↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末異世界の巡礼者  作者: クルミ牛乳
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/18

第17話 ストーカーの嘘・中編

 暗い羊小屋の中に、ジュリアンの掠れた声だけが響いていた。


「……連れ出すつもりなんて、はじめはなかったんだ」


 ジュリアンは血の滲む唇を噛み締め、両手で顔を覆ったまま、ぽつりぽつりと話し始めた。


「オズワルドの暴力がどれほどひどいものか、村の人間は見て見ぬふりをしていた。あいつはマーサを人間扱いしていなかった。ただの道具か、自分の機嫌を取るためのサンドバッグだ。……俺が声をかけたとき、マーサは怯えていたけれど、同時に縋るような目をしていたんだよ」


 ジュリアンの手には、深い裂傷の跡が生々しく刻まれていた。


「だから決めたんだ。この腐った村を出て、北の大町へ逃げようって。金をかき集めて、馬車を雇う手はずを整えて……あの日、夜陰に乗せて連れ出した。うまくいくと思っていた。あの男の支配から、やっと逃れられるって……」


 男の声が、微かに震え、やがて途切れた。


 セツナは静かに腕を組んだまま、冷徹な瞳でジュリアンを見下ろしている。足元では、ゴーマが退屈そうに耳をピクリと動かした。


 俺は銃の重みを感じながら、さらに一歩踏み込んだ。


「……だが、失敗した。マーサは死んだ。何に襲われた」


 ジュリアンはぐっと顔を上げ、血走った目を俺に向けた。


「北の石橋の近くさ。追手が来ないように、あえて人目のない獣道を選んだのが間違いだった……」


 ジュリアンは息を呑み、当時の恐怖を思い出すように肩を揺らした。


「――突然だった。闇の中から、這いずるような異音がして、目の前に飛び出してきたのは……殻に覆われた多脚の変異体だった。あんなもの、商人の俺が敵うわけがない」


「それで、どうした」


 俺の問いに、ジュリアンの顔色が一層青ざめた。


「怖かった。頭が真っ白になって……体が勝手に動いたんだ。気がついたら、俺は一人で草むらを駆け抜けていた。……マーサを置いて、自分だけが逃げたんだよ」


 自嘲するような、壊れた笑い声が小屋の中に響いた。


「少し走ってから気づいた。俺は、あいつを置き去りにしてきたって。慌てて引き返したけれど……遅かった。マーサは、もう……」


 ジュリアンはそれ以上言葉を続けられず、床の藁に突っ伏した。


 彼の荷物から転がり出た布切れや薬の小瓶は、二人が必死に生きようとしていた証拠であり、同時に、土壇場で恐怖に負けたジュリアンの臆病さを暴く証拠でもあった。


 ジュリアンはマーサを救おうとした。それは嘘ではない。だが、命の危険に晒された瞬間、彼は彼女を見捨てて逃げた。


 一方のオズワルドは、妻のDVを隠し、いざ失踪されてからは「ストーカーに奪われた被害者」という物語に逃げ込んで復讐を叫んでいる。


 どちらも、自分の保身のために他者を踏みつけ、現実から目を背けている卑怯者に変わりはなかった。


「……話は聞いた」


 俺は冷ややかにそう告げ、腰の『クラウゼ』からそっと手を離した。


 ジュリアンは殺される覚悟をしたのか、ただ地面に突っ伏したまま動かない。


 だが、俺たちが裁くべきなのは、この路地裏で怯える臆病な商人ではない。


 すべての元凶であり、自分の暴力と恐怖から逃げ続けるあの農家の男――オズワルドだ。


「行くぞ、セツナ」


 俺は背筋を伸ばし、湿った羊小屋を振り返らずに歩き出した。


 セツナは静かにうなずき、足元のゴーマを伴って後に続く。


 ――すべての真実を抱えたまま、俺たちは再びオズワルドの待つ農園へと向かった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。