど」
「実は、父の手紙にあなたの名前があったんです。私の父は今、行方不明になっています。その手掛かりを……」
「ちょ、ちょっと待って!ごめん!君を手助けしたいのは山々なんだけど、僕もここから逃げなきゃいけなくてね、それも大至急でさ」
ファルトは、ヒカリの話を遮って扉を閉めようとする。
「えっ!?ちょ、ちょっと話を──」
「ごめんね!50万リケル用意できなきゃ僕の命は明日までなんだ!じゃあ!」
引き留めようとしたヒカリの目の前で、扉がパタンと閉められた。また直ぐに部屋の中からドタバタと慌ただしい音が聞こえてくる。
その後、何度声をかけても反応は無かった。
呆然とするヒカリを促して、アカガネとキララはなんとか階下の酒場まで戻った。
テーブルを拭いていた酒場の店主は、落胆する様子の三人を見て気の毒そうな顔をした。
「あの疫病神、アンタの親父さんの知り合いだったかい?」
「ええ……でも会ってもらえなくて……」
「そんな事だろうと思ったよ。アイツが鉱石の事以外で知ってることなんてほとんど無いさ」
「鉱石?」
アカガネが聞き返すと、店主は意外そうな顔をした。
「アイツ、ああ見えても鉱石博士らしい。酔狂な奴さ。ま、あちこちで借金して、取り立て屋から逃げ回ってる駄目博士なんだけどな」
今月の家賃は払ってもらってるから別にいいんだが、と店主がため息をつく。
今の状況から見ても、ファルト博士という人は夜逃げ寸前の状況らしい。
「困ったなぁ……。とりあえず借金返済の日を伸ばしてもらえるようにお願いできないかな」
ヒカリがそう言って天を仰ぐ。
「でも、危ないよ。あの人たちがどこに行ったかもわからないし」
取り立て屋と交渉するにしても、何も材料を持っていないのだ。
引き止めるアカガネに、ヒカリも力無く頷く。
「それもそうだね……。あ、二人は船の部品を買いに来たんだったよね。変な事に巻き込んじゃってごめんなさい」
「それは別にいいんですな。お店の場所もわかってるからいつでも大丈夫なんですぞ」
「そっか……。ねぇ、そのお店まで着いて行っていい?ちょっと色々考えたい事があって」
「もちろん!歩きながら次の作戦を立てればいいんですな!」
断る理由はどこにもない。
キララの言葉に、ヒカリは漸く微笑んだ。
✽✽✽
大通り沿いから一本奥の路地に、目当てのパーツショップがあった。
細々としたガラクタのような部品が、所狭しと展示してある。素人には何に使うものかもわからない。
予想通り、キララは入り口から動けなかった。
熱砂の民の居住地ではお目にかかれない部品が山のようにあるのだ。キララにとってそれは宝の山と同じだった。
「す、すごいんですぞ……これはどこの遺構から掘り出したものなんですな?いやいや、これはいい土竜の仕事なんですな。こんな部品があったら、あんなものやこんなものも……にゃふふ……」
「キララちゃん、よだれが出そうになってるよ」
展示品に張り付いているキララをヒカリとリンに任せ、アカガネは一人店の奥へ向かった。
年老いた店主は愛想良くメモに書かれている部品を用意してくれた。こんなに若い子がおつかいなんて偉いねぇ、とニコニコと褒めてくる。
どことなく気恥ずかしくなりながら、アカガネは代金を払って店の表まで戻った。
「……あれ?ヒカリちゃんは?」
まだショーウィンドウにへばりついていたキララが、漸く首を巡らせる。
そこで初めて、ヒカリの姿が無いことに気づいたようだ。
「……んん?さっきまでそこにいたと思ったんですな……というか、リン殿もいないですぞ?」
辺りを見回しても、一人と一匹の姿はどこにも見当たらない。路地にオオサバクギヅネの巨体があれば目立ちそうなものだが、それらしい影は無かった。
「もしかして、大通りのほうに行っちゃったのかな。ヒカリちゃんがリンを追いかけて行ったとか」
「迷子になったら大変なんですな!ああ、小生が遺物に心を奪われていたばっかりに!」
「それは……うん……」
自覚していても止まらないのがキララだ。夢中になっていた事を責めたところでどうにもならない。
とりあえず大通りのほうへ戻ると、人ごみの先に、どこかで見たことのある姿があった。
「あれ?あの人って……さっきの亜人?」
人々から頭一つ分高いところに、狼の亜人の顔が見える。確かさきほどヒカリがぶつかったゴロツキの一人だったはずだ。
妙な胸騒ぎを覚えてその亜人に近づくと、今度は見覚えのあるオオサバクギツネのふさふさした尻尾が見えた。リンだった。
ちょこんと地面に伏せているリンの前で、ヒカリがゴロツキ達に向かって何かを熱心に話している。
「ちょ、ちょっと、何やってるんですな、ヒカリ殿!」
思わず割り込んでいったキララに、ヒカリが振り返った。
