6 サンドワーム
二階建ての建物よりまだ高い位置に、銀鳶号の甲板はあった。
大砂海すら一望できるのではないかと思える程の高所に、ヒカリはしばし言葉を失った。
「……物凄い技術だね」
その隣に立つキララが、得意満面の笑みを浮かべる。
「にゃふふ……ヒカリ殿、砂には浮力が無いんですなぁ。でも砂船は浮かんでいるんですぞ」
言われてみれば確かに不思議だ。ヒカリは遠くにぽつぽつと見える砂船を指差した。
「そう言えばこの銀鳶号も、あそこにある普通の砂船も、みんな浮いてるみたいだね」
「そうなんですぞ。ギラ鉱石には色んな特徴があるんですな。その中でも、ギラ鉱石同士は磁石みたいに反発し合うという特徴があってですな……。船体の下に塗料として塗ると、砂の上に浮かぶということなんですぞ」
「塗料?ギラ鉱石?」
ヒカリは改めて砂の海を見渡した。そこにギラ鉱石らしき石は見当たらない。
「キララちゃん、砂海にギラ鉱石があるの?」
「もちろんなんですな。世界が砂に変わった理由はギラの落下なんですぞ。その時に、世界にはギラの欠片が降り注いだんですな……砂の様に細かくなって」
「あ……そういうことか」
落下したギラは、細かい粒子となって世界中に撒き散らされたと言う。粒子は世界中のあらゆる機械類を破壊し、植物や生物に致命的なダメージを与えた。その欠片が、今でも砂海に紛れているのだ。
「じゃあ、私達は今もギラの影響を受けているんだね」
「もちろんなんですな。でも、我々は逆にギラを利用して生きていく事にしたんですぞ。それが熱砂の民の源流であり哲学なんですなぁ」
「熱砂の民の……」
熱弁を振るうキララの姿に、ヒカリは眩しそうに目を細める。
生き生きとした彼らの姿を見れば、熱砂の民が自分達の技術に誇りを持っているのがわかった。それはこの砂と熱の過酷な環境で、ギラという厄災すら利用して生き抜こうとする彼らの矜持でもあるのだろう。
改めて、技術の結晶のような銀鳶号を見渡す。
倉庫のような建物が中心にあるせいで、甲板は想像していたより狭く感じた。指令室や客室もあるが、建物は明らかにそれらとは違うものだ。
貨物室がこんな所にあるのだろうか。
物珍しそうに覗き込もうとしたヒカリの耳にに、ジンの放送が聞こえてきた。
『本日は晴天なり!本日は晴天なり、ってな!銀鳶号、今から出発するぞ!乗組員は各自持ち場につけ!お客さんは客室に入っておくように!』
「我々の事なんですな。ヒカリ殿、客室に戻るんですぞ」
キララに促されて、ヒカリは建物から離れた。
客室へ入ると、アカガネとシデロが話し合っているところだった。客室と呼ばれているものの、部屋は向かい合わせのソファと、その間にテーブルがひとつ置かれているだけの簡素なものだ。
部屋の隅にはリンが丸まって眠っている。見送りは当然と言う顔をして、リンも銀鳶号にちゃっかり乗船していた。
しばらくして、僅かな振動と共に銀鳶号は滑るように動き出した。
「え?もしかして出発した?」
キララは客室の丸窓に飛びつくと、感嘆の声を上げた。
「本当に出発してるんですな!意識していないとわからないくらいですぞ」
「砂船って、出発の時は多少揺れるものなの?」
ヒカリの問いには、キララの替わりにシデロが答えた。
「ギラ鉱石が良かったら、揺れない。ケチったら、揺れる。銀鳶号は特別」
どうやら銀鳶号には最上級の加工が施されているらしい。ますます一人を運ぶ為に動かすような船ではない。
ヒカリはシデロに改めて向かい合った。
「そういえばシデロさん、ギラ鉱石をありがとうございました。お陰でサンドワームに襲われても対処できました」
お礼を言われるとは思っていなかったのか、シデロはきょとんとした顔をする。
「別にいい。役に立ってたら、嬉しい」
「はい、とっても役に立ちました。こんな凄い船にも乗せてもらえて」
「それは親父の……あ」
シデロがヒカリの背後の扉を見て固まる。ジンは客室に入るなり、シデロをじろりと睨んだ。
「見当たらないと思ったら、こんなところで油を売ってたとはな。シデロ、早く持ち場に戻れ」
しょんぼりと肩を落としたシデロが部屋を出て行くのを、三人は気の毒そうに見送った。
