13 シドニスの使者
時を少し戻して。
アカガネとキララ、そしてリンはカルセドの港へと向かっていた。
整備された道を、カルセド行きの車が駆け抜けていく。歩いているのはアカガネ達ぐらいだ。
「う〜ん……う〜ん……」
前を歩いていたアカガネは、背後から聞こえる唸り声にうんざりしたように声を上げた。
「キララ、その唸るの止めない?」
「だって……アカガネ殿は心配じゃないんですぞ?ヒカリ殿はこれからずっと一人で旅をするんですぞ」
今にも泣きそうな顔のキララは、ライジュがヒカリに同行している事など知る由もない。
アカガネはため息をついた。
「そりゃ……心配だけど……」
ヒカリは父の事となると何も目に入らなくなるようだった。おまけに世間知らずな一面もある。
しかし自分達にも仕事があるのだ。ずっと彼女に着いていくのは現実的ではない。
「俺達は銀鳶号を直さなくちゃ。ほら、そろそろ港が見えてきたよ」
カルセド港に突き出た桟橋の先に、銀鳶号が鎮座していた。
まだ小さく呻いていたキララも、その姿を見て少しばかり気持ちを切り替えたようだ。
「わかったんですな。早く部品を持っていくんですぞ」
少し早足になって歩き出すキララに置いて行かれないよう、アカガネとリンもその後をついて行く。
港には荷揚げする男たちの姿も少なく閑散としていた。今日の仕事は既に終わったようだ。
砂海に突き出た桟橋の先に人影を見つけ、キララが手を振った。
「あ、親父殿!……と、あれは誰なんですな?」
銀鳶号を見上げていたジンの背後に、一人の女性が立っている。ジンはキララとアカガネに気がつくと、手を挙げた。
「おう。遅かったな」
近づくにつれて、ジンの傍にいる女性が白髪であることに気づく。気品のある立ち姿をした女性の顔には皺が刻まれていた。
ジンより年上の人を滅多に見たことが無い二人は、思わずその女性を凝視した。
五十年前、ギラという名の星が落下し、文明を滅ぼした。絶滅の危機に瀕した人類はその数を極端に減少させた。
そこからじわじわと人口を増やし、苦難の末に僅かながら文明を復活させてきた。今五十歳以上の人間は、いわば『厄災の生き残り』とも言えるのだ。
目の前にいる女性はジンより更に年上に見える。
年上は敬え。特に五十年以上生きている者には敬意を持てと教えられてきた二人は、緊張した面持ちで女性の前に立った。
「まぁ、貴方達がジンの秘蔵っ子ね。噂はずっと聞かされていたわ。お名前を聞いていいかしら?」
見た目通りの穏やかな口調で、アカガネは少しだけ緊張を解いた。
「俺はアカガネって言います。こっちはキララ」
「は、はじめまして」
なんですぞ、といういつもの口癖をキララが飲み込む。
「お会い出来て嬉しいわ。私はナギサ。シドニスの執政官よ」
「……しどにす?しっせいかん?」
聞き慣れない単語にアカガネが首を傾げると、ナギサは苦笑いした。
「そうね、貴方達にとっては知らない組織みたいなものよね。簡単に言うと、熱砂の民を含めた多数の民を取りまとめてシドニスと呼ぶ事にしたの。共和国……と言ってわかるかしら?それぞれの民の長が話し合って、一つの大きな国を形成しようとしているところなの。いわば私は生まれたての国のお世話係と言ったところね」
思わぬ規模の話に、アカガネもキララもぽかんとする。かろうじてわかるのは、目の前の老女が偉い立場の人だということだけだ。
助け舟を出したのはジンだった。
「ほら、銀鳶号で商談に行くって話をしただろうが。その商談相手がシドニスって訳だ」
「確かにそんな話をしていたような気がするんですな」
早速口調を元に戻したキララは、合点がいったように頷いた。
アカガネが銀鳶号の巨体を見上げる。
「……これを売るの?」
「厳密に言えば、銀鳶号はモデルよ。私たちが交渉したいのは熱砂の民の技術力なの」
ナギサも銀鳶号を見上げたが、その瞳はどこか遠くを見ているようだった。
「シドニスが国として認められるには、もっとたくさんの力が必要になるわ。武力ではなくて、世界をまとめあげる力が。この銀鳶号には、新しい世界の象徴になって欲しいのよ」
