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4 ギルドの試験

 翌朝、陽が昇りきる少し前。

 アカガネとキララ、ヒカリの三人は、部屋から出てリビングのテーブルに座った。

 一番眠そうなのはキララだ。昨夜遅くまで片付けをしている音が、隣のアカガネの部屋まで響いていた。

 その努力の甲斐もあって、なんとかヒカリが寝るスペースは確保できたらしい。


 「キララちゃん、ほら、朝ご飯食べよう?パンに顔ぶつけちゃうよ」


 ヒカリはキララの肩を揺さぶる。しかし効果は薄く、半分寝ぼけたキララは意味不明な寝言を呟きながら頭を揺らしていた。


 「はぁ……。いいんだよ、ヒカリちゃん。そもそもこの子が部屋を綺麗にしてれば、あんなにドタバタしなくていいんだから」


 ラニエが呆れたように舟を漕ぐキララを見る。


 「私の為に……なんだか申し訳なくて」

 「いやいや、むしろ丁度いい機会だったさ。ヒカリちゃんが来てなくても、そろそろ片付けるように言おうと思っていた所だったからね」


 キララの部屋にはいくつもの部品や工具が山積みにされていた。

 ヒカリはその光景に圧倒された。どこかのパーツ屋と見紛うほどだったが、聞けば全てキララの私物だと言う。

 キララはそのごちゃごちゃした部品の山を豪快に動かして、なんとか人ひとり寝る場所を確保したらしい。

 ヒカリとラニエの会話を聞きながら、今、キララのベッドの下やクローゼットの中は恐ろしい事になっているだろうなぁ、と想像するアカガネである。


 一番最後に席についたジンは、三人を見渡して重々しく咳払いをした。

 はっ、とキララもうたた寝から醒めて、ジンの顔を見る。


 「眠い所で悪いが、ギルド員になる為の試験内容を発表する」


 固唾を飲んで次の言葉を待つ三人に、ジンが告げた。


 「お前ら、西の廃坑で銅鉱石を取ってこい」


 一瞬の間があり、気の抜けた声を発したのはキララだった。


 「……へ?廃坑って、あの廃坑なんですな?」

 「おうよ。お前らがガキの頃、泣いて今日はここに泊まるとダダを捏ねてたあの秘密基地よ」

 「ちょ……そんな事まで聞いてないんですな」


 顔を赤らめるキララに、ヒカリは少しだけ緊張を解いた。廃坑と言う響きは恐ろしいが、キララとアカガネの様子から察するに、二人はよく知った場所らしい。


 「銅鉱石、ですね。わかりました」

 「おう。どんな所かはこの二人がよく知ってるからな。万が一にも迷子なんてならねぇよ」


 ヒカリの心配を読んだように、ジンが笑う。同調するようにアカガネも頷いた。


 「元々廃坑だっただけで、今は特に何も無い場所だから。ここから歩いて行けるよ」

 「そうなんだ。でもそんな所に銅鉱石があるの?」

 「小さな物ならまだあると思う」


 取るに足らない小さな鉱石までは回収していないのだろう。話を聞く限り、試験というより子供のお使いのようだ。


 「じゃあササッと行って取ってくるんですぞ。いやぁ、思ったよりも楽勝だったんですな!」


 既に試験に合格したかのように言って、キララが席を立った。


 「簡単そうに見えるだろうが、気を抜くんじゃねぇぞ。これは正式な試験だからな」


 ジンとラニエに見送られて、三人は家を出る。途中の広場でリンと合流する予定になっていた。


✽✽✽✽


 熱砂の民の居住区を一歩出ると、そこは見渡す限りの地平線が続いていた。

