12 ヒカリの出発
翌朝。
ヒカリはファルトから貰った地図を見ながら小さく唸っていた。
ヒイスまでの道に、どれだけ補給できるか。ヒイスまでどれくらい時間がかかるのか。
「やっぱり、地図だけじゃ地形までわからないなぁ……」
ファルトの地図は縮尺が正しく精度も良かったが、流石に地形のような細かな情報までは記載されていない。
次の目的地について知っている人はいないだろうかと考えたヒカリは、宿屋の主人に相談する事にした。少なくとも自分より知っている事柄は多いだろう。それに商売柄、色々な事情を耳にしているかもしれない。
思った通り、宿屋の主人は気さくに相談にのってくれた。
「随分と大変そうな道のりだな。本当に一人で行く気か?」
ヒカリが肯定すると、宿屋の主人は広げた地図の一点を指し示した。
「ここに小さな村があるだろう?イアードと言うんだが、一通り物資は揃ってるはずだ。旅人の補給地点みたいなもんだよ。とりあえず目指すとしたらそこだろうな」
「イアード……。わかりました、ありがとうございます」
「いいってことよ。それに気をつけな。どうも最近、エヴェラの奴らがこの付近まで出張って来てるらしい。ちょくちょく軍用車を見かけるんだとか」
「エヴェラ?」
聞いたことの無い名前だ。ヒカリが首を傾げると、宿屋の主人は地図の端を指差した。
「この地図の更に向こう側にある国さ。ここら辺はシドニスって言ってな、好き勝手やってた民やら集落やらが寄せ集まってできた共和制の国なんだ。一応取りまとめている奴はいるがな。エヴェラってのは所謂独裁国家だ。ここら辺とはやり方も考え方も違うんで、表向きには友好的だが裏では小競り合いも起こってるって話さ」
初めて聞く話に、ヒカリは興味深く耳を傾けた。
「そのエヴェラの人達は、何の為にここまで来ているんですか?」
「さあね。お偉いさんの物見遊山とかじゃないか?あいつらの考えてる事なんぞわからん」
宿屋の主人は呆れたように首を竦める。どうやら積極的に関わりたい相手では無いらしい。
ヒカリが僅かな荷物をまとめていると、階段から足音が聞こえてきた。
幾分顔色の良くなったファルトが降りてくる所だった。ライジュとの話し合いは上手くまとまったようだ。
「本当に行くんだね……。本当は僕もキョウを探す手伝いをしたいんだけど……」
申し訳なさそうに言うファルトに、ヒカリは微笑んだ。
「いえ。今は手がかりが掴めただけでもありがたいです。それに、これは私の願い……というか、ただの欲ですから」
「よ、欲?」
「我儘というか、私個人の問題なんです。だから、私が解決しなくちゃいけないんですよ」
そう言い切るヒカリに、ファルトがますます顔を曇らせる。
「あまり自分を追い込んだらだめだよ。僕が言える立場じゃ……あ、」
中途半端に言葉を切ったファルトの視線が、宿屋の入り口に向けられたまま固まる。振り返ると、開け放たれた入り口に、ライジュの姿があった。
「よぉ。出発には間に合ったようだな」
「ライジュさん?どうしてここに?」
ヒカリが驚く。宿屋の主人は眉を顰め、ファルトに至っては顔面蒼白で逃げ出そうとしている。
「んな顔すんな。もうテメーに興味も関わりも無ぇよ」
「そ、そ、それは良かった……。今日一番いい話だよ、うん」
青褪めたままファルトが愛想笑いを浮かべる。ライジュは舌打ちすると、ヒカリの方に向き直った。
「で、アンタは親父さんを探しに行くんだろ?その旅、オレも同行させてもらうぜ」
悲鳴に近い声を上げたのは、ヒカリではなくファルトだった。
「え、え、ええぇええぇ!?いや、あの、なんて言うか、それはちょっと……!」
「さっきからうるせぇな、オマエは。ちょっと黙ってろ。オレぁこのお嬢さんと話してるんだからよ」
お嬢さんと呼ばれて、ヒカリは内心苦笑した。なんとも言えずくすぐったい。
一方、ファルトは言葉を飲み込み口を噤んだ。
「……で?アンタの答えが聞きたいんだが」
「私は嬉しいんですけど……あの、取り立てのお仕事とか大丈夫なんですか?」
恐る恐る聞くヒカリに、ライジュはあっさり答えた。
「辞めてきたに決まってんだろ。毎日辛気臭え奴らから金を毟りとる仕事なんざ、こっちから願い下げだったからな」
そう言って豪快に笑う。
辛気臭いと言われたファルトは複雑な顔をした。
一人旅に心細さを覚えていたのは間違いない。ライジュの戦闘能力があれば危険も減るだろう。しかし当て所ない旅に連れ出してもいいものだろうか。
ヒカリが逡巡していると、ライジュがボソリと付け加えた。
「それによ、詫びみてぇなモンよ」
「詫び?」
「度胸試しでビビらせてやろうと思ってたんだけどよ、妙な事に巻き込んじまったからな……」
どうやら農場での出来事を、彼なりに気にしていたらしい。
「いえ、私も世間知らずだったというか無謀だったというか……でも、着いてきてもらえるなら心強いです」
「なら決まりだな。よろしく頼むぜ、お嬢」
「……えっと、その呼び方……やっぱり何でもないです……」
どこかの組織の娘とそのボディガードのように聞こえなくもない。
先ほどから様子を見ていた宿屋の主人が、不安そうに声をかけた。
「腕っ節のあるお前が着いていくなら安心だが……しかし、二人で本当に大丈夫なのか?」
「あのなぁ。アンタは知らねえかもしれんが、このお嬢も相当つえーぞ?下手な事してみろ、オレのほうが返り討ちにされるわ」
宿屋の主人とファルトが、ヒカリに驚きの目を向ける。ヒカリは咳払いした。
「ゴホン。ライジュさん。私はもう出発しますけど?」
「おっと、いけねぇ」
主人とファルト博士の二人に別れを告げ、ヒカリとライジュは宿屋の外へ出た。
丁度朝日が昇った頃合いだった。通りには早くも屋台が立ち並び始めている。
「で?行く宛はあんのか?」
ぶらぶら歩きながらライジュが尋ねる。ヒカリは宿屋の主人から教えてもらった村の名を告げた。
「とりあえずイアードって村を経由して、そこからヒイスに行こうかと思って」
「ヒイスぅ?そりゃまた遠いな!イアードなら歩いてもすぐそこだけどよぉ」
ぼやいたように言うライジュに、ヒカリが首を傾げる。
「……そういえばライジュさん。あのトラックは?」
農場へ向かった時、ライジュはトラックを運転していた。
トラックと聞いて、ライジュはバツが悪そうな顔をした。
「あれな……。実はオレのじゃなくて組の車を借りてただけなんだよ。他にも手切れ金とかで賞金まで取られちまったしよぉ……」
がっくりとライジュが肩を落とす。
「と言う事は、今無一文なんですね……」
「オイ止めろよ、その同情するような目は。まあイアードに着きゃなんか仕事くらいあんだろ」
気分を切り替えたのか、ライジュは勢い良く歩き始める。その後ろで、ヒカリが小さなため息をついた。