熱のこもったナギサの言葉を、ジンが茶化して返す。
「おいおい、勝手にアンタのところの象徴にしないでくれ。それに今日は見学だけって話だっただろ」
相手が執政官だろうと国の重鎮だろうと、ジンは調子を崩さない。熱砂の民の男らしく言い切るジンに、ナギサが苦笑した。
「そうだったわね。気が急いていたわ。ところで……二人はカルセドの町を見てきたのかしら?」
思わずカルセドでの出来事を話しそうになったが、アカガネは口を噤んだ。その代わりにポケットから頼まれていた銀鳶号の部品を取り出した。
「ええと、これを買いに行っていたんです」
「部品を?確か、今銀鳶号は修繕中と言っていたかしら」
「おう。ちょっと見せてもらおうか……ああ、これなら問題なく直せる。しかしなんでそんなに時間がかかったんだ?」
ジンからの追及を、曖昧な笑いで誤魔化そうとするアカガネとキララである。
その時、一人の男が四人の間に割って入った。
「すみません、ナギサ様。少しお耳を……」
男は一見するとただの作業員のようだった。白い腕章をつけていて、ジャケットの背中には腕章に描かれているものと同じ風車のようなマークがあった。
ナギサと男は三人から少し距離を取り、何かを話し合っている。
やがてナギサが頷き、男は走り去っていった。
「お話の途中でごめんなさいね」
「構わねぇよ。シドニスも忙しくなってきたって事だろ」
「いいえ、今回はそのことじゃないわ。カルセドの町の情報が入ってきてね」
言葉を切ったナギサがちらっとアカガネとキララに視線を向けた。
「……カルセドの郊外で長く狼藉を働いていた賞金首が、先ほど討伐されたとの情報があったの。ネズミの亜人の放火魔だったそうよ」
二人はわかりやすく狼狽した。
ここで賞金首を倒した事がジンにばれたら、叱られるのは目に見えている。
内心慌てふためく二人を余所に、ジンはほお、と感嘆の声を洩らした。
「よっぽど優秀な賞金稼ぎがいたんだな。ここら辺の治安も良くなるってもんだ」
「それが、討伐したのは正体不明の一団だったそうなの。若者三人と狼の亜人、それに……オオサバクギツネが一匹」
ジンが怪訝そうな視線をリンに向けた。
リンは少し離れた建物の日陰で、退屈そうにあくびをしている。
「それに、その若者三人の特徴も把握しているわ。アカガネ君にキララさん。先ほどまでどちらにいらしたか、聞いてもいいかしら?」
穏やかな言葉の裏に、揺るがない確証があるような口ぶりだった。もう逃げられないと観念したアカガネは、ぽつりぽつりとカルセドでの出来事を話した。
ヒカリを送っていったこと、彼女の父親の居所を知る人物に接触する為に、借金返済の手伝いをしたこと。その途中で偶然にも賞金首に出会ったこと……。
話の途中から、ジンは呆れ返った表情をしていた。
「あのなぁ……いくら友達の為だったとは言え、賞金首相手に……」
ぼやくようなジンの小言を、ナギサが手を上げて遮る。
「二人に少しお話をお伺いしていいかしら?一緒にいた人はどこへ行ったかわかる?」
「ヒカリ殿は父上殿を探しに旅に出たんですな。ライジュ殿は……たぶん、次の仕事に行ってるんですぞ」
キララは言いにくそうに別れた二人の事を説明する。ヒカリはともかく、ライジュの借金取りという仕事を聞けば、ジンの表情は更に険しくなるだろう。
現状説明に苦心するアカガネとキララをよそに、ナギサは何かを考えているようだった。
「なるほど、わかりました。そのお二人の力を借りて、賞金首を討伐したと。それでも四人と一匹で……とんでもない実力があると見て間違いないわ。それで、唐突で申し訳ないんだけど、私のお願いを聞いてもらえるかしら?」
***
長い話になるからと、四人は銀鳶号の客室に移動した。
リンはどうやら甲板で昼寝を決め込んだらしい。その自由さをアカガネは少し羨んだ。
「……さて、まず私がなぜここに来たかお話しましょうか」
テーブルに出された茶を優雅に啜って、ナギサが切り出した。
ジンは怪訝そうな顔をする。
「商談っつうか、この船を見に来たんじゃねぇのか」