「あいつ、仕事は出来るんだがマイペースなのがな……。おっと、ところで俺のことを話していなかったか?」
「あ、はい。こんな凄い船に乗せてもらって言うのも失礼かもしれないですけど……本当に良かったんですか?私一人の為に、作業する方がたくさんいる船を出してもらって」
とてもありがたいのですが、と何度も付け加えて話すヒカリに、ジンはあっさりと答えた。
「ああ、気にすんな。ついでだよ、ついで」
「……え?ついで?」
「こっちも色々考えて動いてるってこった。仕事なんで詳しくは言えねぇが、まぁ心配しなさんな。カルセドまではきっちり送ってやる」
「は、はぁ……」
銀鳶号がただの善意ではなく、他に何かしらの意図があると知って、ヒカリは少しだけ安堵した。
ジンは慌ただしく部屋を出ていき、客室に残された三人は思い思いに外を眺めた。
滑らかに移動する銀鳶号の外は、大砂海と空しか見当たらない。
「……外には何にもないんだね」
ヒカリがぽつりと呟く。アカガネは真面目な顔で付け加えた。
「でも、何でもあるよ」
「……え?そうかな」
「うん。砂海の向こうには、色んな街や旧世界の遺構なんかがたくさんあるんだって。そういう色々なものを知って初めて一人前だって言われた」
ヒカリは改めて窓の外を見た。やはり線を引いたような砂と空があるだけだ。
「そっか……。私のお父さんもどこかにいるよね」
「うん。きっといるよ」
カルセドにいる、とは言い切れなかった。ヒカリはカルセドに父の手がかりがあると言っていただけだ。軽はずみな事は言えないが、アカガネは言葉に力を込めた。
「……ありがとう、アカガネ君」
そう言ってヒカリは微笑んだ。
✽✽✽
銀鳶号の内部は、ほとんど無音に等しい。
かろうじて船員の足音や話し声があるだけで、砂の上を滑るように進む銀鳶号からなんの音も聞こえなかった。
静かな船旅に飽きてあちこち見回っていたキララだったが、どこでも邪魔者扱いされたらしく、客室に戻ってきていた。
「唯一わかったことは、もう少しで着くって事なんですなぁ。陽が落ちる前にカルセドの港に着くらしいんですぞ」
キララの報告に、ヒカリは声を弾ませる。
「本当?」
「本当なんですな。港からカルセドは目と鼻の先なんですぞ。着いたら急いで宿を取るのが一番ですな」
「そうする。色々ありがとう、キララちゃん」
笑顔のヒカリに、キララは急に不安を滲ませた。
「本当に大丈夫なんですかなぁ……小生、ヒカリ殿を一人にするのが不安になってきましたぞ」
「心配してくれてるの?大丈夫、私そこまで子供じゃないから!」
「いやそういう事を言ってるんじゃなくてですな……カルセドは大きい町なんですぞ。小さな集落と違って、犯罪者もたくさんいるかもしれないんですぞ」
「そ、そうかなぁ……」
キララとしては過保護故に言っているのだろうが、むしろ脅している様にしか聞こえないのは何故だろう。
じゃあそろそろ降りる準備を、と促しかけたアカガネは、「あれ?」と声を上げた。
「どうしたんですな?」
キララが振り向く。アカガネは窓の外を見ていた。
「いや……見間違いかな?」
「何か見えたの?」
「うん。砂の一部が動いた様に見えて……」
ヒカリとキララも窓の外を見る。陽が傾きかけた窓の外には、やはり空と砂海しか無い。
しかし次の瞬間、銀鳶号の船体が激しく振動し、同時に何かが軋んだ。
「うわ!?」
「きゃああ!?」
警報音がけたたましく鳴り響き、異常を報せるパトランプが通路を赤く染めた。
すぐさま怒鳴るような艦内放送が頭上から聞こえてくる。
『緊急事態!緊急事態!何かが銀鳶号にぶつかった!』
「な……銀鳶号に、何がぶつかるって言うんですな?」
岩や岩盤程度の異物なら、センサーによって自動で回避するシステムがある。動いていない物に銀鳶号がぶつかることはまずありえない。
咄嗟に窓の外を確認したアカガネが、驚愕して叫んだ。
「サンドワームだ!」
どこまでも続く砂の海を泳ぐ様に、サンドワームが体をくねらせている。銀鳶号にも劣らない巨体は、真っ直ぐにこちらに向かってきていた。
「まさか、あれがぶつかったんですな!?」
見る間に近づいてくるサンドワームを、銀鳶号が旋回して避ける。
しかしサンドワームはすぐさま方向を変え、再び銀鳶号めがけて突進してきた。
