第9話 希望
俺は向かいに座る女――セツナを見据えた。
窓の外には、まるで切り取られた絵画のように、青々とした草原が広がっている。
「……でだ」
俺は低い声で切り出し、スープを口に運ぶ手を止めた。
「外はどこも瘴気に塗れ、植物の一本すらまともに育たない死の土地だ。だが、ここから見える景色はどうだ。風に揺れる緑が広がっている。……幻覚か、いや本物だな?」
「ふふ、どうかな」
セツナはスプーンでスープを軽くかき混ぜながら、面白がるように目を細めた。
警戒を解かない俺の視線も、彼女はまるで気にしていない様子だった。
俺は話を逸らさせまいと、さらに言葉を重ねた。
「――それだけじゃない」
俺は静かに言葉を続けた。
「もう一つ、確認したいことがある」
「おや、なにかな?」
セツナは首をかしげる。その黒く落ち着いた瞳が、じっと俺をとらえていた。
「お前が、討伐依頼を出した『吸血鬼』本人だな?」
言葉を発した瞬間、室内の空気がわずかに冷えた。
セツナの手が止まる。だが、動揺の色は微塵もない。彼女はただ、静かにスプーンを皿の縁に置いた。
「……ほう? なんでそう思ったのかな」
その問いに、俺は部屋の天井から下がる薬草の束と、彼女の目元をちらりと一瞥して返した。
「悪いが食事を準備してもらってる間に部屋を見させてもらった。吊るされたベラドンナに外に咲いてる宵鏡草……。二つを調合すれば『偽瞳の滴』になる。吸血鬼は本来金色の瞳をしているが、人間のまねごとをするために薬で目を黒くするために使う。」
俺の短い問いに、セツナはわずかに目を丸くし、それから――ふっと、肩の力を抜いたように小さく息をついた。
「……参ったね。そこまで見られてちゃ、隠しようがないか」
悪びれる様子もなく、彼女はあっさりと肯定した。
隠す気など最初からなかったかのように、黒い瞳が金色に染まり直りまっすぐ俺を捉える。
「その通りだよ。私は吸血鬼。このエレボスで、もう三百年も生き延びてしまった、しがない化け物だよ」
あまりにも正直すぎる白状だった。
気圧されるどころか、その淡々とした声音に、俺はむしろ言葉を失う。
「……自分で自分のことを化け物とはな」
「事実だからね。隠したところで、あなたのその鋭い眼をごまかし通すのは無理そうだしさ」
セツナはカップを両手で包み込み、まるで天気の話でもするかのように、ぽつりと言った。
「ねぇ、トキ。……私ね、死にたいんだ」
「――は?」
予想の斜め上をいく言葉に、俺は思わず眉間に皺を寄せる。
「驚くのも無理はないさ。でも、本当のことなのさ。私は長生きしすぎてね。終わらせたくても、自分の力ではどうあがいても死ねない体に生まれついている。ずっと、私を終わらせてくれる存在を探していたんだよ」
セツナは静かに微笑んだ。その表情には、自嘲の色すらなかった。ただ、底知れない深い疲労と、奇妙な透明感だけがあった。
「あの夜、あなたが変異体に撃ち込んだあの拳……あれは命の循環へ還す力じゃないかい? 君の力に触れた瞬間、私の中で何かが震えたんだ。『この人なら、私の三百年を終わらせてくれるかもしれない』ってね」
だから、とセツナはまっすぐに俺を見た。
「あの時、あなたに殴られた時、私は心底驚いたし、同時に嬉しかった。……だから、お願いだトキ。私を終わらせてほしいんだ」
冗談を言っている空気ではない。
彼女の眼差しには、命への執着ではなく、むしろ「死」への切実な焦がれが満ちていた。
うそをついているようには、どうしても思えなかった。
あまりにも淡々と、あまりにも冷静に自分の終わりを願う吸血鬼の姿に、俺はどう返すべきか分からず、言葉に詰まった。
冷めたスープの湯気が、ふっと空気に溶けて消えていった。 少し変えました。




