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すり潰した女  作者: じいちゃんっ子


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4/5

エピローグ 子供達はかく語りき

 10月の土曜日、私は下宿する高校の寮から外泊許可を取って兄が一人暮らしするマンションに向かった。

 電車を乗り継く事3時間、私は地方都市にある駅で降りた。


「よ、久しぶり」


「兄ちゃ…兄さん久しぶり」


 兄さんは改札の外で待っていた。

 慌てて言い直す私に少しはにかむで顔で笑った。

 私は6歳年上の兄さんが大好きだ。

 容姿に優れ頭も良く、昔から自慢の兄だった。


「疲れたろ、荷物持つよ」


「子供扱いしないで、自分で持つから」


 私が肩に掛けていたボストンバッグに手を伸ばす兄を断り、先に歩く。

 バックの中は下着等の着替えや、お泊りセットが入っている。

 さすがに恥ずかしい。


「それじゃ出発」


「安全運転よろしく」


 駅前の駐車場に停められていた兄の車が静かに進み出す。

 兄が学生時代にアルバイトで買った自慢の愛車、助手席は私だけの指定席。


 車を走らせる事15分、兄が暮らすマンションの駐車場に到着する。

 バックを再び肩に掛け、マンションの敷地へと足を進める。

 ここに来るのは今回が8回目、夏休み中は1週間おきに来てたっけ。


「さあ上がって」


「おじゃましまーす」


 三階にある兄さんの部屋。

 持参して来たマイスリッパへ履き替える。

 2DKの小さな室内、家具は綺麗に整頓されており几帳面な兄さんの性格を表していた。


「ゆっくりしてくれ」


「はいよ」


 バックを床に置き、テーブルセットの椅子に腰掛ける。

 南向きのベランダから差し込む日差し、穏やかな空気が流れていた。

 まるで実家に居るような…


「違う」


 私は頭を振る。

 なんて事を思い出しているの?

 あんな忌まわしい家族の、母親の事なんて…


「出来たぞ」


「ありがとう」


 カップに入ったホットココアが私の前に置かれる。

 大好きな飲み物、昔からよく作ってくれていた。


「学校はどうだ、寮生活も慣れたか?」


「まずまずよ、寮生もみんな良い人ばかりだし」


「そっか」


 何回も話した事のある他愛もない内容だけど、兄さんとなら楽しい。

 しばらく私と兄さんは近況を語り合う。


 兄さんは会社の事、同期と飲みに行ったり仕事外でも遊びに行ったりする事、仕事も段々覚えて来た事を話してくれた。


 私も学校生活を話す。

 私が進学した高校は進学校で、生徒の半数近くが寮生活を送っている。

 競争は激しいが悪くない、勉強に打ち込む事で煩わしい悩みから離れられる。


「まだ家には帰らないのか?」


「当たり前よ」


「顔も出さないか…」


「当然」


 兄さんの言葉に即答する。

 なんで私が家に帰らなくてはならないの?

 あの家は母しか居ない、二人になったら今度は直接怒鳴ってしまいそうだ。


「兄さんはどうなの、母さ…あの女をまだ庇うつもり?」


「美愛…」


 母をあの女呼ばわりした私を、兄さんは寂しそうな目で見つめる。

 仕方ないでしょ、年賀状の1件から私は母の事が大嫌いになったんだから。


「何がお父さんを説得して欲しい?

 巫山戯んなって!

 自分がした事をどう考えてんの!」


「まあ…そうだな」


 先月母から電話が掛かって来て、訳を聞いた私は怒鳴って電話を切った。

 兄さんも母から電話があったらしいが、どうも歯切れが悪い。


 悔しくないのだろうか?

 浮気をした挙句、バレてもまだ相手と連絡を取り合っていた事実に。


「母さんの電話番号はまだ?」


「今も着信拒否よ、絶対に解除してやるもんか」


 鼻息荒くスマホ画面の拒否一覧を兄さんに見せた。


「逆になんで兄さんは冷静なの?

 私より傷ついたのは兄さんの方でしょ」


「確かにそうだな」


 去年の正月、祖父母宅に届いた年賀状。

 母宛に来ていたのを渡すと、慌てて私から引ったくるように奪った。

 驚く私を無視して、その年賀状を持ち去った。


 母の態度に違和感を覚えた私は、初詣に行くみんなにお腹が痛いと嘘を吐き、隠していた年賀状を探し出し携帯で撮影した。


 文面に怪しい所は無かったが、気になったので一応写メにしてお父さんに送信した。

 特に深い意味は無かった。


 もしかしてお父さんが知ってる人かな?くらいな気持ちだった。

 まさか浮気相手からの手紙だったなんて…


「あー絶対に許せない!

 お父さんから離婚を言われて当然よ!!」


 飲み終えたカップをテーブルに叩きつけた。


「お父さん、それからどんどん元気がなくなったんだよ?