「……もしかして、あのサンドワーム、怒ってる?」
青ざめたヒカリが呟くのと同時に、二回目の衝撃が船を襲った。
あちこちから悲鳴が上がる。
「まずい、このままだと船が壊される!」
誰かの叫びに応える様に、ジンの放送が再び響いた。
『砲門開放!照準をサンドワームにあわせろ!』
銀鳶号の船体がぐっと曲がり、三度迫りくるサンドワームに艦砲を向ける。
サンドワームはまるで咆哮をあげるように口を大きく開け、真っ直ぐ突っ込んでくる。口の奥まで並ぶ無数の牙が見えるほど近い。
『撃てぃ!!』
ジンの号令と同時に、銀鳶号が振動した。サンドワームがぶつかったのではなく、砲弾を発射した反動だった。
窓の外に迫っていたサンドワームは、砂埃の中でのたうち回っている。どうやら何発か弾が直撃しているようだ。
すかさず、ジンが声を張り上げた。
『もう一回砲撃準備!充填急げ!』
アカガネ達は、固唾を飲んで成り行きを見守った。
もしもサンドワームが砂中に潜ってしまったら、今度は砂の中から奇襲されるかもしれない。
『撃て!!』
再び号令が下され、即座に砲弾が撃ち出される。
先程よりも高く砂埃が舞い上がった。
カーテンのように分厚い砂埃が少しずつおさまるのを、銀鳶号の乗組員もアカガネ達も息を呑んで待つ。
長い沈黙が過ぎた。
ようやく視界が開けた砂の上に、サンドワームの死体が横たわっていた。
『……敵性個体は完全に沈黙。サンドワームは死んだって事だ。お前ら、よくやった!』
ジンの放送に、乗組員が歓声を上げた。
「死ぬかと思った……!」
「なんでこんな所にサンドワームがいたんだ?いや、どうでもいいか」
「ジン船長、流石ッス!」
乗組員達は甲板で拳を振り上げ、ジンの指揮を称える。その歓声が客室まで響いていた。
喜びの声を聞きながら、アカガネは安堵の息を吐いた。
「良かった……」
窓の外を見ながら、キララが身震いする。
「とんでもない大きさだったんですな。銀鳶号とあんまり変わらないくらいだったんですぞ」
あと何回か体当たりを食らっていたら、いくら頑丈な銀鳶号と言えども砂海に沈んでいたかもしれない。
実際、ミュータントに襲われる砂船は多い。だからこそ銀鳶号は戦艦と見紛うほどの武装をしているのだが、その武装を持ってしても一撃で倒せなかったサンドワームは恐ろしい敵であった。
しかし、とキララは内心首を傾げる。
少なくともここ数年、サンドワームが大砂海に現れたと聞いたことがなかった。まるでいきなり出現したような印象が拭えない。
ふと、ヒカリがアカガネとキララを振り返って言った。
「ねぇ、もしかしてあのサンドワーム、私を襲ったのと同じだったのかな」
アカガネは窓の外に横たわるサンドワームの死骸を見る。特徴は無いが、大きさだけなら似ている気がする。
「どうだろう……確かにサンドワームは珍しいけど」
「もしかしたら、私や銀鳶号を襲ったのは、この辺りに卵を産んだからじゃないのかな。あの採掘所跡の、子供サンドワームの親だったんじゃないかなって……」
そうだとしたら、産卵直後で気が立っていたサンドワームがヒカリを襲い、我が子が殺された事で今度は銀鳶号を襲ったのだろう。
ありえないことでは無い。むしろ一連の襲撃にも説明がつく。サンドワームは我が子を守る為に奮戦していただけだったのだ。
なんと返せばいいかわからず戸惑う二人に、ヒカリは首を横に振った。
「うん、わかってる。可哀想なんて思ってたら、こっちがやられちゃうもんね。銀鳶号があって良かった」
「砂海では食べるか食べられるか……なんですなぁ」
その時、しんみり呟くキララの声をかき消す様に、ざらざらとした艦内放送が響きわたった。
『キララ、いるなら機関室に来て手伝ってくれ!ちょっと人手がいる!』
「ひゃい!?え、え!?」
突然ジンから名指しされ、キララが飛び上がる。すぐに「機関室ってどこなんですな!?」と叫びながら客室を飛び出していった。
残されたアカガネとヒカリはぽかんとしてその慌ただしい背中を見送った。ジンの様子から察するに、まだ問題があるらしい。
「だ、大丈夫かな……?」
傾き始めた太陽を確認して、アカガネは思わず不安をこぼした。




