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5 砂海を越えて

 熱砂の民の居住区に帰り着いたのは、陽が僅かに傾き始めた頃だった。


 「お帰り。随分早かったんだね」


 二階の窓辺で洗濯物を取り込んでいたラニエが三人に声をかける。浮かない顔の面々に何かを感じ取ったのか、ラニエは奥に引っ込むと、作業場にいたジンを呼んだ。


 「アンタ、アカガネ達が帰ってきたよ」

 「おう、戻ったか。首尾はどうだ?」


 のっそりと外へ出てきたジンに、アカガネとキララは坑内の状況を説明する。

 奥にサンドワームの幼体の群れがいた事、備え付けられていた明かりが壊された事、坑道の扉を封印して帰ってきた事……。


 話が進むにつれて、ジンの飄々とした顔つきが険しいものへと変わっていく。全てを聞き終えたジンは、静かに、だが重々しい口調で聞いた。


 「……嘘は言ってねぇな?」


 三人が、ジンの目を見て真っ直ぐ(うなづ)く。

 ジンは深いため息をついて、自分の髪の毛をわしゃわしゃと掻き毟った。


 「ああ、気楽な試験にしたつもりが、とんでもねぇ事になったな。ラニエ!お前、ギルドの幹部連中と連絡がつくか?悪いが急ぎの仕事が入ったと伝えてくれ!」


 ジンが背後に向かって怒鳴るように言う。丁度二階から降りてきたラニエは、何事かと目を白黒させながら外へと駆け出して行った。


 しばらくすると、数人の男たちがジンの元へやってきた。

 ギルドの幹部達は、アカガネとキララにはよく見知った顔だ。近所のおじさんと言った風情の者達も、ジンの話でたちまち猛者(もさ)の顔になった。


 「あんな近くにサンドワームの巣が……?」

 「あんな所にどうやって入り込む?本当の事とは思えんが」

 「だけど、もうこいつらだって嘘をついて楽しむ歳じゃないだろう?」


 男達の一人がそう言って、横目でアカガネとキララを見る。

 

 「嘘ならもっと楽しい嘘をつくんですな」


 と、真顔で言ったキララに、男達は苦笑した。


 「事実かどうかを調査するのも、ギルド員の仕事だろうが。とにかく陽が高い内に見てこい。本当だったら明日の朝一番に掃討する」


 ジンの指示を受けて、男達がてきぱきと動き始める。

 そうして即席でギルドメンバーが集められ、坑道へと出発した。


***


 「まさか疑われるとは思っても見なかったんですぞ」


 憤慨(ふんがい)するキララに、今まで色々な嘘をついてきた報いじゃないかな……とは言い出せないアカガネである。幼い頃の彼女を知っている者は未だに警戒しているらしい。


 足の早いギルド員の一人が、陽が落ちきる前に戻ってきた。ジンと言葉を交わした後、再びどこかへ出かけていく。

 ジンは家へ戻ってくると、三人をリビングへ呼んだ。


 「本当にサンドワームの幼体がうようよいたそうだ。だが、お前たちが閉じ込めてくれたおかげで一網打尽にできるらしい。あれがもう少し大きくなっていたら、壁を破って外へと逃げ出していたかもな」


 もしもあの数のサンドワームが成体になっていたらと思うとゾッとする。砂海沿いに移動して、この居住区を襲う可能性もあった。


 「でも、どこから入り込んでたの?」

 「詳しい事は掃討してみないとわからんが、どうも坑道の最奥の壁が脆くなっているみたいだな。砂海に面している部分だ。その辺りに親サンドワームが産卵したんじゃないかと言っていた」


