8.信頼の天才
「さて、行くか」
機材を上げて目元を腕で拭い、ダンジョンへと入る。
まずは、と頭の中でダンジョン内の地図を想い描く。それを昨日見た攻略サイトの地図と照らし合わせていく。記憶の中のモヤの部分。昨日は未到達の場所。
そこにあるのは──
「宝箱の回収だ」
道中のモンスターたちを蹴散らしながら進んでいく。
「ほっ」
トカゲのモンスター、正式名称をリザードマンというらしいそのモブが振るう爪の軌跡を見送って躱す。
その横からさらにもう1匹リザードマンが飛びかかってくる。
「よっと」
俺は2匹まとめて大剣で薙ぎ払う。HPバーが消えて経験値とドロップ品に変わる。
「ここまでは順調か」
昨日よりもモブの動きを目で追えている。攻撃のタイミングに慣れるのも早い。
重い腰を上げて昨日の内に挑んだ甲斐があったと思う。
〈初見です〉
「おっす、いらっしゃい。今は一層の宝箱を目指してるところ」
視聴者数は16人。
昨日よりも順調に増えていっている。
このまま昼まで配信を続ければ20人、いや30人くらいまではいくんじゃないか。
「確かここを……」
レンガ造りの壁に沿って角を曲がる。
大部屋、その奥に見えるのは年季の入った宝箱だ。
「それとリザードマンが3体」
アイテム欄から大剣を取り出す。
「おっも」
右手にかかる不意の重量に負け体が傾く。
リザードマンが1匹、すぐさま口を開けて飛び掛かってくる。残りの武器持ちの2匹も素早く駆け出し迫っていた。
〈ヤバい!〉
あっ、のコメントにニヤリと笑みで返す。
「なんてな」
剣から手を離し左足を前に進めて、俺の利き足である右の膝を高く上げる。リザードマンの鼻先に膝が埋まり、鈍い音と共に骨を砕いた感覚があった。そのままリザードマンを壁に蹴り飛ばす。
「次……」
左右から振り上げられた剣を俺は軽く後ろに飛んで避ける。キンッと床に弾かれた2つの剣が辺りに火花を散らしていた。昨日見た通りの攻撃、リーチの長さまでしっかりと頭に入っている。
俺は大剣を振り上げ、地面に倒れた初めのリザードマンに止めを刺す。
〈うっまー〉
〈これは魅せプ〉
「よーし、今日はドンッドンッいくぜぇ!」
大剣を横薙ぎに一閃。大きなダメージが2匹のリザードマンに入った。昨日は背中を向けて逃げるしかなかった状況だが……
僅かな攻防ののち2匹まとめて葬り去った。
「さてさてー」
手を擦りながら宝箱に近づく。
中身は沢山の銀貨と……
「これは」
俺は『金の指輪』を指で摘んで持ち上げる。
フレーバーテキストには囚人からの賄賂として看守が受け取った品とあった。
「はー、売ったら絶対高いね」
〈マジで高いよ〉
〈かなり当たりの部類〉
「よしよしよし!」
ガッツポーズをして宝箱のあった部屋を出る。
次は──
「1層のボスか」
何体か中ボス的な存在はいるらしいがわざわざいく必要もないだろう。
「一旦帰るか」
〈えー〉
「いーや、帰るね。何せ金目の物を持ってるからな」
テレポートでダンジョンの外へと出る。
すぐに王都までテレポートで帰還した。
──視聴者がちょっと減ったな。
10人になった数字に心がズキリと軋むように痛んだ。
自分の行動がすぐに数字に返ってくる世界で既に何人か俺を見限ったらしい。
「頑張ろ……」
金目のものを冒険者ギルドに預けて回復薬を売っている店に寄る。
店の奥から「はいー」と声が聞こえた。
「あっいらっしゃいませ」
「回復薬を3つお願いします」
今日も薬屋の店員は頭に青い三角巾を巻いていた。
猫は、と地面に目をやる。
「今日はまだ来てないんですよー」
「え?」
顔を上げると店員は回復薬の瓶をカウンターに並べている最中だった。
「あの子探してるんですよね? あれっ違いました?」
俺の視線に気付いたらしく店員は手を止める。
「あっ、いや。そうです」
「はいー今日はまだなんですよ。まぁ来ない日もありますけど、はい。回復薬3つです」
銅貨で支払いアイテム欄に入れる。
その会話があまりに自然で、だからこそおかしかった。
ゲームのNPCなんて同じ言葉を繰り返すのがやっと、話しかけることすら出来ないキャラクターだっているはずなのに。
