7 カルセドへ
どうにか銀鳶号が動き始めたのは、数時間経ってからだった。
小刻みに振動しながら進む銀鳶号に、出発した頃の速度は無い。のろのろと砂の上を這う様に進んだ。
しばらくして客室に帰ってきたキララは、そのままソファに倒れ込んだ。その顔をリンがすかさず舐める。
「うう……」
「だ、大丈夫?キララちゃん」
「どうもさっきのサンドワームの体当たりで、動力部の部品がいくつか破損してしまったみたいなんですなぁ」
「えっ。それって大丈夫なの?」
「航行自体はできるんですな。ただ、想定よりゆっくりになってしまうんですぞ。つまり、カルセドの到着予定が明日の朝にずれ込んでしまうみたいなんですな……」
申し訳なさそうな顔をするキララに、ヒカリは明るく返した。
「私の事は心配しないで。送ってもらうだけでもありがたいんだから」
「そう言ってもらえると助かるんですな」
アカガネは窓の外を眺めた。
不規則に振動しながらも、銀鳶号は着実に進んでいる。
「これなら夜の砂海に遭難しないで済みそうだね」
「考えただけでも恐ろしいんですぞ……。まぁ、兄殿も親父殿もいるので、なんとかなるんですな」
楽観的に言って、キララはニャハハ、と笑った。
✽✽✽
用意していた食事を食べ、三人は客室で夜を迎えた。
船員達に手伝いを申し出ても追い払われるだけだった。ジンからの呼び出しも無い。
作業の邪魔にならないよう、三人と一匹は静かに夜を過ごした。
翌朝、アカガネが目を覚ますと、丁度銀鳶号がカルセドの港に停まる所だった。どうやら一晩中砂海を移動し続けていたようだ。
窓の外を見ると、荷降ろしの人夫達が目を丸くして銀鳶号を眺めているのが見えた。恐らくこれほど重装備な砂船を初めて見たのだろう。
「だあぁ、なんとか着いたぞ!お前ら、さっさと降りろ!」
客室の扉を開け放ち、ジンがそう言って三人を促す。既に荷物を準備し終えていた三人は銀鳶号の外へ向かった。
カルセドの港は、思っていたより建物が少ないせいか、がらんとして見えた。
レンガ造りの倉庫らしきものがいくつか建っている。砂と石を固めた道が、砂原へ真っ直ぐ続いていた。
あたりを見回していたヒカリに、追いついたジンが道を指差した。
「あの道を行けばすぐカルセドの街だ。ここは寂れているみたいに見えるだろうが、街はそこそこの規模だから安心していいぞ」
「何から何までありがとうございます。私一人だけだったら本当にどうしようもなかったと思います」
サンドワームの襲撃を思い出して、ヒカリが身震いする。今思えば、一人で大砂海を渡るなど驚くほど無謀な考えだった。
ジンは照れ隠しに髭を掻いたが、すぐに真面目な表情になった。
「それなんだが、カルセドの街までアカガネとキララと……ああ、あとリンの奴も連れて行ってもらっていいか?」
「え……?いえ、私は願ってもない事ですけど……」
アカガネとキララは少し離れたところで物珍しそうに倉庫を見ている。
ジンはバツが悪そうに続けた。
「実はな、サンドワームの襲撃で機関部のギラ鉱石を安定させる部品がいくつか壊れちまった。そこであの二人にお使いさせようって魂胆さ。カルセドはパーツショップもあるからな。替わりになる部品くらいあるだろう」
「えっ、あの……それって大丈夫……なんですか?」
もしかすると、銀鳶号に致命的な損傷が出たのではないか。熱砂の民の居住地に帰れないなんて事は……と悪い想像を働かせるヒカリに、ジンはからりと笑った。
「心配するほどじゃないぞ。シデロと俺がいれば、大抵の機械はどうにかなる。後はキララの奴の目利きがありゃ完璧だろうさ」
「そうだったんですね。私も心強いですし、二人に着いてきてもらうのはありがたいです」
「じゃあ決まりだな。キララの奴、泣いて喜ぶぞ」
ジンの宣言通り、カルセドでのお使いの話を聞くと、キララは飛び上がらんばかりに喜んだ。アカガネはどちらかと言うと戸惑っているようだ。
「えっ、カルセドまで?」
