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月光眼のライラ  作者: 青梅薄荷
雨音に鈴を濡らして
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SEQ2――無味な仕事――5/5

 学校経由で受けた依頼についての報告はメールでも行えるのだが、学校が開いている時間内なら直接報告書を出すのが推奨されている。

 エリザベッタたちとも合流しないといけなので、俺と鈴音は学校に戻り、報告書を提出しに職員室に向かった。

 そして、職員室の手前に差しかかった所で、廊下に設置された椅子に座る長い黒髪の女子生徒が振り返った。


「あ! やっと来た! けーちゃーん!」


 なんと、陽子(・・)だった。

 椅子から立ち上がった陽子が、小走りでやってくる。


「陽子……なんで第二学舎に?」


「京都に行く前に、けーちゃんに会っておきたくて……なのに、電話は繋がらないし、SMSも返してくれないし……で、でもいいの! こうやって会えたから……」


 喜びに満ちた顔で俺の手を握る陽子だが、次の瞬間には殺気の(こも)った目つきで鈴音を見た。

 この目つき……()の時と同じ……


「初めましてかなー? ケイくんの幼なじみちゃんだよね?」


「……あなたは?」


「河堀鈴音でーす。よろしくねー」


「河堀さんだね。わたしは、稲田陽子」


「鈴音って呼んでほしいなー。陽子ちゃん」


 にっこり微笑み合っているが、2人とも目が笑ってない気がする。


「けーちゃん、これからお買い物しよ。けーちゃんが食べたいもの作ってあげるから」


「ごめんねー、陽子ちゃん。ケイくんは私と一緒に帰って、私と一緒にご飯を食べるんだー」


 なんだか、陽子と鈴音の間に火花が散っている幻覚が見えるぞ……

 いや、幻覚じゃない。陽子の周りに小さな火花――スパークが飛んでいる。陽子の雷魔法だ。


「どうしてあなたが、けーちゃんと一緒に帰るの?」


「教えてあげてもいいけど、聞かない方が陽子ちゃんのためだよー」


 スチャ……と、陽子が伸縮式警棒を取り出す。

 対する鈴音の手には、苦無(クナイ)が握られていた。


「けーちゃんから離れて」


「イヤかなー」


「……じゃあ、痺れさせちゃうかも」


 陽子の眼が(あか)く染まる。呼応するかの如く、鈴音の眼の色も濃い赤紫色(ピアニー)に変わっている。

 マズい……このままだと、職員室の前で獣人(ライカン)化した2人が暴れる事になるぞ。

 キツネ対コウモリの童話にでもなりそうな対戦(マッチアップ)だが、雷で校舎が火事にでもなったら大事だ。


「やめろ、お前ら!」


 警棒と苦無をそれぞれ握っている、2人の手首を掴む。

 そのタイミングで――


「いったい何の騒ぎですか!」


 ――突然、職員室のドアが開いて、熊田先生が出てきた。


「……花村さん? 両手に花とは、いいご身分ですこと」


「あ、先生……これは……」


 熊田先生は品のよい笑みを浮かべてはいるが、その体からは凄まじいプレッシャーが放たれている。

 気圧されるようにして、陽子と鈴音から手を放す。2人も素早く武器を隠した。


「例の件の報告書を提出しに来たのでしょう? 早くお出しなさい」


「はい、ただちに……」


 この先生、こんな見た目で優れた狙撃手(スナイパー)だったってウワサだからな。2㎞超の長距離射撃ができるやら、高速で移動する車の中の標的を狙撃したやら……目を付けられたくない。


