SEQ2――無味な仕事――3/5
5限が終わって、放課後。
俺たちが通う第二学舎では、6・7限の時間は授業がないので比較的自由に動ける。
いつもなら、兵器や戦術の講義を受けたり、射撃や格闘技の自主練をするのだが……今は鈴音たちと行動を共にしなきゃならないので、俺ひとりでは決められない。
なので、
「鈴音、この後はどうするんだ?」
と、お伺い立ててみたところ、
「ふっふっふ……ジャジャーン!」
効果音を口にしながら、鈴音が机から紙束を取り出した。
「エリーたちは講義があるから、その間ヒマだと思って……仕事を取っておいたんだー」
研宮学園では、生徒が学校経由で依頼を受けられるようになっている。
民間からのもあるが、基本的に警察などの公的機関からの依頼が多い。鈴音が持っている紙の資料にも、警視庁からの依頼と書いてある。
「……受け子の保護って書いてあるけど、逮捕じゃないのか?」
受け子とは、詐欺に於いて金を受け取る役の事だ。保護じゃなくて、捕まえるのが普通だ。
「なかなか面白そうだろ?」
「依頼者のとこを見てみなよ」
石間と糸岡も集まってきた。どうやら、一緒にこの依頼を受けるらしい。
「これって、公立の高校だよな?」
「受け子が、そこの生徒らしいよ。名前と顔までは分からないけど」
「つまりだ、犯罪者になる前に止めろって事なんだよ。その依頼は」
「そゆことー」
4人で顔を突き合わせて話す。
懐かしいな。1年の頃は、こうして仕事について相談したものだ。
「何かあるの?」
俺たちの会話が気になったのか、ライラが近付いてきた。
「ごめん、ライラちゃん。この仕事、4人までなの。それ以上だと、報酬が払えないんだー」
しかし、鈴音が口調だけは穏やかにライラを拒絶した。
まるで、「この輪に入ってくるな」と言わんばかりである。
「あら、そうなのね」
コイントス勝負の件があるからか、ライラも強くは出られないようだ。ヘタな作り笑いを浮かべて、すぐに離れていった。
「いいのか? ライラにも協力してもらわなくて」
石間が尋ねる。
「なんでー? あの子がいなくても、私だけで十分でしょ?」
少し低い声で、鈴音が返した。
「お、おう……そうだな」
気圧された様子で、石間が後ずさった。
分かるぞ。怖いよな。女子のいつもより低い声って。
「時間も迫ってるし、そろそろ行こーよー」
そんなこんなでやってきたのは、上野駅。
詐欺には『上京型』と呼ばれる、大都市の駅を金の受け取り場所に指定するやり方がある。今回は、ここが指定されたのだ。
上の駅周辺は、国立の博物館や美術館、公園や動物園などがあり、都内の観光スポットの1つだ。
ただ、建造物の多さゆえに死角も多い。油断ならない場所だ。
「急ごう。資料には6頃と書いてあったけど、早まっているかもしれない」
ブレザーの代わりに、薄手の紺色の上着を羽織った糸岡が言う。
受け子役が高校生という事もあり、金の遣り取りを行えるのが夕方に限られるのだろう。
「確か、コインロッカーに金を入れさせるんだったな」
「ロッカーはあっちだぜ」
駅から公園に入ってすぐの所に、コインロッカーがある。
そこまで駆け足で行くと、茶色い紙袋を持ったお婆さんが、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていた。
アイコンタクトを取り、糸岡をコインロッカーの横のトイレへ行かせる。
石間にはそのまま直進してもらい、俺と鈴音は看板の地図を読むフリを始めた。
「ほら、ケイくん。もっとくっついてー」
鈴音が体いっぱいを使って、俺の右腕を抱えた。
「仕事に集中しろ」
「違うよー。こんなに距離があったら、不自然でしょ? カップルみたいにしなきゃ」
むに、ふに、と当たる鈴音の胸やお腹から意識を逃すため、目の前の看板に目を向ける。
(……ん?)
