14 胡乱な人
イアードまでの平坦な道のりを、ヒカリとライジュは黙々と歩いていた。
どこまでも開けた大地と、薄青の空が続く。目印らしいものも見当たらないが、轍の跡が残っていた。二人はそれを辿って歩いた。
「町の外ってのも意外と新鮮だな」
言葉とは裏腹に、ライジュがあくびを噛み殺しながら呟く。変わり映えの無い光景に早速飽きたらしい。
「ライジュさんはイアードに行った事ありますか?」
ヒカリが話を振ると、ライジュは気怠そうに答えた。
「おうよ。なんにもねぇ場所だぜ。住んでる奴らも辛気臭ぇしよ」
「不思議なんですけど……どうしてイアードの人たちはカルセドに移り住まないんですか?近いんですよね?」
「色々あんのよ」
ライジュはボサボサのたてがみを掻いて言葉を濁す。
「噂じゃ、カルセドに住めないような貧民が迫害されて出来たらしい。レイダーも、警備が厳しいカルセドより、手っ取り早いイアードを襲う。弱い奴らは囮に丁度良いのさ。ま、あの町も見た目ほど綺麗じゃないってこった」
「なるほど……」
イアードの由来は、あまり良いものではないらしい。
それでも、これからの旅にはイアードでの補給が不可欠だ。地図を見た限り、ヒイスに着くまでめぼしい集落は無い。
「十分な水があるといいけど……」
そう呟いたヒカリの視線の先に、小さな建物が見えた。
近づくにつれて、ぽつぽつと建物が増えていく。どうやらあれがイアードのようだ。
よく見ると、建物を囲うようにフェンスがぐるりと張り巡らされている。よそ者を拒絶するように、上部に有刺鉄線まで巻かれていた。
ヒカリとライジュはその異様なフェンスに近づいた。辺りは静まり返り、他に人の気配は無い。
「イアードにはどうやって入ったら?」
戸惑うヒカリに、ライジュは建物の向こう側を指で示した。
「フェンスの反対側にゲートがあるぜ。一か所しか無いから不便なんだよな」
「そんなに厳重なんですね。入れてもらえるかな……」
「あいつらも、一人二人なら問題なく入れるさ。大人数で押しかけたり、どう見てもヤバそうな奴はダメだろうが」
ヒカリは曖昧に相槌を打つ。もし問題になるとするならライジュだが、イアードの人は亜人に寛容だろうか。
そんな事を考えながら、ヒカリはライジュと共にフェンスを辿って反対側へ向かった。
やがて物見櫓とゲート、それに軍用車が何台か見えてきた。車はゲートの前で立ち往生しているようだ。
車列に近づいたライジュが、小さな声で悪態をつく。
「ゲッ……エヴェラ軍の車じゃねーか」
どう考えても面倒事に巻き込まれる未来しか見えない。かと言って、戻る事もできない。
ゲートの前に数人の男達が立っていた。エヴェラの腕章を着けた軍人ばかりだ。
ゆっくりと近づきながら、ヒカリは男達に声をかけた。
「こんにちは……。あの、このゲート通ってもいいですか?」
「ああ、いや……」
エヴェラの軍人達は戸惑ったようにお互いの顔を見合わせている。
その男達の中から、一際若い男が明るく声をかけた。
「ああ〜、いやぁ、実はゲートが施錠されていて入れないんですよ」
「中から開けてもらえばいいんじゃないですか?」
ヒカリはそう聞きながら、青年の格好が随分軽装である事に気がついた。
一際目立っているのは、エメラルドグリーンの耳飾りだ。周囲にいるエヴェラの軍人とは明らかに違う。
「それが、人の気配も無いんですよ。ここからいくら声をかけても反応無し。いやあ、困りましたね!イアードに入りたいんですけどね!」
言葉とは裏腹に、青年はどこか楽しそうだ。
彼の言う通り、ゲートの向こう側には人の気配が感じられなかった。物見櫓にも人影は無い。
「カルセドに行きゃいいじゃねぇか。ここよりよっぽど栄えてるだろ」
それまで黙っていたライジュが指摘する。青年は肩を竦めた。
「カルセドの方々がエヴェラと友好的かどうかは微妙な所なんですよ。まあ、ここにもシドニス……でしたっけ?政務派出所が出来たとかなんとかで、様子を見に寄っただけなんですけど」
「この重装備で?オレぁてっきり戦争でも始めんのかと思ったぜ」
「とんでもない!違うんです!ただの視察なんですよ!」
青年が悲痛な声を上げて否定する。あくまでもただの視察だと繰り返した。
「大体、こんなに目立つ予定なんて無かったんです……。一個小隊で来られたら、そりゃ誰だって侵略戦争だと思いますよね?僕だってそう思います。ええ。でもこれには事情がありまして……」
