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3 キララとシデロ

 午後、キララは兄の職場へ行こうと提案した。


 「兄上殿はここから少し離れた工房で、修理屋をやってるんですな。この間独り立ちしたんですぞ」

 「そうなんだ。ここは修理屋さんが多いの?」

 「ですな。この辺りは昔の遺構が多いし、そこから出てくる遺物を加工する職人もたくさんいるんですな。ギルド員が見つけた物を、機械工(メカニック)が使える様に加工する。それが熱砂の民の特徴なんですぞ」


 ヒカリはメカニックについて熱く話すキララに相槌を打った。その姿はどことなく年上の姉の様にも見える。


 キララとアカガネ、そしてヒカリの三人は、居住地の奥へと歩みを進めた。入り組んだ路地を行くと、やがて機械の音が絶え間なく聞こえてくる。

 路地を抜けた先の空き地には、小さな工房が建っていた。周囲にはジャンク品やパーツが山のように積み重なっている。

 キララは工房のシャッターを慣れた手つきで持ち上げた。


 「兄上殿〜?いるんですな〜?」


 薄暗いガレージ内には車が一台あるだけだ。作業の途中なのか、地面には整備用の道具が置かれている。


 その時、車の下から青年が顔を覗かせた。

 

 「おお、兄上殿。そんな所にいたんですな」


 油で汚れた顔を拭って、青年がのっそりと車の下から這い出してくる。怒っているのかと思えるほど無表情だが、キララやアカガネは慣れているようだ。


 「……その子が噂の子。知ってる」

 「噂が早すぎるんですな。とりあえずヒカリ殿、こちらが小生の実兄、シデロ殿なんですな」

 

 立ち上がると見上げるほど背が高いシデロに、ヒカリは自己紹介する。


 「は、初めまして。私はヒカリと申します。ええと……キララちゃんのお兄さん……が、シデロさん?じゃあアカガネ君はキララちゃんの弟になるの?」


 そこで初めて、アカガネとキララはヒカリに自分たちの関係を伝えていなかった事に気がついた。


 「ええと、なんて言えばいいのかな……。俺とキララとシデロ兄は同じ位の時に親父さん達に拾われて、一緒に育ててもらったんだよ」

 「そうなんですな。血が繋がってるのは多分、小生と兄上殿だけなんですぞ」

 「……ええっ!?」


 最初からアカガネとキララを兄弟だと信じ込んでいたヒカリは驚きの声をあげる。どちらかと言えば、シデロとキララのほうが似ていない。


 「ご、ごめんなさい。私、すっかり家族なんだとばかり……」

 「何も謝る事は無いんですな。よく勘違いされるんですぞ。でも別に不便は無いですなぁ、兄上殿?」

 「……ん。そう」


 シデロが頷き、そのまま首を横に傾げた。


 「……で、今日は何の用」


 ああそうだった、とアカガネが自分のポーチを探る。出てきたのは、手のひらサイズの鉄の杭だった。


 「シデロ兄、これありがとう。役に立ったよ。それで、ここに付いてる鉱石が取れちゃって……つけ直してもらえないかな」


 サンドワームを撃退した鉄杭は、よく見ると細かな機械の塊だった。持ち手の所に窪みがあり、同じ形の茶色い鉱石がアカガネの手のひらに乗っていた。

 シデロは驚いた様に目を見開く。


 「……これ、使った?お守りだったけど」

 「え、あ、うん。だめだった?」

 「……」


 何か言いたそうに口を開きかけたシデロだったが、結局何も言わずに杭を受け取った。

 どうやら修理してくれるらしい。


 作業机に向かうシデロの後ろ姿に、キララが思い出したように声をかけた。


 「そういえば兄上殿、実は小生達もギルドの試験に挑む事になりましたぞ!内容はまだわからないんですな」

 「……それはおめでとう。じゃあプレゼント、あげる」


 シデロは引き出しから無造作に石を取り出すと、机の上に置いた。


 手招きされて机の側に集まった三人は、その石を覗きこむ。

 破片のように小さな石だ。何かの鉱石なのか、透き通った青い色をしている。


 「綺麗な石ですね」


 輝きに見惚れるヒカリに、シデロが頷いた。


 「これはギラ鉱石。知らない?」

 「ギラ、鉱石……。確か、色んな力が込められているって聞いたことがあります。でもあんまり詳しく知らないかも」

 「ギラ鉱石はあまり流通してないから、当然」

 

