第16話 ストーカーと嘘
オズワルドの農園がある村は、乾いた赤土と痩せた畑に囲まれた、うらぶれた集落だった。
低く垂れ込めた灰色の空の下、風が吹き抜けるたびに木製の窓枠が乾いた音を立ててきしむ。
俺たちはオズワルドの家から少し離れた場所にある隣家を訪れていた。
対応に出たのは、深い皺の刻まれた顔をした初老の女だった。オズワルドの隣人で、この村で長く暮らしている老婆だ。
「あいつらのことかい……」
老婆は渋い顔で鼻を鳴らし、庭先の干からびた草むらに視線を落とした。
「オズワルドの野郎は、自分が被害者面して叫び回っているがね。実際のところはどうだか、村の人間はみんな薄々気づいていたよ。あいつは妻のマーサをいつも怒鳴りつけ、時には手も上げていた。あんな若い女じゃ、息が詰まるのも無理はないさね」
セツナは静かに腕を組み、老婆の言葉を促した。
「じゃあ、噂のジュリアンという男がマシだったのかい?」
「さあねえ。よそから流れてきたあの商人の若造も、柄のいい男じゃなかった。ただ、オズワルドの目を盗んではマーサの様子を見に来ていたのは本当さ。村の連中は『ストーカーだ』って気味悪がっていたがね……」
老婆はそこで言葉を区切り、乾いた笑みを漏らした。
「だがね。ジュリアンが通うようになってから、あのいつもおびえていたマーサが、時折ふっと笑うようになったんだよ。……もっとも、その翌日にはオズワルドにまた怒鳴られていただろうがね」
老婆の証言は、オズワルドの主張の裏を静かに暴いていた。
ジュリアンは単なる不審者や気味の悪いストーカーなどではなく、暴力に縛られたマーサにとって、数少ない外の世界への窓口だったのだ。しかし、それだけでは「なぜマーサが死に、ジュリアンだけが逃げ延びたのか」という決定的な疑問の答えにはならない。
「ふむ……。話を聞けば聞くほど、どっちも泥まみれってわけだね」
セツナが小さく呟き、足元で退屈そうにしていたゴーマが耳をピクリと動かした。
俺たちは老婆にお礼を告げ、村の外れへと向かった。
村人たちが口々に語る「ジュリアンが身を潜めているかもしれない古い小屋」は、街道から外れた放棄された羊小屋だった。
足元に注意しながら戸口に近づく。
軋む扉を押し開けると、湿った土と古い干し草の匂いの中に、かすかな血の臭いが混じっていた。
「……誰だ」
暗がりの中から、かすれた声がした。
身を縮こまらせていた男が、警戒に満ちた目をこちらに向ける。
年若い、商人のような身なりの男――ジュリアンだった。
その服はあちこちが引き裂かれ、肩から腕にかけて生々しい裂傷が走っている。ただの逃避行の傷ではない。何か鋭利な、あるいは強靭な何かに引き裂かれたような傷だ。
俺は腰の『クラウゼ』の重みを確認しながら、冷ややかに声を落とした。
「オズワルドに雇われた。お前がマーサを連れ出したジュリアンだな」
男――ジュリアンは怯えた様子で後じさったが、やがて力なく笑った。
「……殺しにきたのか。なら、勝手にしろよ。俺はもう……」
ジュリアンは足元に転がっていた革の鞄を指し示した。その口が開き、中身がこぼれ出ている。
そこにあったのは、マーサが使っていた布切れや、わずかに残された干し肉、そして途中で底をついたはずの薬の空き瓶だった。
そして、ジュリアンの手首や服のあちこちには、黒く変色した血痕――この世界の荒野にうごめく「変異体」の血がこびりついていた。
俺は一歩踏み込み、冷徹な視線を男に突きつける。
「その傷と血の跡はなんだ。何があった、ジュリアン」
ジュリアンは震える手で顔を覆い、掠れた声で真実を紡ぎ始めた。
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