青年は言い訳なのか愚痴なのかわからない話を続ける。
その隙にヒカリはゲートを確認した。
巨大なゲートの裏側には鉄の閂がかけられていて、簡単には開きそうもない。
よく見ると、隣にも扉が設けられている。正面ゲートが閉じていても出入りできるように設置された通用口なのだろう。
扉にかかっていた鍵は小さく、所々錆びついている。
ヒカリはライジュに手招きした。
「ライジュさん、この扉……」
「お、なんだよ。すぐ取れそうじゃねぇか、こんな鍵」
「ちょっと!?それはさすがに犯罪じゃ……」
何かを察した青年が止める間もなく、ライジュが手ごろな石を手に取る。そして迷うことなく錆びた鍵に叩きつけた。
ガキン!と音がして、鍵は地面に落ちた。
「こんなんじゃ、入ってくださいって言ってるようなモンだろ。ちょっと中見てきてやるから、お前らはここで待ってろ」
「確かに鍵はボロボロだったみたいですけど……知りませんよ、どうなっても……」
まだ何か言いたそうにしている青年を置いて、ヒカリとライジュは扉をくぐった。
フェンスの中は静寂に包まれていた。砂が屋根から落ちるさらさらという音がするだけだ。
開けた道が中央へ続いている。ヒカリとライジュはその道を用心しながら歩いた。
「ちょっと、待ってくださいよ」
振り返ると、先ほどのエヴェラの青年が小走りで近寄ってきた。
「待ってろって言っただろうが」
呆れて言うライジュに、青年は息を整えながら答える。
「イアードの人から、扉の鍵を壊したのがエヴェラ軍だと誤解されてもいけませんからね!疑われた時はちゃんと弁明させてもらいますよ!それに僕も中の様子は気になりますし」
「はぁ、わかった、わかった。好きにすりゃいい」
最早相手にするのも面倒くさくなったらしい。ライジュが雑に返事をする。
「あの、ところでお名前は何と言うんですか?私はヒカリと言います」
助け舟のつもりでヒカリが自己紹介すると、青年はぱっと笑顔になった。
「失敬しました。僕はエシュロンと申します。こうなったのも何かの縁だと思いますし、少しばかり行動を共にしてもよろしいですか?」
ニコニコと愛想よく喋る姿は、どこかの商人のようにも見える。しかしエヴェラの軍人の中にいたことを考えると、一般人とは思えない。いでたちも他の軍人とはまるで違っていた。
エシュロンと名乗るこの青年は何者なのだろう。ヒカリは内心首を傾げた。
「オレぁライジュってんだ。いいか兄さん。アンタが何者か知らねぇが、オレらの邪魔だけはしないでくれよ」
ライジュが釘を刺す。エシュロンは不満そうに反論した。
「邪魔なんてしませんよ。まぁ確かに僕が怪しいのは承知の上なんですが……。それにしても、どうしてこんなに人の気配がないんでしょうね?それに、なんだか変な匂いがしませんか?」
イアードの中心に向かうにつれて濃くなる匂いに、ヒカリもライジュも気が付いていた。何かが焦げるような、燃やされているような匂いだ。
おのずと農場での出来事が脳裏をよぎる。あの時は、賞金首だったネズミの亜人が農場ごと焼き払った。
だがその賞金首はもういないはず。
それでも嫌な予感が収まらず、ヒカリもライジュも言葉少なに道を急いだ。
やがて村の中心とも言うべき広場が見えてきた。その広場の中央で何かが燃えているのを見て、ヒカリは思わず足を止めた。
「何ですかね、あれ。もしかして食品……?」
エシュロンが目を細めて、炎にくべられている物を確認しようとした。
広場の中央に山積みにされていたのは、袋に入った食料品のようだ。農作物やミュータントの肉らしきものが、炎の中でぱちぱちと爆ぜている。
食料の山から視線を逸らすと、壊れた井戸が目に入った。
おそらくこの広場で、人々が水を補給していたのだろう。しかしその命綱とも言える井戸は破壊され、砂と石で埋め尽くされていた。
「酷い……どうしてこんなことを……」
レイダーなら、食料も水も奪うだけだ。わざわざ広場で焼き捨てることなどしない。
考えを巡らせていたヒカリは、ふと辺りを見回した。
建物の中で、誰かが動く気配がする。まるで広場にいる三人を監視しているようだ。
建物の中にいる人に声をかけようかと一歩踏み出したその時、わずかに地面が振動した。
「……な、何?」
微かな振動は徐々に大きくなり、やがて広場の砂が陥没し始める。