「それも確かに目的でした。それとは別に、シドニスとして見逃せない異変がいくつか観測されていたので、情報収集も兼ねていたんです。貴方達はイアードという町……というか集落はご存知かしら?」
アカガネもキララも知らない名前だった。ジンだけがああ、と何かを思い出したようだ。
「聞いたことはあるな。確かカルセドからもう少し東に行った所だろう?辺鄙な場所にあるが、補給には助かる」
「そうですね。実はそのイアードに、シドニスの政務派遣所があるんです」
新しく国としての体裁を整える為、シドニスは各地に派遣所を設立していた。
名前は大層なものだが、実態は空き家を借り上げて情報収集しているだけだとナギサは説明した。
「その土地の要望などを知るには便利な施設なのですが。そのイアードの政務派遣所と、数日前から連絡がとれなくなってしまっているんです。私がここへ来た理由の一つが、イアードの政務派遣所の調査……だったのですが」
ナギサの顔が僅かに曇る。
「そのイアード周辺で、最近エヴェラの国章が入った軍用車が度々目撃されているとの情報が入りました。知っての通り、エヴェラは我々シドニスの存在を疎ましく思っています。今は国境付近の小規模な小競り合いで収まっていますが、迂闊に接触すればどんな──あら」
滔々と語っていたナギサは、我に返ったように手を口に当てた。目の前に座っている三人が難しい顔をしている事に、ようやく気がついたようだ。
「ごめんなさい。私としたことが、つい会議と同じ調子で話してしまって」
「いや、別にいいんだけどよ……。なんせこいつ等はカルセドに来たのも初めてだ。そう世界情勢をぽんぽん話されてもわからんぜ」
「それもそうね。つまり、我々は今、簡単にイアードには行けないの。それで、貴方達にシドニスの政務派遣所の様子を見てきて欲しいのよ」
アカガネはきょとんとした。
「俺達が?」
「ええ。色々考えたのだけれど、こちらが割ける人員も厳しいの。なにより、万が一にもエヴェラの人間と相対すれば、最悪の事態にもなりかねないわ」
「ちょっと待て」と割り込んできたのはジンだった。苛立った表情でナギサを睨みつける。
「動けない自分たちに変わって、こっちに危険なことをさせようって言うのか。大体、なんの義理があってそんなことしなきゃならねぇんだ?」
ナギサはあっさり謝罪した。
「貴方の言う通り、こちらの一方的な話です。ごめんなさい。でも、熱砂の民のギルド員は困っている人を見捨てないのでしょう?お二人が熱砂の民のギルド試験に合格したと聞いたので頼んでいるんです」
憮然とした表情のまま、ジンが口を閉じる。
ジンに話しているのではない。ギルド員になったアカガネとキララの二人が選択するべきだ──ナギサはそう言いたいらしい。
それまで静かに成り行きを聞いていたキララは、アカガネに小声で話しかけた。
「……イアードにヒカリ殿が向かった可能性もあるんですな?」
声は小さいが、室内には四人しかいない為筒抜けである。しかしつられてアカガネも声を潜めた。
「え、いや……それは無いんじゃない?お父さんがカルセドにいるかもしれないし……」
「小生も考えすぎとは思うんですな……。それに、銀鳶号の修繕が終わるまで、なんにもやることがないんですぞ」
どうやらキララはイアードへ行くことに乗り気のようだ。ヒカリがイアードに行ったかどうかはともかく、しばらく暇であることには間違いない。
修繕に何日かかるか、ジンすら定かではないと言う。数日何もやることが無いのは目に見えていた。
しばらく考えた後、アカガネはナギサに答えた。
「じゃあ、ちょっと見に行ってみます」
「ありがとう。貴方達ならそう言ってくれると思っていたわ」
ナギサが微笑む。しかしすぐに真剣な表情になった。
「……私から言っておいて何だけど、もしかすると道中ミュータントがいるかもしれないから気を付けて。それに、政務派出所と連絡が取れない以上、何が起こっているのかわからないの。もし危ない状況なら迷わず逃げて頂戴ね」
頼んだわ、と力強く念を押され、アカガネは曖昧に頷く。
暇潰しに行きます、とは言えない雰囲気だった。