 大砂海と荒野の合間にある居住区から、その二つの違いを見分けるのは難しい。どちらも砂色で、どちらもなだらかな大地だからだ。

 しかし起伏の少ない大地でも、砂丘や大岩等の目印は存在する。

 アカガネはそれらの目印を読み取ると、天候まで予測して二人に伝えた。


 「今なら真っ直ぐ行くより、ちょっと南側から回り込んだほうがいいよ。砂海からの風があるみたいだから」


 砂嵐にはならないみたいだけど、と付け加えたアカガネの顔をヒカリがまじまじと眺める。

 それに気がついたアカガネはたちまち赤面した。


 「……な、何?」

 「ううん……ねぇ、キララちゃん。アカガネ君って凄い人だよね?」


 振り返ってそう聞くと、リンと一緒に歩いていたキララはうーんと唸った。


 「凄いというより、残念な人なんですなぁ。能力で見ればギルドでも上の方なのに、色々な部分が邪魔してるんですぞ」

 「えっ……俺、そんな風に思われてたの?というか、色々な部分って何?」


 予想外の評価に慌てるアカガネとは対象的に、ヒカリは好奇心を顕にする。


 「そう?なんでもさらっとできる人なのかなって思ってるんだけど」

 「でも自己評価が低すぎるんですな。オマケにヒカリ殿みたいな可愛い女の子の前ではなぁんにも喋れなくなっちゃうくらいあがり症なんですぞ」

 「え〜?そうなんだ?へへへ……」


 可愛いという言葉をさらりと受け取り、ヒカリが頬を綻ばせた。事実、ヒカリはキララが見たどの少女よりも整った顔立ちをしている。もしかするとどこかの女優の一人娘なのかもしれないと、キララは密かに推測していた。


 「あ、あがり症って……そんな事無いよ」


 アカガネのささやかな反論はキララによってあっさりと覆された。


 「真っ赤になって言われても、説得力皆無なんですな。そもそもアカガネ殿、ヒカリ殿と話す時に視線が泳いでるんですぞ」

 「ち、違……あう……」


 容赦のない追求に沈黙したアカガネは、二人に背を向けて再び歩き始めた。照れ隠しのつもりらしい。

 その後ろ姿を眺めて、キララがため息をついた。


 「……ああいう所が残念なんですなぁ」


 ✽✽✽✽


 しばらく歩いた後、緩やかな丘を登りきった所で、アカガネが足を止めた。

 追いついたヒカリは、丘の向こう側に隆起している岩山を見つけた。熱砂の民の居住区からは、丘が邪魔をして見えない場所にあった。


 「こんな所があったんだ……」


 岩山は、砂地と違って硬い岩盤の上にあるようだ。坑道があるのも頷ける。


 「そうそう、あの場所なんですな。小生は先に行ってるんですぞ」


 言うが早いか、キララはリンの背中に飛び乗ると岩山に向かって駆け出して行く。


 「あ、キララ!もう……」


 はしゃぐキララに、ヒカリも声を弾ませた。


 「私達も行こうよ、アカガネ君」

 「う、うん……」


 まだぎこちないアカガネを促して、ヒカリもキララとリンの後を追った。


 砂丘から顔を覗かせている岩山の表面に、人工的な鉄の扉が取り付けられていた。キララは横にあるキーパッドを数字を入力して、扉を解錠した。


 「ここには発電機が備え付けられているんですなぁ」

 「廃坑なのに?」

 「そうなんですな。と言うのも、昔は少し鉱石が取れていたんですな。ところが思ったよりも鉱石が少ないことがわかったんですぞ。それで代わりにここを避難所として使う案が出たんですぞ」

