10 賞金首
動かなくなった鼠に向けて気を張っていた三人は、やがてゆっくり息を吐いた。焼け焦げた鼠は完全に沈黙したようだ。
収穫用の機械を降りたキララが駆け寄って来る。
「皆、無事なんですな!?」
「……うん、なんとか。私は怪我もないよ」
「俺も」
アカガネが腕を見ながら答える。少しだけ火傷をしたが、ひりひりするだけで大したことは無い。
「それはよかったんですな。リン殿も大丈夫みたいなんですぞ」
きゅふ!と応えるようにリンが鳴く。ヒカリは胸を撫でおろしたが、すぐに顔を曇らせた。
「でも、この農場の人は……」
農場の家に視線を向ける。扉の隙間から見える室内は、全て焼け出されているようだ。焦げた匂いと立ち昇る煙で、中にいる人の生存は絶望的だと見てとれた。
「あの鼠の亜人はなんだったんですな?急にこちらを襲ってきたんですぞ」
「俺達を襲ったって言うか、目があった人なら誰でも襲ってたんじゃないかな。ここの農場の人も……」
三人はゾッとして倒れている鼠を振り返った。
居住地の外には暴漢や犯罪者も多いとは知っていたが、まさかここまで理不尽な存在がいるとは。
ライジュはその鼠の亡骸を眺めていたが、突然何かを思い出したように叫んだ。
「ああ!やっぱりそうだ!コイツに間違いねぇ!おい、誰か一緒にコイツを運べ!トラックに載せるぞ!」
唐突な提案に、三人は唖然としてライジュを見る。
「え……その鼠の亜人を?」
アカガネが怪訝そうに尋ねる。ライジュは早くも鼠を引きずり始めていた。
「そうよ。つまりな、コイツは賞金首って奴だ。カルセドの役場に持っていけば結構な金になるんだよ」
確かに、お尋ね者と呼ばれる犯罪者がいることはアカガネも知っていた。気まぐれに人を襲うレイダーとも違う、計画的な犯罪者の事だ。
被害に悩む街の名士や住民たちが金銭を出し合い、その犯罪者に賞金をかける。そして捕まえた者にその賞金を渡す。
賞金首を狙う者はハンターと呼ばれ、賞金首狩りで生計を立てる人間もいると聞いていた。
「賞金首は大抵、『生死問わず』だからな。コイツでも賞金は出るって寸法よ……」
獲物を見つけた獣の様にライジュが笑う。狼の亜人ともなるとその迫力は満点だった。
でも、とアカガネは内心首を傾げる。
賞金首は追われる身だ。だからこそ目立つ行動は極力控え、社会に溶け込んでいると聞く。
それならば何故、この鼠亜人の賞金首は、白昼堂々ぽつんと建つ農場に押し入ったのだろう。
土を盗む予定だったのか。あるいはただの快楽殺人犯なのか。
「ああ、重てぇ!お前らも見てないで手伝え!」
ライジュから急かされ、三人は渋々作業に取りかかった。
トラックの荷台に苦労して鼠の亜人を引き上げる。いくら賞金首とは言え、遺体と一緒に運ばれるのはあまり気分が良いものではない。
ヒカリはふと鼠の亜人の頭部に見慣れない物を見つけた。それは黒い箱だった。
「……なんだろう、これ」
手を伸ばして箱に触れると、黒い煤が取れて銀色に輝いた。箱から短い針が伸び、鼠の頭部に突き刺さっている。
どことなく薄気味悪さを覚えて、ヒカリは手を引っ込めた。
三人とリン、そして鼠の亜人の亡骸を乗せたトラックは、砂煙を上げて農場を後にした。
✽✽✽
陽が傾き始めていた。
キララがふと思い出したように運転席のライジュを振り返った。
「そういえば、賞金首は役場に連れて行くものなんですな?」
「おうよ」
風に負けじとライジュが声を張る。
「カネの絡む話だからどっかで取りまとめとく必要があるんだと。他所の街だと酒場に貼ってあったりするらしいが、逆に犯罪に使われたりするからな」
なるほど、と三人は納得する。
例え無実の一般人でも、賞金がかけられてしまえば犯罪者扱いだ。無法者が逆に誰かを陥れる事もできる。
カルセドでは恐らく、そうした事態を避ける為に役場が介入しているのだろう。
やがてライジュの運転するトラックは、カルセドの市街地で停車した。
目の前に見える一際大きな建物がカルセドの市役所のようだ。
入り口付近には掲示板が建てられていて、そこからはみ出さんばかりに紙が貼られていた。
「よし、お前ら。役場の奴らに賞金首を捕まえたって言ってこい。オレは離れて見てるからな」
逃げるなよ、と念を押すライジュに思わずヒカリが聞き返した。
「え?ライジュさん、来ないんですか?」
「あー……いや、行きてぇのは山々だが、ほら、こういう仕事をしてると色々あんだよ……」
ゴニョゴニョと口を濁す。三人は顔を見合わせ、はぁ、とため息をついた。
どうやら自分たちで手続きをしなければいけないらしい。
「わかりました。じゃあ待っててください」
カルセドの役場は、低いコンクリート製のビルを改装して作られていた。旧世界の遺物らしく、堂々とした風格を漂わせている。
中に入ると、受付に座っていた青年が三人に声をかけた。
「こんにちは。どのようなご用件ですか」
役場の職員は愛想の良い笑顔を向ける。三人はおどおどと口を開いた。
「ええと……その、賞金首を捕まえてきました」
「……え?すいません、何をですか?」
何を言っているのかわからないといった顔だ。青年は笑顔のまま首を傾げる。
ヒカリは説明を諦めて、外を指差した。
「だから、あの、とにかくこっちに来てください」
半信半疑で外へ出た職員は、トラックの後ろへ回り込む。
そして悲鳴に近い叫び声を上げた。
「ひいぃ!?か、係長!係長ー!」
