11 別れ
カルセドの役場から大通りの宿屋まではあっという間だった。
宿屋前にはゴロツキ二人が立っていた。ライジュの姿を見ると、取り巻きの二人は泣き笑いの顔になった。
「あ、兄貴〜〜!ご無事で何よりです!」
「随分遅かったッスね!さてはガキ共の世話で忙しかったんじゃないっスか!」
「相変わらずうるせぇなぁ、お前ら」
好き勝手に話すゴロツキ二人を邪険にあしらい、ライジュがトラックから降りる。三人と一匹も荷台から飛び降りた。
「じゃあ、ここで本当の本当にお別れだね」
意を決したようにヒカリが切り出す。キララとアカガネも黙って頷いた。
「私の我儘に付き合ってくれて本当にありがとう。また会えた時は、絶対絶対、お返しするよ」
「そんなの気にしないで欲しいんですな。小生達もヒカリ殿とご一緒できて楽しかったんですぞ!」
「私も楽しかった。思った以上の大冒険になっちゃったね」
どこかぎこちない笑顔なのは、涙を堪えているからなのか。ヒカリは笑って手を振った。
「じゃあ、私行ってくる。ジンさんとラニエさん、シデロさんにもよろしくね!」
「うん……お父さんに会えるといいね」
それぞれ別れの言葉を口にして、アカガネとキララ、そしてリンは銀燕号の待つ港へと足を向ける。
その後ろ姿を、ヒカリはいつまでも見続けていた。
✽✽✽
「おい!ファルト!いるんだろうが!さっさと出てこい!」
壊れるのではないかと心配になるほど、ライジュが扉を叩く。
小さな悲鳴が聞こえた後、僅かに開いた扉の隙間からファルトの顔が覗いた。
「ひ、ヒィィ!ライジュさん!もう少しだけ……もう少しだけ待ってください!」
「聞かねぇよ。いいからここ開けろや」
もはやこれまでと観念したのか、ファルトの部屋の扉がゆっくり開いた。
ファルトは項垂れたままライジュを部屋に招き入れる。大小様々な器具や鉱石が散らばる部屋を眺めて、ライジュは鼻を鳴らした。
「ハッ。夜逃げしたかったらしいが、この荷物量じゃあ無理だろうな。そもそもオレから逃げられると思うなよ?」
「いや、そんなつもりじゃ……。そ、それより、どうしてこの子と一緒に?」
ファルトはライジュの隣にいるヒカリに気が付き、困惑した表情を浮かべる。
ヒカリは静かに口を開いた。
「ファルト博士。父の話を聞かせてください。借金は私が返しますから」
ヒカリが50万リケルの札束を差し出す。ファルトは目を見開いて、札束とヒカリの顔を交互に見た。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。何がどうなっているんだ?これはどうやって手に入れたんだ?」
「おいおい、あんまりそんな事聞くんじゃねぇよ。寿命が縮むぜ?ファルトさんよ。それより、その札束を受け取るのか受け取らねぇのか、どっちか決めてくれよ。オレらもそれで対応が変わってくるからよ」
ライジュが凄む。
ヒィ、とファルトが情けない声を上げた。
「勝手な事をしてすみません。でも私、どうしてもお父さんに会わなくちゃいけないんです。どんな些細な話でも構いません。教えてください」
落ち着いた態度だが、話を聞くまで頑として動かないと言う意思を感じる。ファルトは、ライジュとは違った意味で震え上がった。
「わ、わかった、わかったよ。どういう事なのかわからないけれど、君のお父さんはどんな人だったんだい?」
「父の名前はキョウと言います。聞き覚えはありませんか?」
「キョウって……あのキョウさん?彼の娘さんだって?」
唖然としてファルトがヒカリを見つめる。ヒカリは意気込んだ。
「やっぱり……!知ってるんですね!」
「あ、ああ。知ってるよ。彼とは一時期研究を共にしてたんだ。でも……」
ファルトは言葉を濁したが、諦めたように続けた。
「でも、ある日いなくなってしまった。多分僕のやっている研究に見切りをつけたんだろうね」
「そうだったんですね……。教えてください。父は何を研究しようとしていたんですか?」
「それがわからないんだ。何を聞いてもはぐらかされてしまってね。キョウはある時突然僕の元に現れて、ギラ鉱石についての研究がしたいと言ってきたんだ」
ギラ鉱石、とヒカリが口の中で呟く。ファルトはゆっくり頷いた。
「僕は彼の事を知らなかったから、最初はかなり警戒していたんだ。ほら、ギラ鉱石って特殊な力があって、それを悪用する事もできるだろう?でも彼はそんな人じゃなかった。むしろどうすればギラ鉱石が人の役に立つのか、それを研究したがっているように見えたな」
ファルトの語るヒカリの父親は、無口だが実直な男だった。
誰かが困っていれば黙って助け、手伝いを請われれば、自分の用事を後回しにしてでも手を差し伸べた。最初は警戒していたファルトも、いつの間にか心を開いていったのだと言う。