看板を見て気付いた。コインロッカーからほとんど離れてない所に、交番がある。
交番の近くを詐欺の現場にするとは……度胸があるのか、バカなのか。
「あのお婆さん、やっぱりロッカーを使うみたいだよ」
「でも、すぐ金を取りに来るかは微妙だな」
小声で話しながら、地図上の交番を指差す。
「灯台下暗し。多分、犯人は『交番から見える所で、金の受け取りなんてするワケない』と思わせたいんだ。ロッカーを使うのも、目眩ましのつもりだろうさ」
「じゃあ、時間が経ってから取りに来るかもねー」
「気長に待つしかないな」
いつまでも地図の前にいるのも不自然なので、お婆さんがコインロッカーに紙袋を入れたのを確認してから、鈴音と連れ立って歩き出す。
「お婆さん、ロッカーから離れたね」
トイレから出てきた糸岡が、お婆さんの後を尾け始める。よし、あっちは任せよう。
「近付く人影もないか」
「待って、ケイくん。いま擦れ違った青いシャツの人、さっきはこの道を反対に進んでた」
鈴音が横目で見た先には、青いシャツを着た若い男が歩いていた。
歳は俺たちと同じぐらい……高校生だ。うーん、不良っぽくはないけどなぁ。
「よく気付いたな」
「だってー、交番とロッカーを交互に見てたもん。それにー、すごく汗をかいてる。走ってもないのにねー。どうする? ケイくん」
「怪しまれないよう、見張るぞ。あの様子じゃ……待ちきれない」
カフェの前にいる石間に、アイコンタクトを送る。
「あっ、ロッカーの前に立ったよ。もう確定だねー」
「お婆さんが入れたのは、一番右の下から3つ目だったっけ?」
「開けたね」
「取り出した」
鈴音と揃って、その男子へ駆け寄る。
「すみません。ちょっとお話を」
声を掛けると、男子が腰を抜かした。
「大丈夫?」
鈴音が笑いかけつつ、手を差し伸べる。もう片方の手で特武免許を提示しながら。
「しーっ! 声は出さないでねー」
「黙って金を渡す場所を教えたら、見逃す事になってる。おとなしく従うのが、身のためだぜ」
ぶるぶると震える男子と目線を合わせるため、しゃがみ込む。
鈴音も同じようにしゃがもうとしたので、
「見えるぞ。スカートの中」
と、忠告した。
男子の視線が鈴音の方に移ったな。正直者め。
……気持ちは分かる。
「まずは名前だな」
「……え、えっと」
「早く答えろ。名字だけでいい」
「ひっ……井上です」
「ケイくんってば、威圧感すごいよー。怖がっちゃってる」
「まあ、とりあえず立てよ」
襟首を掴んで、男子――井上を引っ張り起こす。
「携帯」
「え……?」
「出せって。どうせSNSで遣り取りしてんだろ?」
「は、はい……」
井上が携帯を差し出す。
「違う。SNSの画面を見せろって言ってんだよ」
「顔が怖いよ、ケイくん。ほら、リラックス、リラックス。ゆっくり操作していいからねー」
これは、俺たちの定番のやり方だ。
目つきの悪い俺が攻撃的に質問し、反対に鈴音が優しく質問する――『マット&ジェフ』や『共同質問』と呼ばれる昔ながら方法だが、効果は抜群だ。
対象は鈴音に信頼感を覚えて、情報を吐きやすくなる。
「これです……」
「相手の人とは、会った事ある?」
「はい。それで俺、辞めたいって言ったんですけど、リンチにするって言われて……」
ほれ来た。
『マット&ジェフ』の効果は、尋問の対象が進んで協力するようになる事。
『優しく質問してくれる方とは、良い関係を結べるかも』と、期待してしまうからだ。
「これが初めてじゃないんだ?」
「はい。最初は、ただの荷物運びだって思ったんです……っ」
「呼び出された場所は、ここに書いてあるまま?」
涙ぐみつつ、井上が頷く。
詐欺グループが井上を呼び出していたのは、神楽坂にある公園だった。
「次の行き先が決まったな」
「だねー。神楽坂……上野からだと、20分くらいかなー」
「おっと、石間から連絡だ」
井上を鈴音に任せて、石間からの電話に出る。
「どうした?」
『そっちに怪しいヤツが向かってるぜ』