「ほら、鈴音。報告書を持ってるのはお前だろ」


「はいはーい。熊ちゃん先生(・・・・・・)、中で話しましょー」


 『熊ちゃん先生』というのは、熊田先生のアダ名。主に女子の間で使われていて、熊田先生も満更じゃない様子だ。

 今も、少し表情を崩した。


「ええ、行きましょう」


 鈴音たちが職員室の中に入ったのを確認してから、陽子の耳に口を寄せた。


「ひゃっ……なぁに……? けーちゃん……」


 ふわり、とサクランボのようなニオイが香って落ち着かないが、こうでもしないと鈴音の地獄耳(・・・)に聞かれるかもしれない。


「ちょっと、厄介な事件に巻き込まれててな。鈴音は容疑者で、今はアイツの家を調べてるんだ」


「だから、一緒に帰るの?」


「まあ、そういう事だ」


 陽子は、納得したような、そうでもないような顔になった。


「とにかく、メシは京都から帰ってきた時にご馳走(ちそう)になるよ」


「う、うん。お土産たくさん持って帰るね」


「楽しみにしてる」


 身を離そうとすると、急に陽子が抱きついてきた。豊満なバストが、ブレザー越しでも存在を主張してくる。

 鈴音やエリザベッタだって決して胸は小さくないが、陽子のそれはさらに大きい。


「しばらく会えないから、じゅ、充電させて……」


「充電って……何を?」


 陽子がハグをしようとするのは珍しくないが、『充電』という言葉を伴った事はなかった。

 いや、まあ、幼なじみというだけで、ハグするのも距離感がおかしとは思うんだけど……


「けーちゃんを」


「俺……?」


 慣れた様子で陽子が脚を絡めてくるが、対照的に表情は固まっていて恥ずかしそうに俯いている。

 みるみるうちに顔が真っ赤に紅潮していき、髪を頬に張りつかせるほど汗をかき始めた。

 狐の入れ知恵だな。こうすれば、俺が喜ぶとでも吹き込みやがったんだ。


(……嬉しくないかと訊かれると、否定はできないが)


 とはいえ、学校に相応しくないような不健全な絵面だから、誰かに見られる前に終わらせないと。


「んん……」


 陽子から離れようと身じろぎすると、こそばゆかったのか陽子が(なま)めかしい声を出した。


(ヘタに動けん……)


 しかし、鈴音に見られると、今度こそバトルが勃発(ぼっぱつ)しちまう。


「お、終わり!」


 俺の心配をよそに、恥ずかしさに耐えきれなかったのか、陽子の方から先に離れてくれた。


「こ、こ、これで淋しくなくなったよ。あ、ありがとうございます……」


 尻すぼみに声を小さくして、陽子は何度もペコペコと頭を下げる。


「え、えっとね、けーちゃんがイヤじゃなかったら、これからも……ううん、な、何でもない! またね、けーちゃん」


「ああ、またな……」


 逃げるように立ち去る陽子を眺めながら、無意識に陽子の体温や柔らかさを思い出していると、鈴音が職員室から出てきた。

 鈴音が、怪訝(けげん)そうに俺と陽子を交互に見る。

 ……少し危なかったな。いろいろと。





 その後、エリザベッタたちと合流した俺は、フィオナの運転でヒュアデスのアジトへ帰ってきた。

 夕食も入浴も終え、今は寝るところなのだが……


はしっこに寄らないでよー。ケイくん」


 同じベッドに寝る鈴音が、そろっ、と手を伸ばしてくる。


「昨日も一昨日おとといも一緒に寝たのに、なんで恥ずかしがるの?」


このんで寝てるワケじゃないからだ。お前が言ったんだぞ。一緒に寝たら、借金を減らすって。というか、恥ずかしがってねーから」


「ウソ」


 鈴音の声が、耳のすぐそばで聞こえた。


「あっ、ビクッてしたー」


「……」


「そっぽ向かないで、ケイくん。そんな事してもカワイイだーけ」


「バカ言うな。俺のどこがカワイイんだよ」


「子供っぽいところ。コーヒーだって飲めないもんね?」


 いつもより大人っぽく、鈴音がささやく。妖艶ようえんな雰囲気に呑まれそうだ。


「……誰にでも好き嫌いはある」


「私の事は? スキ? それともキライ?」


 鈴音の手が、頬に添えられる。しっとりと湿しめはらんだ手だ。


「キライなんて……絶対に言わないよね? ケイくんに拒絶されたら、どうなっちゃうか分かんない……ッ」


 頬に添えられていた手が、首へと移った。


「このまま殺したら、私だけのモノになってくれるよね?」


「……俺が素直に殺されると思うか? 昔から、諦めは悪い方なんだ」


 鈴音の手首を掴む。


「知ってるよー」


 そう言う鈴音は、いつもの表情に戻っていた。

 明るく、元気で、可愛らしい……どこにでもいそうな少女の顔に……

 先ほどまでの雰囲気とのギャップに、思わず声がれそうになる。


「もう寝よっか」


 手を引っ込めた鈴音が、ほんの少し離れた所で丸くなった。

 腕と腕が当たりそうで当たらない、そんな距離感が逆にドキドキさせてくる。


「さっきの答えだけどな……」


「え?」


「キライじゃないよ。鈴音のこと」


 沈黙がムズがゆくて、喋らずにはいられなかった。


「じゃあ、好き?」


「さあな。人を好きになるとか、俺には分からない」


「えー⁉︎ ハッキリしてよー」


 鈴音の口調は俺を責め立てるものではなく、「仕方ないなー」という妥協だきょうのニュアンスを帯びていた。


(手汗……)


 頬に触れた鈴音の手のひらは、確かに汗がにじんでいた。


(何か、引っかかる)


 もし……もしもそれが、彼女の緊張の現れだとしたら?


「……」


 鈴音の横顔を見る。

 静かに目を閉じている鈴音は、寝ているのか、それとも寝たフリをしているのか。

 俺には見分けが付かなかった。


(鈴音――)


 お前は一体、何を企んでいるんだ?


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