窪んだ砂地から虫の足が突き出たかと思うと、次の瞬間、巨大な亜人が飛び出してきた。
蜘蛛の体に人間の上半身が乗っている。半人半蜘蛛の亜人だ。
体にも顔にも白い何かがぐるぐると巻きついていた。よく見るとそれは糸の塊だった。
「シュー……グウゥ……ダレ、だ、オレ、ノォ……」
不明瞭な言葉を吐き出し、蜘蛛の亜人が三人を睨みつける。苦しそうにしながらも、この世の全てを憎んでいるかのような眼光だ。
ライジュがゆっくりと愛刀に手をやりながら溢した。
「またかよ、畜生……」
あの農場を焼き払ったネズミの亜人によく似ていると言いたいのだろう。ヒカリもライジュの意図を汲んで、銃に手をかける。エシュロンだけが、突然の出来事に戸惑っていた。
「え、え、何ですか?一体」
「エシュロンさんは建物の影に隠れておいてください」
事態が把握できていないエシュロンに、ヒカリが短く指示を出す。ほぼ同時に、蜘蛛の亜人が口を開いた。
「オ、オレノォ……土地ニ、カ、勝手ニィイイ!!」
顔に巻いた糸の隙間から、ぎょろりと瞳がこちらを向く。ネズミの亜人とまったく同じ目だ。
「やっぱり、この亜人も……!」
ヒカリが言い終える前に、蜘蛛の亜人が糸を吐き出した。糸がヒカリの足に絡みつく。
「……っ!」
粘着質な糸が縒り合わさり、頑丈な紐のようになっている。蜘蛛の亜人は糸を絡ませたまま、地面へと潜り始めた。
このままでは地中に引きずりこまれる。咄嗟にナイフで糸を切ると、幸いなことにあっさり解けた。
「この野郎!」
蜘蛛の亜人に向かって、ライジュが切りかかった。しかし蜘蛛の亜人は素早く地面に潜り込む。
後には奇妙な静けさだけが残った。
「……どこに行った?逃げやがったのか?」
ヒカリは油断なく周囲を見渡した。そんなはずはない。あれほどの殺意を持って襲い掛かってくる相手が、すぐに逃げ出すとは考えられない。
その時、鋭い悲鳴が建物の中から聞こえた。
振り返ると、近くの民家から三人の人影が現れた。家族だろうか。父親と母親、それに幼い娘のようだ。
だがその歩き方は見るからに不自然だった。
ぎくしゃくと足を動かし、まるで人形のようにぎこちない。恐怖と驚愕で見開かれた目は、三人とも涙で濡れていた。
「た……たすけ……て……。お願い……この子、だけ、は……」
懇願する母親の手足に何かがきらりと光った。
よく見ると、蜘蛛の糸が三人の手足に絡まっている。それだけではない。糸は空中へと伸びており、操り人形のように三人を動かしていたのだ。
視線を上へ向けると、蜘蛛の亜人が家の屋根で腕を動かしていた。左手で糸を束ね、右手をせわしなく動かしている。家族が再び悲鳴を上げた。
「くっ、苦しい……!」
糸は手足だけではない。喉にも巻き付き、家族三人を締め上げている。顔色が変わり始めた家族を前に、ヒカリは思わず叫んだ。
「……止めて!」
「シュー……ググ……オ、オレ、ニィ……指図ゥ、スル、ナァ……!!武器、ブキヲ、ステ、ロォ……!!」
蜘蛛の亜人は呻きながらも、ぎらついた目でヒカリとライジュを睨んでいる。
「オ、オ、オレノォ、王国、ダ……!オ、前ラハ、ショ、処刑……!ショケイ!!グゥウ!!」
──まさか、人質を捕られるとは。
ヒカリは唇を噛む。
蜘蛛の亜人は完全に正気を失っているが、ネズミの亜人とは違って無闇に破壊しないようだ。しかし侵入者には容赦が無い。暮らしているイアードの人にも躊躇なく牙を向けている。
気が向かなければ残忍に殺害するだろう。広場で燃やされている食料品のように。
ネズミの亜人と戦った時は、アカガネやキララ、それにリンがいた。人数差もあったが、それよりも彼らの強さが頼もしかった。
今はこの状況を自分だけでなんとかしなければ。
だけど、どうやって。
ヒカリが逡巡しているうちにも、蜘蛛の亜人は糸を釣り上げていく。家族の顔色が変わり始めたのを見て、ヒカリもライジュも自分の武器を手に取った。
ゆっくりと地面へ武器を置く。
その様子を眺めていた蜘蛛の亜人が、血走った目で叫んだ。
「グウゥ……処刑、ショ、ショケ──ッッガッ!!?」
突然、屋根の上に現れた人影が一瞬で蜘蛛の亜人を殴り飛ばした。
あまりの唐突な出来事に、誰も反応できない。糸の呪縛が緩んだ一家が地面に倒れ伏した。
蜘蛛の亜人を殴った人影に、ヒカリは驚きの声を上げた。
「……アカガネ、君!?」




