SEQ2――無味な仕事――4/5
辺りを見回すと、サングラスを掛けた金髪の男が近付いてきていた。
しかし、俺と目が合った途端に駅の方へ進路を変えた。
(監視役……どこかで聞いたような役割だ)
苦笑いして、通話に意識を戻す。
「俺が追う。お前も来てくれ」
『あいよ』
石間との電話を切り、携帯をしまう。
「待って、ケイくん」
「ちょっくら追いかけてくるだけだ。ソイツを頼んだ」
金髪グラサン野郎は、小走りで駅へ向かっている。少し距離が空いてしまったな。
「――っ」
「待てッ」
俺に気付いた金髪が走り出した。足が速いな。
方向は駅の改札。電車に乗られると厄介だ。
「石間! 駅に先回りしろ!」
「おう!」
合流しかけていた石間に指示を出すが、
「花村君! 石間君!」
石間よりも先に、糸岡が上野駅の改札前に立っていた。
お婆さんを追って駅まで行った糸岡は、駅前で待機していたようだ。
「ここは通さないよ」
両腕を広げた糸岡を見て、改札に入るのを諦めたらしい金髪が右に曲がる。
金髪はガードレールに足を引っかけつつ、ロータリーへ出た。
「糸岡! そこを抑えておけ!」
糸岡を改札口で待ち構えさせておき、俺と石間もガードレールに近付く。
「橋の方か?」
「そうっぽいな」
ガードレールは飛び越えずに、歩道を走る。
その先には、パンダ橋という上野駅の上に架かる陸橋がある。
しかし、さっきから違和感があるんだよな……なんだ?
「線路に降りられたりしたら、大迷惑だぜ」
「まったくだ」
金髪がガードレールや植え込みを踏み越えて、車道から歩道へ戻る。
そのまま階段を駆け上がって橋の上に出た金髪は、転落防止の背の高いフェンスをよじ登り始めていた。
「おい!」
石間が呼びかけると、金髪は驚いて手を滑らせた。
その隙にと、石間と一緒に駆け寄る。
「ナメんじゃねぇ!」
立ち上がった金髪が、上着のポケットからスタンガンを取り出した。
「知ってるか? 特武は、正当防衛の範囲が拡張されるんだ。警告すりゃ、武器を構えてるヤツを撃つのは適法の範囲内なんだよ」
銃でも見せてビビらせようかと考え、ブレザーの内側に手を突っ込むが……
(ない……っ)
ショルダーホルスターに、拳銃が収まっていない。鈴音に没収されたままだからだ。
違和感はこれか………
「どうした? 景介」
「……石間、銃を出せ」
「は? お前がやりゃいいだろ」
「いいから、やれ」
俺が凄むと、渋々《しぶしぶ》といったカンジで石間が拳銃――タウラス・M85。比較的安価な小型リボルバー――を抜いた。
「そんなモノ捨てろって。な?」
石間がぷらんぷらんとM85を揺らしながら、薄ら笑いを浮かべて言う。
「う、撃てるもんなら、撃ってみろ!」
金髪がスタンガンを構えて、石間へ向かっていった。
「うおっ、あぶね」
「石間、あんまり音は鳴らすなよ。近くに通行人がいる」
「分かってる……よッ」
石間が高身長を活かして、銃を持たない左手でチョップを放った。
「いっ……」
肩口を打たれた金髪は、派手に素っ転んだ。
「あぁッ」
すかさず金髪の右手を踏みつけて、スタンガンを手放させる。
「さて、と……軽犯罪法違反と暴行罪で現行犯逮捕だ。石間、時間」
「午後5時34分」
手錠を掛けた金髪を連れて上野駅の前に戻ると、鈴音と糸岡が手を振ってきた。
「見て見て、ケイくん。3百万も入ってるよー」
「ダミーの札束が足りる範囲で助かるや」
鈴音たちの近くには、お婆さんと井上もいた。
「コイツに見覚えあるか?」
サングラスを剥ぎ取った金髪の顔を、井上に見せる。
「……脅してきたヤツらの1人です」
「だってよ」
「どう言い訳するのかな?」
石間と糸岡がイイ笑顔で金髪に詰め寄ったので、2人に拘束を任せる。
「鈴音、金をお婆さんに」
「アイアイサー」
可愛らしく敬礼した鈴音が、茶色の紙袋をお婆さんに渡した。
「もう怪しい電話を信じちゃダメですよ」
頷いたお婆さんは、手を振りつつ、
「ありがとうね〜」
