SEQ2――無味な仕事――2/5
時間は進み、昼休み。
なんとか鈴音の目を掻いくぐった俺は、3年17組の教室に来ていた。
「アルジェントさん、呼んでくれますか?」
扉の近くに立っていた男子生徒に声を掛け、エリザベッタを呼ぶ。
「解けたか。花村」
エリザベッタにモールス信号で伝えられた、『3・1・7』という暗号。その答えは3年17組という、超が付くほど単純なものだったのだ。
「あんたが制服を着てたおかげでな。先輩」
「よせ、エリザベッタでいい」
周りの生徒に聞こえないよう小声で会話していると、逆に奇異の視線を向けられた。
よく考えれば、転校生と親しく話す下級生も不思議な存在だな。
「それでは向かおうか。ジメジメした所に」
そんな流れで辿り着いたのは、校舎裏のベンチだった。
5月になったせいか、空気は以前より湿り気を帯びていた。相変わらず工事の音も聞こえるし、快適な場所とは言えないな。
「にしても驚いたぜ。年上だったとは」
「1歳しか違わないのだ。気にするな」
足を組むエリザベッタと並んで、ベンチに座る。
なんだか緊張するなぁ。白ブドウのようないいニオイもするし。年上の女子というのも効いていそうだ。
「いつ鈴音に見つかるかも分からない。手短に話そう」
ガサ……
言っているそばから、コンクリートと靴底の擦れる音がした。
「やっぱり、ここにいたのね」
「妖精――いや、ライラ」
エリザベッタがその名を呼ぶ。
「その話、あたしも聞く必要があるんじゃない?」
ベンチの前まで近付いたライラが、腰に手を当てて俺たちを見下ろす。
「というより、あたしを仲間外れにしないでよね」
まずエリザベッタとコンタクトを取ったのは、メアリーさんの事をライラに伝えていいか迷っているからだ。
だが、こうなったら打ち明ける他ないだろう。
「……落ち着いて聞けよ、ライラ」
「なによ、改まって」
「俺たちが追おうとしてる人は、メアリーさんを捜してる」
ライラの目が、驚きで見開かれる。
「……誰なの? その人って」
「花村と親しかった女だ。今年の2月から行方知れずになっている」
「……そんな事、一度も話してくれなかったわね」
「別に隠すつもりじゃなかった」
「なら、なんで話さなかったの?」
「揉めるなら後でやってほしい。今はどうやって美冬を捜索するかだ」
エリザベッタが足を組み替える。スカートの裾が僅かにめくれて、黒いタイツに包まれた形のいい太ももがチラ見えする。
「ライラのために今一度言っておくが、美冬はいま長崎にいる。しかし、長崎を離れるまであまり時間はないだろう。ゆえに、次の行動を待つ。そして、美冬が動いた時に我々も動けるようにする」
「……鈴音にはナイショなんでしょ? そこは大丈夫なの?」
拳銃とナイフ、それから携帯。少なくとも、この3つは取り返さないといけない。
加えて、俺たちの動きに気付かれた場合は、直接的な妨害も考えられる。
「美冬の新しい情報が入るまで、おとなしく過ごすぐらいだな」
「鈴音を油断させた上で、隙を見て動くワケね。具体性がなくて心配だけど、他に方法もないわね」
話し合いに区切りが付いたところで、ちょうど予鈴が鳴った。
「時間か。教室に戻るとしよう」
そう言ったエリザベッタは、プラチナブロンドの三つ編みを揺らしながら去っていった。
「ねえ、ケイスケ……もしかして、美冬って……」
エリザベッタの後ろ姿が見えなくなってから、ライラが口を開いた。
「あんたの恋人?」
俺はライラに向き直って、あんぐりと口を開けてしまう。
「その反応、やっぱり……」
「ご、誤解するな。美冬さんは、俺のカノジョなんかじゃない」
「……ホント?」
俺は何度も頷く。
美冬さんはきっと、俺なんかを恋愛対象としては見てなかっただろう。
あくまでも、友人の弟とか、仲のいい後輩とか、そんなところだ。
「とにかく、美冬さんはDの敵だ。敵の敵は味方だから……会えれば、仲間になってくれるかもだ」
「でも、Dを裏切ったハズのエリザベッタと敵対しそうなんでしょ?」
答えに窮してしまう。
エリザベッタの話からは、そうだとも考えられる。
それでも……考えたくはない。美冬さんと戦うなんて。
「もし美冬と敵対したら、あたしは戦うわよ。やっと見つかったメアリーの手がかりだもの。逃がさない」
ライラの目からは、闘志が見て取れる。
美冬さんが、敵として目の前に現れた時、俺は戦えるだろうか? 引き金に指を掛けられるだろうか?