「にゅふふふ!お任せあれお任せあれ!いやぁ小生に部品探しを頼むとは、親父殿もわかってるんですなぁ!」
「わかってるな、アカガネ。この舞い上がってるキララの手綱を握ってろってことだよ……」
ジンにそう頼まれて、アカガネは困惑しながらも頷いた。
既にキララとヒカリ、カルセドへと歩き始めている。
アカガネはジンへの返答もそこそこに、リンを伴って二人の後を追いかけた。
✽✽✽
すれ違うのは荷車を引いていく商人らしき人々ばかりで、広い道だと言うのに人影は乏しい。
しかし砂煙の向こうに建物が見えてくると人影は増し、すぐに行き交う人々でいっぱいになった。
カルセドは熱砂の民の居住地にあるような鉄の建物は少なく、ほとんどがレンガ造りだ。先が見通せないほど家々が寄り集まり、活気のある大通りがその中心を貫いている。
三人と一匹のオオサバクギツネは、物珍しそうに辺りを見回しながらその目抜き通りに入った。
「圧倒されるんですなぁ」
色とりどりの屋台を見て、キララが感嘆の声を上げる。
熱砂の民の居住地にも市場はあったが、これほどの規模を見るのは初めてだ。
すれ違う人々にも様々な人種がいた。
耳や手足の長い種族もいれば、角のある人型ミュータントもいる。
ミュータントと呼ばれていても、その形態は多種多様だ。ほとんど人間と変わらない者もいる。
中でも亜人と呼ばれるミュータントは、獣が二足歩行しているような姿をしていて、人間の街にはあまり姿を現さないと言われている。その亜人が、カルセドの市場では普通に買い物をしていた。
「亜人って初めて見たかも」
ヒカリが小声で呟くと、アカガネとキララも無言で頷いた。
人混みの中をしばらく進むと、ヒカリが手元の紙に視線を落とした。ジンから貰った即席の地図と路地を交互に見る。
「カルセドの宿屋……ここかもしれない」
ヒカリが見つめるその先には、古びた宿屋が一軒建っていた。大通りの喧騒の中で、この宿屋だけがひっそりとしている。
「ここが目的の場所なんですな?」
「うん、たぶん。お父さんの手紙には、カルセドの宿屋にいる知人に会いに行くって書いてあったから……」
もしかすると他にも宿屋はあるかもしれないが、虱潰しに探して行けばいずれ見つかるだろう。
しかし今、ヒカリが立ち尽くしているのはそれが理由では無いようだった。
「じゃあ、ここでお別れ、かな」
アカガネが言うと、キララが食い下がった。
「アカガネ殿は薄情ですなぁ。もしもその父上殿の知人とやらが違う所にいたら、その時はヒカリ殿が独りで探す事になるんですぞ!」
「いや、それはそうだけど……俺達が買い物しないと、銀鳶号が修理できないんだって」
「それはそれ、これはこれなんですな」
何故か揉め始める二人である。
どう止めようかと考えていたヒカリは、突然背中に衝撃を受けて小さく悲鳴を上げた。
「きゃっ!?」
三人が振り返る。
人相の悪い男が二人、そして狼の亜人が一人、こちらを睨みつけていた。どうやらヒカリとぶつかったらしい。
「おい、出入り口でたむろしてんじゃねぇ!」
いかにもゴロツキといった風情の男が凄む。
「す、すいません」
ヒカリが道をあけると、男は舌打ちをした。
「ッたく、あの野郎は借金を返さねぇわ、ガキ共は道を塞ぐわ。今日は厄日かよ……」
まだ何か言いたそうな男を、狼の亜人が制した。
「うるせぇ。まだ取り立ては残ってんだ。さっさと行くぞ」
「へい!サーセン、アニキ!」
アニキと呼ばれた狼の亜人と男たちは、そのまま去って行く。
「なんなんですな、あれは。人にぶつかっておいてごめんも言えないんですぞ」
キララが憤慨すると、ヒカリは苦笑いした。
「私なら大丈夫だよ、キララちゃん。とにかくこの宿屋から聞き込みしてみる」
「いやぁ、今ので心配になってきたんですな。宿屋の様子を一緒に見るくらいの寄り道は構わないんですぞ?」
ですな?アカガネ殿?と横目で見られ、遂にアカガネも諦めた。
それに、キララの言う事も最もだ。知人というのがどんな人なのか、見てから別れても遅くない。