「……お父さんらしいな」
ぽつりとヒカリが呟く。話に聞くキョウは、ヒカリの知っている父そのものだった。
だけど、とファルトは声を落とす。
「最後まで彼の目的が何だったのか、僕にはわからなかった。ただ誰かを助けたかったのか、好奇心でギラ鉱石を調べていたのか……。彼は自分の事すら喋りたがらなかったんだ。家族や友人の事も話してくれなかったな」
「そう、ですか……」
ヒカリは肩を落とした。話を聞く限り、手がかりになりそうな事は何も無い。
部屋の隅で話を聞いていたライジュが、苛立ったように口を挟んだ。
「なんか無いのかよ?ソイツの次の行き先とか、やりたい事とか、話した事あんだろうが」
「そ、そう言われても……。うーん、でもそう言えば、彼は井戸の話もしていたな」
「井戸?カルセドの井戸か?」
「いや、もっと大きな井戸の構造を知りたがっていた。もしかしたら、ギラ鉱石で井戸を増やそうとしていたのかもね」
ヒカリは言葉を飲み込んだ。父に関する話を、ここで語ってしまいたい衝動に駆られる。
しかし直ぐに気持ちを切り替え、別の質問を投げかけた。
「大きな井戸がある街ってどこにありますか?」
「うーん、僕も考えてみたんだけど、大きな街なら大きな井戸がある。当たり前の話なんだけどね。ヒイスって街の井戸は有名だよ。あそこは水で発展した街だから」
「ヒイス……」
街の名前を呟くヒカリに、ファルトは頭を掻いた。
「彼がその街に行った確証はないけど、可能性があるとしたらそこくらいしか思いつかない。ごめんね。もう少し役に立てればよかったんだけど……」
「いえ、十分です。本当にありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちのほうだよ。それに……君、ヒイスに行くつもりかい?あの街はここからかなり遠いよ?」
「はい」
ヒカリの決意が揺らがないと見ると、ファルトは机の引き出しから折りたたまれた紙を取り出した。
「これをあげるよ。僕が昔使っていたものだから少しくたびれているけど、まだ使えるはずだ」
「これは……地図ですか?」
広げられた地図には、カルセドを含めていくつもの街の名前が記載されていた。熱砂の民の居住地も、豆粒の様に小さく書き込まれている。
カルセドから東にヒイスの名前もあった。ヒカリは思わず眉根を寄せた。
「確かに、遠いかも」
道中は砂海こそ無いものの、カルセドから伸びている細い道はあまり栄えていないようだ。間に広がっている荒野は、大砂海のそれと同じくらい広大に見える。
「ありがとうございます、これで目的地がわかります」
「お礼を言いたいのは僕の方だよ。危ないし、本当は旅に同行したいくらいだけど、僕なんかじゃ足手まといだろうから。これくらいしかできないんだ」
申し訳なさそうにするファルトに、ヒカリは首を横に振った。
「そんな事ありません。父の痕跡が見つかって良かった。私、もう少し旅を続けてみますね」
「僕も、キョウが見つかる事を祈っているよ。もし会えたらよろしくと言ってくれ」
ヒカリが別れを言って部屋を出ようとすると、それまで隅で待機していたライジュがゆっくり背伸びをした。
ファルトはその姿を見て、自分がまだ50万リケルを握りしめている事に気がついたようだった。
「さぁて、じゃあ今度はコッチの話しだ。借金を返済してもらおうか。その為に待ってたんだぜ、センセイよ」
先程までの和やかな雰囲気が、一気に不穏なものになる。ファルトの、今後の生活費の懇願を背後に聞きながら、ヒカリはそっと部屋から抜け出した。
ヒカリはファルトと同じ宿屋に泊まることにした。幸いにも数晩泊まるくらいのお金は持ち合わせている。
一階にいた宿屋の主人に話すと、快く受け入れてくれた。
「うちでよかったらゆっくりしていってくれ。あの博士も、今夜はちょっと大人しいだろうよ」
ヒカリと宿屋の主人は天井を見上げて苦笑いした。ライジュとどんな話し合いがあったのかわからないが、今は随分と静かになっているようだ。
一階奥の部屋に案内され、ヒカリはようやく安堵の息を吐いた。
扉に内鍵をかけ、室内を見渡す。小さなベッドと机が一つずつあるだけの、質素な部屋だ。
そのベッドに腰掛けると、眠気が襲ってきた。
──お父さんは今、どこにいるんだろう。
この世界で一人の人間を探す事は、砂漠で一本の針を見つけるように難しい。
そんな事は理解しているはずだ。しかし見つけたと思った手がかりも、すぐに霧散してしまった。
それでも、旅を止めるという選択肢は無い。
もしも父と会えたら。
伝える事はただ一つだ。




