6.昇華
ダンジョン内の通路は狭くカビ臭かった。所々にランタンのような照明が掛かっているものの全体的に薄暗く視界は悪い。
「ホラーちっくな内装だなぁ」
〈運営曰く1層は地下牢のイメージらしいよ〉
「はー、地下牢?」
少し進むと通路に立ち塞がるように人体模型の骸骨みたいなモブが1匹立っていた。
「第1モンスター発見ー!」
スラリと剣を抜き放つ。
骸骨が頭部にある2つの空洞を俺に向ける。
カタカタと骨の軋む音を鳴らし、その手に持つ剣を振り上げた。
後ろへ跳びながら俺は骸骨の振り下ろす剣の切っ先を見送った。
「はっ!」
着地と同時に薄暗いダンジョン内の床を強く踏みしめ、剣を骸骨の頭部めがけて振り下ろす。
パキッと砕ける音がして剣先が沈む。HPバーが無くなり、骨片を散らし骸骨は床へと倒れた。
「よしっ一撃」
俺は剣を鞘にしまう。ドロップ品もないし先を進もうと骸骨の横を通り過ぎる。
〈それ、まだ生きてる〉
壁に映ったシルエットが大きくなっていく。
「は?」
〈あぶない!〉
背後から何かが迫る気配を感じ、咄嗟に頭を下げてしゃがんだ。
風切り音と共に髪の数本巻き込みながら剣が頭上を通り過ぎる。ゾッとした。
「くっそ」
振り向くと頭部のない骸骨が剣を振り上げていた。
靴先を床に滑らせ骸骨のくるぶしを打ち抜く。
「これっで! どうだ!」
バランスを崩した骸骨を剣で刺す。
3度刺したところで経験値とドロップ品が出た。
「危ねぇ……」
〈ヒヤヒヤしたー〉
「ああくそっ」
腕を撫でると鳥肌がまだ立っていた。
大きく息を吐き出して呼吸を整えて通路の先を睨む。
「……まだいくぞ」
半ば自棄になりつつ俺は足を進めた。どのみち進むという選択肢しか無いのだ。
角を曲がる。
「あっ……」
トカゲのようなモンスターと目が合う。
奥には歯を見せ笑った剣のモンスターもいる。
「くっ」
ドブ色をしたトカゲの動きは俊敏であっという間に距離を詰められた。トカゲが喰らいつこうと口を開けて飛び掛かってくる。
トカゲの口に粘ついた唾液が糸を引いて、赤い口内にノコギリのような歯が覗く。
その後ろから剣のようなモンスターも距離を詰めている。このままだと2対1だ。
「無理だな」
俺は背を向けて走り距離を取った。
それでもトカゲの足の方が早い。
背後から床を削る鋭い爪の音が迫る。
「来る!」
トカゲの振り上げた爪の横薙ぎに合わせて俺は呼吸を止め横っ飛びで躱す。
爪はダンジョン内の壁に3つの深い傷をつけた。
──見ろ。見ろ。見ろ!
俺は立ち上がり剣を構えた。
トカゲは口を大きく開ける。
その前に体を深く沈めていた。
──ここまでワンセットの攻撃モーション。
不思議と呼吸は穏やかだった。
口を開けての飛び掛かりに膝を合わせ、打ち上げる。
トカゲの止まった隙に剣を脳天に叩き下ろす。
〈格闘技?〉
緑の血飛沫が辺りに散った。剣を握る手にも付いている。
剣を振り血を払う。遅れてやってきた剣のモンスターと対峙した。
「お仲間さんはもう死んじまったぜぇ! おい!」
〈セリフ笑〉
〈小悪党ww〉
その後、剣のモンスターを倒して、少し進むとまた複数体と遭遇し逃げだすこととなった。
「またかよ!」
手を振りダンジョン内を走っていく。
慌ただしい靴音がダンジョンの壁に響いた。
「次は、こっち」
歯を食いしばり顔を上げ、ダンジョン内部の構造を頭に叩き込んでいく。
息を切らした隙にトカゲはすぐに追いついてくる。
──少しでも……明日に繋げろ!