「あ、キララちゃん。ごめんね。でもこの人達を見かけたから、さっき話してたファルト博士の借金返済の延長をお願いしてたの」
借金取りのゴロツキ達は、どこか困惑した表情を浮かべている。
「あんたら、この娘のダチか何かか?断ってんのにしつこくてよ。どっか連れてってくれねーか?」
「あわわ……す、すいません、お邪魔しました!」
「ご、ごめんなさい……無理を言いました……」
流石にこれ以上引き留めるのも無理だと見て、ヒカリも素直に謝罪する。
その場を去ろうとした一行を、徐に低い声が引き留めた。
「待ちな。面白ぇ娘じゃねぇか」
ぎょっとしたのはアカガネ達だけではなく、ゴロツキの二人も同様だった。灰色の毛並みを持った狼の亜人が、ニヤニヤと笑っていた。
「あ、兄貴?何が面白いんですか……?」
「お前は黙ってろよ。オレはその娘に話してんだからよ」
少し凄まれただけで、ゴロツキは慌てて口を閉じる。もう一人も同様に青ざめているところを見ると、三人の力関係は圧倒的に亜人が上らしい。
「オイ、ファルトの奴の借金の話だったよな?そいつを延ばしたいんだろ?」
「え……あ、はい。私個人の用事なんですけど、どうしても聞きたい事があって……」
「事情はどうでもいい。期日を延ばしてやれない事も無いが、オレらも慈善事業をやってる訳じゃねぇ。どうだ、ちょっとオレの仕事を手伝う気は無いか?」
「仕事……?」
ヒカリが首を傾げる。傍らで、アカガネとキララは止めたほうがいいと全力で首を横に振っている。
狼の亜人はニヤニヤ笑いのまま続けた。
「おうよ。見たところ、ちょっとは腕に自信がありそうじゃねぇか。実はファルトのところとは別にもう一軒、借金取りの仕事があるのよ。ところがそこと数日前から連絡が取れなくなっててな、ちと不穏だって事でオレが見てくることになってるのよ。こいつらはビビって着いてこようともしねぇ。まぁ、度胸試しみたいなもんだ」
「止めるんですな、ヒカリ殿。碌な話じゃないんですぞ」
了承する気配を読んで、キララがヒカリの返事を待たずに止めた。狼の亜人は怒りだすことも無く、余裕の表情で腕を組んでいる。
「嫌なら別にいいんだぜ?それに、別に一人で来いとは言ってないしな。心配ならオトモダチも一緒にどうだ?」
「あ、兄貴……やっぱ、あそこに行くのは止めといた方がいいんじゃねぇですか?妙な呻き声を聞いたとか、知らないミュータントが徘徊してたとか……いい噂は聞かないッスもん」
不安に思っているのはキララだけではないらしい。ゴロツキの二人の人間も、狼の亜人を説得しようとしている。
亜人は面倒くさそうに舌打ちをした。
「テメーらがビビってピーピーうるせーからこんな話してんだろうが。それに比べてその娘の豪胆っぷりよ。オレらみたいなゴロツキにビビりもせず話しかけてくるなんてな。気に入ったぜ」
ヒカリはうーんと考えるフリをした。もう彼女の中で行動は決まっているのだ。
そのヒカリに何か言われるより先に、キララが口を開いた。
「アカガネ殿?ちょっと先に部品を持って帰るんですな。小生、ちょっとヒカリ殿に着いて行くんですぞ」
「ええっ?いやいや、なんで!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。私はまだ何も言ってないし、それに二人とはここでお別れだったはずだよ!」
だからこれからの行動と二人は無関係だとヒカリが主張する。キララは首を横に振った。
「確かに父上殿の手がかりは、あの博士くらいしか無いんですな。でもヒカリ殿に何かあったら、小生もここで別れた事を後悔するんですぞ」
「キララちゃん……」
「何もしねぇよ」と狼の亜人がボヤく。
「どうせヒカリ殿は行くつもりなんですな。ちょっと着いて行くだけなら、小生も見届けるんですぞ。と言う事でアカガネ殿、リン殿と一緒にその部品を銀鳶号に持って帰るんですな」
「いや……俺も行くよ」
是も否も無かった。
ここで銀鳶号に帰ったら、ジンから怒られるのはアカガネである。"女の子二人を危険な目に合うかもしれない場所に置いて、自分だけ帰ってくる"など、熱砂の民の教えに反する。それならまだリンだけ帰すほうが現実的だ。
そのリンも、ヒカリから離れる気はないらしい。新しい友人に遊んでもらいたいのか、ずっとヒカリの側に付き従っていた。
「でも、部品はどうするんですな?」
「小さいから持ち運べるよ。まだ陽も高いし、暗くなるまでに帰れば大丈夫だと思う……たぶん」
不安そうなアカガネと対照的に、狼の亜人は「決まりだな」と口笛を吹いた。
「ならさっさと終わらせるぞ。場所はカルセドの町外れだ。トラックを持ってくるからちょっと待ってろ」