あっという間に役場前は大騒ぎとなった。
他の職員が次々と現れ、鼠亜人の死体を見て驚きの声を上げる。アカガネ達はよくわからなかったが、どうやら高い役職の人もやってきたようだ。数人の職員が集まり話し合ったかと思うと、一人がこちらへ歩み寄ってきた。
「あの鼠の亜人を倒した人は誰だい?実はね、彼はダスターと言って、この辺りを荒らし回っていた有名な賞金首の片割れなんだ」
片割れ?とアカガネは内心首を傾げる。まるでもう一人いるような口ぶりだ。
アカガネの怪訝そうな顔に気がつかないまま、職員は続けた。
「もしかしたら仲間同士で争った末にやられてしまったのかもしれないけどね。でもそれだと賞金が……」
「いや、倒したんですな」
キララがぼそりと言う。職員は顔を引きつらせた。
「え?いや、でも、ダスターを?君たちだけで?」
アカガネが道の反対側に視線を送ると、建物の影に隠れていたライジュと目があった。途端、こっちを向くなと顎で指示される。出てくる気は無いらしい。
仕方なく、職員に事の経緯を説明した。もちろん借金の取り立てに行ったという理由を誤魔化さなくてはならない。
どう言えばいいか悩んでいたアカガネの隣で、ヒカリがさらりと言った。
「私達、農場を見たことがないんです。それでカルセドには農場があると知って、見学に行ったんです」
「見学?」
「はい。土がどんなものか見てみたくて。でも、あんな事になっていたなんて……」
取ってつけたような理由だが、職員は淀み無く答えるヒカリを疑う素振りを見せなかった。
その後もどう倒したのかと質問が飛び、誤魔化しながらもなんとか答えることができた。
一通り話を聞き終わった役場の職員達は、なにやらひそひそと話し合った。
そして代表らしき男が、三人の前に進み出た。
「どうやら、偶然賞金首の亡骸を見つけた訳では無さそうだな。君達は協力してこのダスターを倒した……という事で、賞金を渡そう」
別の職員が分厚い札束を持ってきてアカガネに手渡す。
そのずっしりとした重さに、アカガネは思わず驚きの声を上げた。
「ええっ!?こんなに!?」
「おや、もしかして賞金額を知らなかったのか?ダスターとマーヴィンは二人合わせて200万リケル。一人なら100万リケルだ」
「ひゃ……!?」
聞いたことも見たこともない金額に思わず固まる。
男は苦笑いしながら、三人にお尋ね者の人相書きを見せた。
『ダスター&マーヴィン。一人100万リケル。合計200万リケル。詳しくはカルセド役場窓口まで』
「ほら、確かに書いてあるだろう?こんな大物を倒したなんて、君達はよほど腕がいいんだな。将来ハンターになるなら是非声をかけてくれよ」
じゃあ確かに渡したからと、未だに固まっている三人を置いて、男は役場に帰っていく。
アカガネが我に返った時には、トラックの荷台からダスターの姿も消えていた。どうやら役場の職員達がどこかに持って行ったらしい。
呆然と立ち尽くしていた三人の前に、ライジュが戻ってきた。
「よしよし、首尾よくいったな」
そう言って手の平を見せてくる。その金を寄越せと言っているのだろう。
一方、アカガネは動かなかった。キララもヒカリもジト目でライジュを見つめる。
沈黙に負けたライジュが喚いた。
「全部取る訳じゃねぇよ!半分はお前らにやるって」
「半分は自分の物ってことなんですな」
ライジュが呻く。
「当たり前だ。オレが見つけた賞金首だろうが。このトラックを借りてきたのもオレだっての」
「わかったよ……」
これ以上何を言っても無駄だと悟ったアカガネが、札束の半分をライジュに渡した。
そして残りの半分を迷う事なくヒカリに手渡した。
「…………え?」
札束の重みにヒカリが硬直する。
「アカガネ君、せめて三等分しないと……」
「俺はいらないよ。キララもいらないと思う」
そんな勝手に、とヒカリは困惑するが、当のキララもあっさり手を振った。
「そうそう。いらないんですな。小生、お金より機械とかそっちのほうが好きなんですぞ」
「それはそうかもしれないけど……でも、本当にいいの?」
困惑するヒカリに、アカガネもキララも迷い無く頷いた。
そもそも熱砂の民にお金はそれほど必要ではない。他の民に売れる程の技術力を持っている。必要な分だけあればいい、というのが熱砂の民達の共通認識だ。
それに、持っていればジンから大金の出処について追求を受ける羽目になるだろう。二人にとって、大金を持つほうがよっぽど煩わしいのだ。
「うん。それにほら、ファルト博士の借金が50万リケルじゃなかったっけ。このお金があれば帳消しにできるんじゃないかな」
アカガネの提案にヒカリは目を瞬かせ、手にした札束の半分に視線を落とした。涙を堪えている様だ。
「本当にありがとう……私、二人に何も返せないよ……」
震える声のヒカリに、アカガネもキララも焦りを隠せない。
「い、いやいや、小生達は本当にいらないんですな!?見返りとかそういうの、全然考えてないんですぞ!ですな?アカガネ殿」
「そ、そうそう!熱砂の民は人助けしなきゃだめって掟があるから!」
気にしないでいいと口々に言い合う。
ライジュが痺れを切らしたように舌打ちした。
「何でもいいからとっとと帰るぞ。歩いて帰りたいなら止めねぇが」
三人は慌ててトラックの荷台に乗り込んだ。既に乗っていたリンが、待ちくたびれたように欠伸をした。