 「避難所……。確かにここに来るまでにミュータントもいなかったから、避難所にはいい場所だね」


 ヒカリはここに来るまでの道中を思い出して頷いた。


 アカガネが壁のスイッチを着けると明かりがついて、ガランとした空間が目の前に広がった。

 坑木(こうぼく)が天井を支えながら奥へと続いている。トロッコやレールは無いものの、確かに鉱山として使っていた形跡があった。


 三人と一匹は、ひんやりとした坑内を進んだ。全員が横並びで歩いても余裕があるほど広い。


 「ここって深いの?」


 ヒカリの問いに、キララは首を横に振った。


 「ぜーんぜん深く無いんですな。あと二回くらい道を曲がったら終わりなんですぞ」

 「えっ……。そんなに短いんだ」

 「ここは砂海に面しているし、地面は硬いけど下に掘りにくい構造なんだって。鉱石は少し取れてたみたいだけど」


 アカガネがそう説明すると、ヒカリは不安そうに顔を曇らせる。


 「銅鉱石、まだあるのかな……?」

 「あ、それは確実にあるんですぞ。小生もたまに遊びに来て奥から取ってくるので」


 あっさりと肯定したキララに、ヒカリは安堵し、アカガネは呆れた。


 「そうなんだ、良かった」

 「良くないよ……キララ、一人で来るのは流石に危ないからね」

 「にゃはは!昔の話なんですぞ!それに、それくらいここは平和な所って事なんですな」


 曲がり角を進むと、坑道はなだらかに下へと続いていた。


 ふと微かな違和感を覚えて、アカガネは足を止める。同時に、ヒカリがキララの手を引っ張った。


 「キララちゃん、止まって!何かいる!」


 すぐにアカガネは違和感の正体に気がついた。

 坑道の全ての天井には照明がついているはずだ。それなのに、曲がった先が見通せないほど暗い。

 明かりが切れているわけではなかった。ヒカリの言う『何か』が、天井を覆い尽くしていたのだ。


 その『何か』が天井から三人を目がけて飛びかかってきた。

 リンが唸り、『何か』を叩き落とす。

 後方の明かりに照らされたそれは、1mほどのサンドワームの幼体だった。


 「上にまだいる!」


 見上げれば、天井にびっしりとサンドワームの幼体が(うごめ)いていた。砂海にいる成体とは違い、白く薄い甲殻を持った幼体の群れが一斉にこちらを見る。

 キララが悲鳴を上げるより早く、サンドワームがぼとぼとと上から降ってきた。


 アカガネが引き金を引くと、坑内が一瞬明るく照らされた。散弾がサンドワームの幼体を吹き飛ばしたが、その奥から更に多くの幼体が押し寄せてくる。


 「逃げよう!」


 とても太刀打ちできる数ではない。ヒカリは一瞬だけ躊躇ったが、すぐに(きびす)を返した。


 坑内の電球が更に壊され、暗闇が押し迫る。

 どうにか入り口の扉付近にたどり着いた一行に、背後からサンドワームの幼体が襲いかかった。


 闇の中から飛び掛かってくるサンドワームの幼体を、ヒカリが正確に撃ち抜く。その先からやってくる幼体達は、アカガネの散弾に怯んで動きを鈍らせているようだ。

 二人の背後で、残された明かりを頼りにキララが扉の開錠を試みていた。アカガネとヒカリが撃ち洩らした幼体もいたが、リンにすかさず噛みつかれ動かなくなった。


 数秒が何時間にも思われるような時が過ぎた。

 手探りで扉を開けていたキララが、ようやく声を上げた。


 「開いたんですな!」


 扉を開け放つと、外の陽光が坑内を照らし出し、サンドワームの群れは勢いを失った。光の当たる部分を避けるようにじりじりと後退していく。


 三人と一匹はその隙に外へ飛び出すと、再び扉を閉めた。



 先程の死闘が嘘のように、外は穏やかだった。

 三人はしばらく扉の前で構えていたが、扉の先から物音一つしないことを確認すると、安堵の息を吐いた。


 「な……なんでサンドワームの赤ちゃんがあんなにワラワラいるんですな……」


 今にもへたり込んでしまいそうなキララがそう(こぼ)すと、アカガネも頷いた。


 「こんな場所じゃなかった。どこから入り込んだんだろう」

 「とにかく一旦帰って親父殿に報告なんですな。それから──」


 アカガネとキララは、硬い表情で坑道の入り口を見つめるヒカリの様子を窺った。

 二人の視線に気がついたヒカリが、強張った笑みを浮かべる。


 「二人とも、怪我は無い?」

 「無いけど……あの……」

 「私の事は気にしないで。そんなことよりこのサンドワームをなんとかしなくちゃ。居住区にも近いから、逃げ出したら大変な事になるよ」


 ヒカリの言葉は最もだった。

 しかしそれはつまり、試験に必要な銅鉱石を諦める事を意味する。


 ヒカリは気落ちした様子を見せず、二人を促して熱砂の居住区へと歩き始めた。その後ろを、リンがゆったりと追いかけた。

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