↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末異世界の巡礼者  作者: クルミ牛乳
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/18

第9話 希望

 俺は向かいに座る女――セツナを見据えた。


 窓の外には、まるで切り取られた絵画のように、青々とした草原が広がっている。


「……でだ」


 俺は低い声で切り出し、スープを口に運ぶ手を止めた。


「外はどこも瘴気に塗れ、植物の一本すらまともに育たない死の土地だ。だが、ここから見える景色はどうだ。風に揺れる緑が広がっている。……幻覚か、いや本物だな?」


「ふふ、どうかな」


 セツナはスプーンでスープを軽くかき混ぜながら、面白がるように目を細めた。

 警戒を解かない俺の視線も、彼女はまるで気にしていない様子だった。


 俺は話を逸らさせまいと、さらに言葉を重ねた。


「――それだけじゃない」


 俺は静かに言葉を続けた。


「もう一つ、確認したいことがある」


「おや、なにかな?」


 セツナは首をかしげる。その黒く落ち着いた瞳が、じっと俺をとらえていた。


「お前が、討伐依頼を出した『吸血鬼』本人だな?」


 言葉を発した瞬間、室内の空気がわずかに冷えた。


 セツナの手が止まる。だが、動揺の色は微塵もない。彼女はただ、静かにスプーンを皿の縁に置いた。


「……ほう? なんでそう思ったのかな」


 その問いに、俺は部屋の天井から下がる薬草の束と、彼女の目元をちらりと一瞥して返した。


「悪いが食事を準備してもらってる間に部屋を見させてもらった。吊るされたベラドンナに外に咲いてる宵鏡草……。二つを調合すれば『偽瞳の滴』になる。吸血鬼は本来金色の瞳をしているが、人間のまねごとをするために薬で目を黒くするために使う。」


 俺の短い問いに、セツナはわずかに目を丸くし、それから――ふっと、肩の力を抜いたように小さく息をついた。


「……参ったね。そこまで見られてちゃ、隠しようがないか」


 悪びれる様子もなく、彼女はあっさりと肯定した。


 隠す気など最初からなかったかのように、黒い瞳が金色に染まり直りまっすぐ俺を捉える。


「その通りだよ。私は吸血鬼。このエレボスで、もう三百年も生き延びてしまった、しがない化け物だよ」


 あまりにも正直すぎる白状だった。

 気圧されるどころか、その淡々とした声音に、俺はむしろ言葉を失う。


「……自分で自分のことを化け物とはな」


「事実だからね。隠したところで、あなたのその鋭い眼をごまかし通すのは無理そうだしさ」


 セツナはカップを両手で包み込み、まるで天気の話でもするかのように、ぽつりと言った。


「ねぇ、トキ。……私ね、死にたいんだ」


「――は?」


 予想の斜め上をいく言葉に、俺は思わず眉間に皺を寄せる。


「驚くのも無理はないさ。でも、本当のことなのさ。私は長生きしすぎてね。終わらせたくても、自分の力ではどうあがいても死ねない体に生まれついている。ずっと、私を終わらせてくれる存在を探していたんだよ」


 セツナは静かに微笑んだ。その表情には、自嘲の色すらなかった。ただ、底知れない深い疲労と、奇妙な透明感だけがあった。


「あの夜、あなたが変異体に撃ち込んだあの拳……あれは命の循環へ還す力じゃないかい? 君の力に触れた瞬間、私の中で何かが震えたんだ。『この人なら、私の三百年を終わらせてくれるかもしれない』ってね」


 だから、とセツナはまっすぐに俺を見た。


「あの時、あなたに殴られた時、私は心底驚いたし、同時に嬉しかった。……だから、お願いだトキ。私を終わらせてほしいんだ」


 冗談を言っている空気ではない。


 彼女の眼差しには、命への執着ではなく、むしろ「死」への切実な焦がれが満ちていた。


 うそをついているようには、どうしても思えなかった。


 あまりにも淡々と、あまりにも冷静に自分の終わりを願う吸血鬼の姿に、俺はどう返すべきか分からず、言葉に詰まった。


 冷めたスープの湯気が、ふっと空気に溶けて消えていった。 少し変えました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。