「おや、お客さんかい」
店の奥から白髪の多い腰の曲がった老人が顔を出した。
立ち去ろうとした俺は足を止める。
老人と目が合う。老人は目を細めて軽く俺に会釈した。俺も当たり前のように会釈で返し、見る。
「お父さん」
「ああ、大丈夫。ちょっと外に出てくるだけだから、いつも通り店を任したよ」
「ほんとに気を付けてね」
初めて聞く店員の娘の不安そうな声。
もしかして、それぞれの店員に家族がいて家系図があり世代の循環が行われているのか。
まさか、と内心でその疑問を否定する。そこまで作り込む理由がないだろ。
俺がここに寄ったのも全て偶然で……
「あっ、甦ることの出来る異世界人さんにとっては気を付けてって不思議ですかね?」
俺を見ながら首を傾げている店員に目を凝らす。
ステータス画面が表示され、ホッとしたのも束の間、そこにはハテナマークだらけの画面があって現地人と書かれていた。レベルは1らしい。
本来、俺と同じプレイヤーを見た時はレベルや名前、スキル、装備などのステータスを見ることができるはずなのに。
〈どした?〉
「いや……」と小さく俺は呟く。
「あの……大丈夫ですか」
「1つ、いいですか」
俺は人差し指を立ててカウンターに手をつく。
はい、と答えながら店員は背を逸らし仰け反った。
「ここに立つことってできます?」
「はい?」
店員は目を丸くする。
〈本当にどうした?〉
心配しているコメントが目についた。
俺だってこんなことはしたくないが、それでも気になってしまったのだ。思考が一点に向けて加速していく。その加速は一瞬にして常識とか道理のようなもの置いていった。
「やっぱり、無理か」
「いえっ出れますよ」
店員は慌ただしくカウンターの扉の鍵を外し道路の方に立った。
「はい」
太ももの辺りに真っ直ぐ手を下ろし店員は確かに道路の方に立った。ステータス欄は相変わらずハテナマークばかりだ。
「……本当に現地人か」
「えっ、はい。そうです」
思わずため息が出た。
このやけにリアルな感覚といい、ここまで作りこまれた現地人といい、このゲームは何を目指しているんだ。
「ありがとう……お礼ってわけじゃないがこれで何か適当に見繕ってくれ」
3枚の銀貨をカウンターに置いた。
こっちの金はいくらあったって仕方ないのだ。
「わっ! ありがとうございます」
店員は銀貨に目を輝かせながら店内へと戻っていく。
カウンターの扉は開いたままだった。
〈可愛いー〉
〈ここの店良いなー〉
「ああ」
辛うじてコメントに相槌を打ちながら「俺はヨシ子を思い出したよ」とため息混じりに答えた。
正直言って、怖かった。
「おい、扉」
「え?」
店員のキョトンとした表情に頬が引きつる。
「鍵、忘れずにな」
「ああ、はい」
〈ヨシ子って誰? 元カノ?〉
フッと笑い頭を掻く。
高校中退の俺が語るのもおかしいなと思った。
「人間失格に出てくるキャラクターで信頼の天才なんだが、その最後が悍ましくてな」
高校1年の読書感想文のために読んだのを今でも覚えていた。選んだ理由は確かパソコンを使えばタダで読めると教わったからだった。俺が読んだ教科書以外で唯一の活字の本といってもいい。
「えっ、はい」
膨らんだ紙袋を腕に抱えたまま店員が答えた。
〈恥の多い生涯を送って来ました〉
「それに重なって見えて仕方ない」
「えーっと、信頼の天才とわたしがですか?」
何度も瞬きをしながら言う。
俺はハハハハッと半分ヤケになって大きく笑った。
「もうっ」
店員は揶揄われたと思ったのか頬を赤らめて、紙袋をカウンターに置く。
「はいっ、こちらです。お代はもう頂いてるので」
ああ、と答えて受け取ると同時にアイテム欄で勝手に並び替えられるのが少し寂しかった。
もうここには来れないな、と思った。死ぬならどこか別の場所で死んでくれ、とも。
「じゃあ」
「ありがとうございました。また来てください!」
「……」
俺は目を瞑った。
あの店員が「お父さん」と呼んでいた老人のレベルも1だった。
王都の城壁を見上げた。
「外って……どこだろうな」