 サンドワームの成体は、暗く乾いた空間を好んで卵を産み落とす。坑道は絶好の産卵場所だったのだろう。


 「勘弁してほしいんですな……。おちおち避難所にもできないんですぞ」


 うんざりした表情のキララがそう溢す。


 「あの……それで、ギルドの試験はどうなりますか……?」


 しばらくの沈黙の後、ヒカリが静かに切り出した。


 「試験?あ……ああ、その事か」

 「はい。もし機会を与えて下さるなら、他の試験をお願いします。自分の都合ばかりで申し訳無いのですが……」

 「ん?他の試験なんていらないぞ。お前ら全員合格だからな」


 三人は呆気に取られ、同時に「え?」と聞き返した。


 「でも……銅鉱石は持って帰ってこれませんでしたけど……」

 「そんなもん、サンドワームの巣の情報に比べりゃ大したことじゃねぇ。むしろ大手柄だ。ギルド員に相応しい貢献なのは、誰が見たって明らかだろ?」


 なぁ?とジンがラニエに聞き返す。ラニエは笑顔で大きく頷いた。


 「当たり前だよ。でもまた新しい試験を考えるのが面倒臭いって言うのもあるんだろうけど」

 「お、おい!」


 ジンは慌てたが、すぐに咳払いをして調子を戻した。


 「ゴホン!ああ、で、ギルド員になったって事は特製の船を出せるって事なんだが──悪いな、後もうちょっと待っててくれ。サンドワームの幼体掃討が終わらない事には身動きが取れなくてな」

 「わかりました。何から何までありがとうございます」

 「礼はカルセドにアンタを送り届けてからだ。まあ掃討も一両日中には終わるだろう。船を出せるように手配しておくからな」

 「はい!」


 緊張を解き、ヒカリは漸く安堵したように微笑んだ。


 「良かったんですな!いやぁ、これで我々も立派なギルド員ですぞ!」


 キララが喜びの声を上げる。


 「うん。それもこれもキララちゃんとアカガネ君のお陰だよ。二人の活躍があったから無事に帰って来れたんだし」

 「へぇ?そりゃどういう意味だい?」


 興味津々で聞いてきたのはラニエだ。ヒカリは坑道内での出来事をその場で語って聞かせた。


 「凄かったんですよ。アカガネ君が群がってくるサンドワームの幼体を次々と……」


 二人の活躍を語るヒカリに、キララも細かく説明する。一方、アカガネは耳まで赤くして、椅子の上で小さくなっていた。


 「で、でも、それを言うならヒカリちゃんも……」


 もごもごと反論らしき言葉を呟くアカガネに、キララが同調する。


 「そうそう!ヒカリ殿も中々の手練(てだれ)だったんですな!小生はちっとも見えなかったのに、暗闇の中のサンドワームをバッタバッタと!」

 「へぇ〜、可愛い顔して強いんだねぇ!」


 手振りを交えて力説するキララにラニエが感心すると、今度はヒカリが赤面した。


 「あはは……ちょっと、暗くて狭いところが得意なだけ。それに、私一人じゃどうにもならなかった。二人とリンちゃんがいてくれたから切り抜けられたんだよ」

 「随分妙な場所で能力を発揮するんですなぁ……でも確かに、リン殿にも助けられましたな。後でご褒美を上げないといけないんですぞ」


 キララの語る武勇伝は、リンの話に移ったようだ。

 自分の話題から外れたことに内心ホッとして、アカガネは楽しそうに話す三人の声に耳を傾けた。


***


 翌日、ジンは日の出を待たずに出かけていき、昼前に戻ってきた。疲れているようだが、表情は晴れ晴れとしている。


 「坑道の掃討が完了したそうだ。想定以上にサンドワームが巣食っていたらしい」


 考えてられていた通り、坑道最奥の壁が壊され、大砂海の砂が流れ込んでいたらしい。周囲に親サンドワームの姿は無く、大砂海に逃げ出した幼体もいないとの事だった。


 「良かった……」


 アカガネが緊張を解く。

 もしもサンドワームが一匹でも逃げ出していたら、居住区近くに潜伏しながら砂船を襲っていたかもしれない。サンドワームは別名『砂船食らい』とも呼ばれ、砂海を行き交う民にとって頭痛の種になっていた。


 「それもこれも、お前らの報告が正確だったからだ。改めて礼を言わせてくれ」

 