 それなのに、アイツと来たら全く気づかないで」


 思い出しても腹が立つ。

 心配する私にお父さんは『何でもない』と繰り返すばかりだった。

 年賀状が原因だと薄々分かったが、母に聞く前に兄さんに聞いた、

『お父さんとお母さん、昔何かあったの?』って。


「やっぱり美愛に言うべきじゃなかったかな」


「そんな事ない!」


 兄さんから聞かされた話は衝撃的だった。

 あれだけ父さんの事が大好きな母が、以前に不倫をしていたなんて。


「父さんや母さんは僕が覚えてないと思っていたみたいだけどね。

 でもさすがにね」


「忘れてなくて当たり前よ、子供の記憶力を舐めるなっての」


「なら美愛は5歳の時を全部覚えてるか?」


「お…覚えてるわよ」


 嘘だ、殆ど記憶にない。


「母さんが家に帰って来た日の事は、出て行った時より覚えてるんだ。

 僕を抱き締めて、何度も何度もごめんねって」


「それ前に聞いたよ」


「そうだった?」


 兄さんはとぼけたように笑う。

 私が忘れてるはずないのに、改めて言っておきたいのだろう。


「それから母さんは変わったんだ。

 それまで僕の事なんか全く構ってくれなかったのに、ずっと謙一謙一って。

 前の母さんが宇宙人に攫われて、改造されたのかって思った」


「ぷっ!」


 荒唐無稽な事を真剣な表情で言うのは止めてほしい。


「なら私は改造されちゃった母さんの子供?」


「そうだよ、美愛の事が大好きな母さんの子供」


「ちょっと!」


 だから真剣な表情でおかしな事を言うのは止めて!


「母さんは生まれ変わったんだ。

 父さんを愛し、僕達を愛そうって」


「う…うん」


「母さんの愛情は本物、それは信じてあげたい」


 記憶にある母さんは何事にも一生懸命な人だった。

 全力で仕事に打ち込み、全力で家族を愛して、そんなお母さんをお父さんは包み込むような優しさで、私は両親が大好きだった…でも。


「そこまで愛しておいて、なんで年賀状なんか…」


「それが人間の弱さ…かな」


「弱さ?そんな一言で片付けられるはずないよ!」


 浮気だよ?

 私の友達にも親が浮気して片親になった子が居る。

 その子はどれだけ傷ついていたか!


「完全無欠な人間なんか居ない。

 母さんは確かに許されざる罪を2回も犯した。

 それを責めるのは簡単だよ、なにしろお父さんの心は崩壊したんだから」


「そうよ、だから私は母さんが許せないの!

 あんなにお父さんを苦しめて!!」


「だから今、報いを受けている」


「報い…」


「誰も居ない家で一人、二度と帰って来ない家族を待ち続けてるよ」


「…それは身から出た錆でしょ」


 頭に一人ぼっちで椅子に座り、寂しく佇む母さんの姿が浮かぶ。

 いつも賑やかに過ごしていた家。

 出張から戻ったお母さんは、いつも美味しそうなお土産を買って来てくれた。


『旨いよ、ありがとう』


『よかった』

 笑顔で晩酌するお父さんを見つめていた嬉しそうなお母さん。

 私はお父さんとお母さんに酌をして…


「寂しいだろ?」


「…寂しいよね」


 寂しいに決まってる。

 私だって泣きそうだもん。


「私…どうしたら」


 どうすればいいんだろ?

 母さんは許せない、でもこのままじゃやっぱり可哀想。

 だけど父さんの気持ちを考えたら…


「着地点を探るしかない」


「着地点?」


 着地点ってなんだろ。


「話の落としどころさ。

 離婚が避けられないなら、永久に縁切りじゃなくて一旦は籍を抜く。

 でも家族の交流だけは続けよう」


「出来るかな?」


「出来るさ、例えば帰省の度に家族でご飯に行くとか」


「う…」


 それって私が夏休みに1度も帰らなかった事を言ってるんでしょ。


「あと、結婚した時に両親は揃っていて欲しいなんて」


「兄ちゃんそんな人居るの?」


 そりゃ初耳だ!!

 よくも妹である私の目を盗んで、どこの誰?


「落ち着け、そんな人居ないよ。

 だから仮の話」


「酷いよ、びっくりしたじゃない」


「勘違いする方が悪い」


「痛…」


 コツンと頭にゲンコツが落ちた。


「兄ちゃんはどうする?」


「僕は男同士、父さんと話をするよ。

 特に離婚を勧めたりしないし、反対もしない。

 ただ腹を割って、分与とか保険の事も含めて、どうするかの話をね」


「お願い」


 法学部を出た兄さんは会社の法務部で働いている。

 難しい事は分からないから、お父さんは兄さんに任せよう。


 携帯の画面からタッチ操作を済ませ、一人の名前にタップする。


『も…もしもし美愛なの…?』


「うん、明日帰っていいかな?」


『もちろんよ…ここはあなたの家なんだから』


 電話の向こうから聞こえる声は震えていた。


ウホ、エピローグだ!

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― 新着の感想 ―
ありがとうございます! 割れたコップは戻らない。ずっと20年接着剤でくっつけてきたけどどうにもならなくなった。 割った妻が悪いのか?割れたのを理解してるようでできてなくずっと接着剤を使ってきた夫が悪い…
 リアル感が良いですね。  すっぱり関係を断って違う人生を、とするのは難しいくらいには母親も真剣に更生し反省もしたんでしょう。  子供の片割れから「あの愛情は本物だった」と認識されるくらいには。  だ…
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