第13話 廃教会の偽装劇
旧市街のうらぶれた大通りから外れた路地裏。
先ほど耳にした男たちの下卑た企み――吸血鬼をおびき出すために、無関係な商売女を捕まえておとりの餌にするという計画について、俺は低く冷ややかな声を漏らした。
――面倒な厄介ごとだ。
無関係な人間がどうなろうと知ったことではない。だが、この街に長居して無駄な足止めを食らうのはごめんだ。
「……すぐにここを離れるぞ、セツナ」
だが、隣に立つセツナは首を横に振った。
「逃げる必要なんかないよ、トキ。私に策があるのさ」
「策、だと?」
「あいつらは『女を餌にして吸血鬼を引きずり出す』と言っていたね? ならば――」
セツナは不敵な笑みを浮かべ、懐から小さな小瓶を取り出した。
「私が旧市街の薬品店で買った『宵鏡草』の調合物――『偽瞳の滴』を、今度は君が使うのさ」
「俺が、だと?」
「そう。この薬を服用のうえで、さらに吸血鬼特有の古い体液の匂いをまとえば、暗
闇の中で瞳が赤く光り、完璧な『本物の吸血鬼』に化けられる。私がそのおとりとしてあいつらに捕まるふりをして廃教会へ行き、待ち構えていた『吸血鬼役』の君が奴らを叩きのめす。これなら無関係な人間を犠牲にせず、計画も根本から潰せるでしょう?」
――なるほど。
さっき骨董薬品店で彼女が買い込んでいたのは、こういうことだったのか。人間が吸血鬼に化けるという逆転の発想。余計なリスクを一切冒さず、一網打尽にするには圧倒的に合理的だった。
「……わかった。お前の策に乗ろう」
* * *
旧市街の外れ、放棄された静寂の廃教会。
崩れかけた天井の隙間から差し込む冷たい月明かりが、埃の舞う石畳を白く照らしている。
外から、荒々しい足音が近づいてきた。
「へっ、うまくいったな……! まさかこんなにすんなり、いい女が見つかるとはよ」
「おい、祭壇の柱に縛り上げておけ。すぐにあの化け物が釣れるはずだ……!」
欲望に目をくらませた二人の男が、セツナの腕を乱暴に掴んで教会の中へと引きずり込んでいく。
セツナはあえてか弱く怯えるふりをしながら、祭壇の柱へと押し付けられた。その背後で、彼女は物陰に気配を潜めている俺へと、わずかに視線を送った。
――今だ。
俺は服に染み込ませた薬の効能で瞳を赤く発光させ、闇の中から音もなく滑り出た。
「なっ……なんだお前は……っ!?」
振り返った男たちが、暗闇で不気味に赤く光る俺の瞳と、異様なプレッシャーを放つ
気配を目の当たりにし、血の気を引かせて後ずさる。だが、もう遅い。
――ズウン。
足元の石畳を踏み鳴らし、俺は一歩で間合いを詰めた。
手近な男の鳩尾へ容赦ない一撃を叩き込む。
「ぐぅっ……!」
衝撃で肺の空気をすべて奪われた男が、白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
「なっ、テメェ……!」
もう一人の男が慌てて腰の錆びたナイフを抜こうとしたが、その手首を狙って鋭い手
刀を叩き込み、武器を弾き飛ばす。さらに続けざまに銃の柄で側頭部を殴打し、一瞬で昏倒させた。
――バン。
重く鈍い音が教会内に響き渡り、静寂が戻る。
倒れ伏す男たちを見下ろし、俺はふっと冷ややかに息を吐いた。
さて、ここからが肝心の仕上げだ。
俺は男たちの近くへ歩み寄ると、わざと低く、冷徹な声を絞り出した。
「……貢物をありがとう。この女はもらっていく。そろそろこの街を去るとしよう」
そう言い放つと、俺はセツナの身体をひょいと抱き上げ、お姫様抱っこの体勢でしっかりと両腕に抱え込んだ。
「っと……! な、なんだい急に」
「文句を言うな、演出だ」
俺はセツナを抱えたまま、教会の重い扉を蹴破り、荒涼とした夜の闇へと飛び出した。
後日、この男たちが目を覚ましたとき、彼らはこう思い込むはずだ。
――「吸血鬼の生け贄を用意したが、別の強大な吸血鬼に獲物を横取りされ、連中はすでにこの街を去ってしまった」と。
無関係な人間を犠牲にすることなく、俺たちの正体も知られず、追っ手の目を綺麗に眩ませることに成功した。
さっそく小さな不協和音を響いたが、俺たちは確かな成果を胸に、この街を後にした。
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