 ジンが視線を向けると、ヒカリは微笑んだ。


 「私だけじゃなくて、キララちゃんやアカガネ君、リンちゃんがいてくれたからできた事ですから。でも、お役に立ててたら嬉しいです」

 「……いや、本当に送り届けるのが惜しい位の生真面目なお嬢さんだな。そうそう、砂船の手配は終わっているからな。準備が出来次第、一番北の桟橋まで来てくれ」


 桟橋の場所を告げると、ジンは昼食もそこそこに出かけていった。まだ坑道内での出来事でギルド長として仕事が残っているらしい。

 アカガネとキララは、ヒカリを桟橋まで案内するようジンから言いつかった。


 桟橋は居住区の一番端にあり、シデロの工房より更に先にある。

 ぱっと見ただけでは辿り着けない複雑な道だ。しかし、キララとアカガネにとっては庭のようなものだった。


 途中でリンも合流し、三人と一匹は居住区奥の細道へ向かった。


 「でも、ちょっと残念なんですなぁ……」


 砂避けの高い壁の側を歩きながら、キララがぼそりと呟く。


 「残念?」

 「折角ヒカリ殿と仲良くなれたのに、もうお別れとは……。引き止めて困らせる事はしたくないんですぞ。でもちょっとだけ悲しい小生がいるんですな……」

 「それは……私もだよ。でも約束する。お父さんを見つけたら、絶対ここに戻ってくるから」


 珍しく元気の無かったキララが、急にぱっと顔を輝かせた。


 「おお!それは嬉しいんですな!そうと決まれば早くカルセドに行くんですぞ!」


 同意するように、リンもきゅふっと鳴く。

 三人と一匹があれこれ会話しながら坂を登り切ると、最初にヒカリが足を止めた。


 「……キララちゃん、あれは何?」


 緩やかな坂の上からは、広大な大砂海と、その岸辺にせり出た半円筒形の建物が見えた。


 「ふふふ……あれこそが熱砂の民の集大成にして最高の技術を集約した施設、通称砂船ドックなんですな!」


 側に停泊している砂船が、おもちゃのように見えるほど巨大な建物だ。まるで馬車の(ほろ)の如く、半円形の屋根が桟橋の上を覆っている。


 近づいてみると、その桟橋に銀色の砂船が停泊しているのが見えた。

 しかしこれを砂船と呼んでいいものなのか、ヒカリは内心戸惑った。姿形が他の砂船に比べて何倍も大きいのだ。

 何人かの男達が、銀色の砂船が繋がれている桟橋を行き来している。その中にシデロの姿もあった。


 「シデロ兄、来てたんだ」


 アカガネが手を振ると、図面を覗き込んでいたシデロが顔を上げた。


 「親父から聞いてる。船の準備はほとんどできてる」


 シデロが後ろに停泊している銀色の砂船を見上げながら言う。

 まさか、と三人は顔を見合わせた。


 「シデロさん、あの……この大きな砂船は?私、こんな巨大な船を見たのは初めてで……」


 ヒカリがおずおずと尋ねる。


 「ん。これは銀鳶(ぎんえん)号。これでカルセドに連れて行く」


 当然の様に言って、シデロは戦艦に似た砂船を見上げた。


 「……あの、こんな大きな砂船じゃないと大砂海は超えられないとか……ですか?」


 一人をカルセドに連れて行くには過剰な船だ。何か理由があるのかと困惑するヒカリに、シデロは不思議そうに首を傾げる。


 「ん?いや、別に」

 「じゃ、じゃあ、こんなに大きな船じゃなくても……」

 「銀鳶号は、嫌い?」

 「そういうことでは無いんですが……」


 なんと説明すればいいのか。

 助けを求めるように振り返るが、キララとアカガネは目を輝かせて銀鳶号を見上げていた。


 「親父殿が本気になれば、こんな船を作ることなんて朝飯前なんですなぁ。やや、あんな装備、前見た時はなかったんですぞ。今度作る時は小生にも声をかけて欲しいんですな」

 「……かっこいい……」


 ブツブツ呟き謎の闘志を燃やすキララと、うっとりと船体を見つめるアカガネに、ヒカリは説明してもらう事を諦めた。

 熱砂の民の人たちがそれでいいなら、好意をありがたく受け取ろう。


 その時、背後からジンの指示する声が聞こえてきた。


 「おう、遅くなった。どうだ?この船は。お前らも早く銀鳶号に乗れ」


 そう言ってジンは豪快に笑う。

 ここで見送るものだとばかり思っていたアカガネは、「え?」と目を丸くした。


 「俺達も乗っていいの?」

 「もちろんだ。お前らにはあまり遠出させて来なかったからな。いい機会だし、カルセドの港まで行くぞ」


 一も二も無く喜んだのはキララだった。


 「やったんですな!流石親父殿!ささ、ヒカリ殿、早く乗り込むんですぞ!」


 言うなり、乗船場の桟橋まで走っていく。その後を、リンとヒカリが追った。

 いつもの事とは言え、今回ばかりはアカガネもキララのはしゃぐ気持ちが理解できた。

 銀鳶号は熱砂の民の技術がふんだんに詰まっている、男達が憧れる一級品だ。しかも今回は大砂海を越えてカルセドの港まで行くという。こんな機会は滅多に無い。


 (はや)る気持ちを抑えて、アカガネも二人の後を追いかけた。

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