(ムリだ。俺には、できない……)
汗が吹き出て、平衡感覚を失った。足元がグラついて、倒れそうになる。
「ちょっと! ケイスケ!」
膝に手をついて、顔を伏せた。
ポタポタ……と、汗がコンクリートに落ちてシミを作る。
「こっちを見て」
両手で顔を包まれて、強制的にライラと目を合わせられる。
琥珀の瞳に覗き込まれ、息が止まりそうになった。
でもそのおかげで、むしろ冷静になれた。
「……悪いな、ライラ。みっともないとこを見せちまって」
「見慣れてきちゃったわよ。あんたのカッコ悪いとこなんて」
ライラと軽口を叩く。よし、調子が戻っている。
「なあ、ライラ。俺が裏切ったら、どうする?」
「決まってるじゃない。ひっぱたいて、表切らせるわよ」
「フッ……何だそれ」
ライラの言い回しがおかしくて、吹き出してしまう。
「ありがとな、ライラ。そう言ってくれて」
「どういたしまして。それに、気を付けるべきはトリケラ――エリザベッタよ。アイツが、まだDと繋がってるって考えた方がいいわ」
「そうだな。美冬さんの情報も、Dを経由して得たとすればおかしくない」
エリザベッタへの警戒心は解かずに、美冬さんを追う。それが当面の方針だな。
……障壁として、鈴音がいるが。
「私たちも、そろそろ戻りましょ」
ライラが俺の手を握る。
多分、俺を心配しての行動だと思うが、いきなり握られるとドキッとしてしまう。
(ん……?)
ライラの奥、校舎へ続く道の脇に生い茂る雑草の中で、何かが光を反射した。
その光の反射は、道の角へと動いたようにも見えた。
「ケイスケ?」
ライラから手を放し、光の正体を突き止めるために歩き出す。
俺の視線の先を見て、ライラも謎の光に気付いたらしい。
「これは……」
俺とライラが雑草の中を覗き込むと、黒い長方形の機械があった。
大きさは手のひらサイズ。爆発物の類いじゃなさそうだ。おそらく――
「ボイスレコーダー?」
「そうみたいね」
俺も最近使ったばかりだから、すぐに分かった。
「どうしてこんな所に?」
「決まってるでしょ。あたしたちの会話を録音してたのよ」
「まさか。俺たちがここで会話するなんて、誰が知ってたんだよ」
「鈴音じゃないの?」
「アイツだったら、自分の耳で拾うだろ。こんなモノを使わなくてもさ」
そんな会話をしながら、ハンカチを取り出してボイレコを回収する。拾い上げる前に、電源は切っておいた。
ボイレコが落ちていた地面は濡れており、泥と土の間ぐらいの感触だった。
ただ、湿り方がヘンで、S字カーブを描いていた。ちょうどペットボトルの口から水を撒いたような太さだし、誰かが余った飲み物でも捨てたのか?
「これ、工業コースの方に回しといてくれ」
「イヤよ。泥で汚れてるじゃない」
「しょうがないだろ。俺が持ってたら、鈴音のヤツになんて言われるか分からないし」
眉間にシワを作りつつも、ライラはボイレコを受け取った。
この後、ライラと一緒に教室に帰ったせいで、鈴音と一悶着あった事は言うまでもない。
別々に戻れば良かったぜ。うっかりしてたな……