と、イマイチ深刻に感じてない様子で券売機の方へ歩いていった。
「ご協力ありがとうございます。君のおかげで、詐欺の被害を抑えられました」
上目遣いで微笑んだ鈴音にそう言われた井上が、顔を赤くした。
相変わらず、上手いよな。こういうの。
「こっちも済んだぜ」
「お金は無事に届くって連絡させたから、僕たちも神楽町に行こう」
金髪グラサン野郎を交番に預けた俺たちは、井上のSNSの遣り取りにあった神楽坂へやってきた。
神楽坂は治安の悪くない地区だが、入り組んだ細い道が多い。そういう場所で複数人に囲まれたりしたら、恐怖を覚えるのは当たり前。
井上が怖がっていたのも仕方ないが……そもそも、怪しい誘いには乗らないのが一番だ。
(俺も人のこと言えないか。危ないヤツらの巣に潜り込んでるし)
と、それは置いておいて……
「じゃあ、糸岡。頼んだぜ」
「任せて」
糸岡が紙袋を持って、公園の屋根付きベンチに座りに行く。詐欺グループは、あのベンチの下に金を置くように指示してきていた。
アイツは今、ブレザーの代わりに紺色の上着を羽織っている。それは、詐欺グループに遠目から怪しまれないため。
つまり、糸岡が囮役って事だ。
「来るといいが」
俺たちは公園周辺からは見えない位置で待機し、糸岡からの無線インカムを待っていた。
前回は急場凌ぎに携帯回線を使って盗聴されたから、反省を活かして無線にしたのだ。
まあ、日本の携帯回線は堅牢な方だから、盗聴できた巫覡隊がイレギュラーなだけだと思うけど。
少なくとも、詐欺グループ程度に突破されるシロモノじゃないが……念には念を入れておいた。
『公園の近くに人影。数は3人』
糸岡から無線が入った。
「うっしゃ、行くか」
石間を先頭にして、公園へと歩を進めようとしたら……
「――ケイくん」
突然抱きついてきた鈴音に、頬へキスをされた。
「ホントは、さっきシたかった」
やってくれるぜ。鈴音は。
今の間に、ホルスターへ拳銃を入れやがった。
「……どうした? お前ら」
俺と鈴音がついてこない事を不審に感じたらしい石間が、こちらへ振り返る。鈴音は既に俺から離れていた。
「何でもない。すぐに行く」
鈴音と並んで歩き始める。
『公園に入ってきたよ。全員、男だ』
「こっちも着くぜ」
足音を立てないように、公園に踏み入る。
糸岡の報告通り、ベンチの周りに3人の男が立っていた。手には何も持ってないが、武器を隠し持っている気配がある。
「誰だ? テメェ」
「代理だよ。ほら、これが欲しいんだよね」
糸岡は紙袋からダミーの札束を1つ取り出すと、ベンチを囲む男たちの1人に向けて放り投げた。
「何しやが――」
顔面に札束を当てられた男が、拳を振りかぶる。だが、即座に糸岡の飛び膝蹴りで沈められた。
「テメェ!」
糸岡に摑みかかろうとした男を、石間が羽交い締めにして投げ飛ばした。
「調子乗るんじゃねェぞ!」
残った男が、ポケットからS&W・M432を取り出した。
「動くな! お前ら、動くんじゃねェ! 撃つぞ!」
興奮状態の男はM432の銃口を右往左往させて、照準を定められていない。
完全な素人だが、石間と糸岡は他の2人を取り押さえていて動けない。
俺がやるしかないか……
「そいつらを放せ! 早くしろ!」
男が石間と糸岡に向いた隙を突いて、背後から近寄る。
「銃を捨てろ」
ストームを男の後頭部に突きつけて、脅す。
「もう一度言う。銃を捨てろ。もしかして、撃たれないと思ってるのか?」
分かりやすいように、音を立てて撃鉄を起こす。
「化けて出るなよ?」
重ねて脅すと、観念したのか男はM432を足下に捨てた。
「みんなー、お疲れー」
「しかし、銃を持ってるとは思わなかったね」
「ただの闇バイトじゃねェな。裏にヤクザでもついてるカンジだ」
「尋問は警察がやるだろ。鈴音、警察は……」
「そう言われると思って、もう呼んでおいたよ」
鈴音のウィンクにちょっと癒されつつ、雨のニオイにつられて空を見た。
降るかもしれないな。