 シデロは青いギラ鉱石を摘んで、掲げて見せた。


 「昔、天からギラが落ちてきた。ギラは大きな隕石で、この星にあるものを全部書き換えた。地下にあった鉱石も」


 それは50年前から伝わる一種の俗説(ぞくせつ)だった。

 ギラと言う名の隕石が50年前、地表に落下したのは事実とされている。だが、その姿形は誰も見たことが無いと言う。

 一説によると、ギラは落下後に地下を彷徨(さまよ)い、地球に眠るありとあらゆる鉱石を変貌させてしまったらしい。

 普通なら馬鹿馬鹿しいと一蹴される話だが、ギラ鉱石は確かに存在している。研磨した後の見た目は宝石そのものだ。

 しかし、美しいだけではない。

 ギラ鉱石は、持ち主や近くの物体になんらかの作用をもたらすと言われている。

 研究できる環境が無い為、科学的に証明された訳では無いが、衆知(しゅうち)の事実として広く知れ渡った話だった。


 「この青いギラ鉱石は、持ってる人の反射スピードを上げる。武器貸して。つけてあげる」

 

 シデロが手を差し出す。


 「え、いいんですか?」


 ヒカリは躊躇(ちゅうちょ)したが、他の二人に促されて銃を渡した。護身用にしては使い込まれたハンドガンだ。


 「……いい銃。ちょっと待ってて。あと二人の分もあるから」

 「流石兄上殿。じゃあ小生達はリン殿と遊んでいるんですな」


 外に出ると、路地の奥からリンが歩いてくる所だった。

 見慣れているのか、近所の人も気さくに声をかけている。リンはふさふさとした尻尾を揺らして三人の前に座った。


 「リン、さっきはありがとう」


 アカガネが喉の辺りを撫でると、ゴロゴロ言う代わりにきゅふきゅふと鳴く。喜んでいるようだ。


 「わ、私も触っていいかな?」

 「もちろん。リン殿は大抵の人はウェルカムなんですぞ」


 恐る恐るヒカリがリンへ手を伸ばす。リンは目を細め、寛いだ表情をしてそのなでなでを堪能した。


 「私、オオサバクギツネを初めて見たよ。リンちゃんって言うんだね。助けてくれてありがとう」


 ヒカリの言葉がわかるのか、きゅふぃ、と気の抜けた声で鳴く。砂漠を駆けている姿は勇ましかったが、今のリンは大きな猫にしか見えなかった。


 三人と一匹が外で待っていると、シデロが工房の外へ出てきた。

 手にはヒカリの銃であるハンドガンを持っている。


 「ギラ鉱石、つけた」

 「わぁ、ありがとうございます」


 グリップ部分を少し改造して取り付けられたギラ鉱石は、青い光を反射していた。

 手に持ってみても違和感を感じないほど一体化している。


 「凄い技術だね。もしかしてシデロさんって凄腕のメカニック?」


 感心して言うヒカリに、キララが複雑な顔をした。


 「悔しいんですが、その通りなんですぞ。特にこういう細かい細工仕事は、熱砂の民の中でも一、二を争うんですな。しかし、機器の整備ならこのキララも負けていないんですぞ!」


 力強く拳を天に突き上げるキララに、アカガネがため息をつく。どうやらシデロの事を一方的にライバル視しているらしかった。


✽✽✽


 「次はアカガネのやつ、貸して」


 そう言うとシデロはアカガネのショットガンを受け取り、また工房の中へと戻っていった。


 しばらくして、シデロが工房の外に出てきた。アカガネから借り受けた散弾銃を軽く掲げて見せる。


 「こっちにもギラ鉱石ついた」

 「シデロ兄、ありがとう。これはどういう石?」


 グリップにつけられた赤く輝くギラ鉱石を見て、アカガネが首を傾げた。


 「発射される弾の速度がちょっと速くなる」

 「……つまり、ちょっと強くなった?」

 「ん」


 言葉少なに肯定される。

 今に限らず、シデロとの会話は最小限だ。そこには『自分が喋らなくてもキララが喋ってくれるだろう』と言う、怠惰な思惑が透けて見えた。

 それでも技術力は本物で、ギラ鉱石は違和感なくグリップに収まっている。


 「それと、リンにこれつけて」


 シデロは大きい革製の首輪をキララに渡した。

 首輪にはオレンジ色の鉱石が嵌め込まれている。これもギラ鉱石のようだ。


 「リン殿に?というか、小生のは?」

 「……ごめん。無い」

 「無い!?」

 

 わかりやすくショックを受けるキララに、シデロがバツの悪い顔をする。


 「だってキララは銃持ってない。それに、この石は面白い」

 「面白いって……何がなんですな?」


 シデロはキララに渡した首輪をもう一度受け取ると、少し離れた廃タイヤの山の上へ置いた。

 そして近くにあった小石を握りしめる。


 「見てて」


 そう言って、シデロが首輪に向かって小石を投げる。

 そのまま当たるかと思いきや、小石は見えない何かに弾き飛ばされたように、反対方向へと飛んで行った。


 「……え?何が起こったんですか?」


 ヒカリが目を(しばた)かせる。


 「これは、早く動く物に反応するギラ鉱石。物体の衝撃を反射する。例えば銃の弾とか」


 シデロの説明に、キララも好奇心に満ちた目で首輪を見つめた。


 「え……凄いんですな。今みたいに跳ね返せるってことなんですぞ?」

 「そう。でもゆっくり動くものや、連続の衝撃は反射しない。そこは注意」


 キララは首輪を手に取り、リンを呼んだ。

 少し離れた木陰で丸まっていたリンが、キララの元へ駆け寄って来る。その首元に首輪を装着すると、オレンジ色のギラ鉱石がふさふさの毛の合間から輝いていた。


 「可愛い~!リンちゃん、おしゃれさんだね!」


 ヒカリに褒められると、満更(まんざら)でもなさそうなリンである。言葉の意味はわからないはずだが、どこか自慢気だ。


 「確かにこれがあればいざという時に安心なんですな。兄上殿、ありがとうなんですぞ」

 「ん。これでどんな試験が来ても安心」


 自分の仕事に満足したようにシデロが言う。

 ふと、アカガネは心に不安がよぎった。試験の内容は明日にならなければわからない。


 「そういえばシデロ兄も去年ギルドの試験を受けたんだよね?どんな試験だったの?」

 

 シデロは1年前にギルドの試験に合格し、独立を果たしている。

 しかしアカガネやキララですら、合格したという事実を知らされているだけで、実際どんな試験内容だったのか聞かされていなかった。


 「車、直した」

 「え?」

 「親父の壊れた車、直した。それだけ」


 その場にいた全員が、ガレージの方を見た。半開きのシャッターから、整備中の車が覗いている。


 「……いや、あの車じゃないけど」

 「でもそれが試験?他には?」

 「無い」


 車の整備は慣れていなければ難しい。試験としては妥当な所なのかもしれないが、何年もメカニックをしてきたシデロにとっては、比較的楽な作業だったはずだ。

 アカガネは胸を撫で下ろした。


 「じゃあ、俺達もそこまで難しい試験じゃないかもしれないね」

 「我々は半日肩揉みマッサージとかじゃなければいいですなぁ……」

 

 淀んだ目のキララを、ヒカリが慌てて否定する。

 

 「さ、流石にそんな事は無いんじゃないかな?」

 「わからないですぞ?私利私欲の為に試験を利用していないと信じたいですぞ」

 「大丈夫だよ、きっと……」


 一抹の不安を胸に秘めて、三人は明日の試験に思いを馳せた。

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