角を曲がり「撒いた」と油断した瞬間、足が絡れ、転けた。
「まだ……」
床に手をついて、先に進むため体を起こす。
画面上部にメッセージが届いた。
『就業の時間です。直ちに作業を止め、退勤の準備をしてください』
ドッと体から力が抜けた。
ダンジョンの床に尻をつき座り込む。
座り心地はお世辞にも良いと言えないがそれでも安心して座れるというだけで今は良かった。
「時間か……」
項垂れたままマップを操作する。
幸いマップからダンジョンの1番初め、入り口のところまではワープで戻れるらしい。
外は現実の時間と連動しているらしく日は沈み薄暗くなっていた。
画面の端を見ると視聴者はちょうど10人。ここ1時間でコメントしてくれているのは1人だけだった。
「終わります。じゃあまた明日」
軽く手を上げて『LIVE』のボタンに指を伸ばす。
〈おつかれー〉
配信を切ると同時に様々なデータが表示された。いいね数や視聴者数、コメント数、総視聴時間など。その 1つのデータを眺めるだけでも目が滑っていくのに全て読むなんて不可能だ。ましてやそこから解析なんて出来ない。
分かるのは──
「おつかれ……」
俺の言葉に対して返ってきた何気ない返答を読み上げた。
データの一覧を閉じると同時に新しく通知が来る。
『今熱い新人ライバーランキング88位!! 西加賀詩 浪井』
新人ライバーランキング?
瞬きをしてしばらく見つめてから通知を消す。
「そんなのやってたんだな」
機材を外す。既に多くの人が部屋から退出していた。窓から差した夕焼けがだだっ広い部屋に影を落としている。
部屋の出入り口ではスタッフが「お近くなら家まで車で送ります」と声がけしていた。
俺はゲーム内の500マネーを手持ちのスマホに移し席から立ち上がる。
「車、お願いしていいですか」
電車代が勿体無いので頼んでおく。
「ええ、もちろん。 西加賀詩様ですね」
俺が「お願いします」と呟くと手元の紙にペンを滑らせていたスタッフが急に顔を上げて、
「あっあと100円でも金銭を受け取った場合はきちんと全て申請をしてください。納税の義務がありますので、うちの税理士を通していただかないと後々問題となりますので……」
と早口で申し訳なさそうに言ってきた。
俺は「っす」と軽く頷き、そのままスタッフの横を通り過ぎた。
廊下は帰る参加者とスタッフで混雑していた。皆仕事が終わり気が抜けたのか声も一際浮かれていて言葉の端々に「これからどこ行く」などと楽しげな話題が散っている。
「あっ……」
黒い髪、黒いシアーの上着、黒いズボンの女性がいた。黒尽くめの姿は浮かれた人混みの中に沈んでいてよく目立っていた。
喫煙所で一緒にいたあの女性だと思う。
俺は駆け出し小走りで背中を追った。
「よっ。帰り?」
隣に立った瞬間、その女性が向ける刺すような眼光に居竦まった。白い肌にかかった前髪の隙間から覗く瞳に息が詰まり、続けようと思っていた言葉たちを失う。
「ああ、なんだ」
小さく口の端を上げて目を細め女性が笑う。
俺はホッと息を吐き出した。
「何か地雷を踏み抜いたのかと思ったよ」
俺は彼女の隣を歩きながら苦笑いを浮かべた。
「いや、まぁ踏んではいるよ。良いけど」
「なに、喋りかけたらダメなの?」
彼女は冗談混じりの声で「ダメって言ったら?」と聞いてくる。
ハッと鼻で笑い、
「喋りかけねーよ。怖いもん」
と俺は両手を上げた。
「まあー良いよ喋りかけても。でもあたしが暇な時ね」
「へいへい」
「それで、1人で随分と盛り上がってたみたいだけど攻略は順調?」
そういえば途中、肩を叩かれ注意を受けていたことを思い出した。
「ダンジョンには着いたけど1人じゃ中は難しいな」
俺は階段を見下ろして立ち止まり彼女に先を譲った。
「へー、一応ダンジョンまでは着いたんだ」
彼女は階段を1段ずつ素早く降りていく。その度に彼女の髪が穏やかな海の波みたく揺らいだ。
「そういえば新人ランキングに載ったんだよね」
88位という微妙な順位のことは隠しておく。
「配信盛り上がってるんだ。名前は何?」
「ん? 西加賀詩浪井」
「え? いや、配信で使ってる名前ね。暇な時に見ようかなって」
「ん? うん。西加賀詩浪井」
彼女は立ち止まって振り返り「ええ……それ」と怪訝そうな顔で俺を見上げた。
「普通は本名つけないのよ。浪井くん」
進み出した彼女の後を追う。
浪井くんと名前で呼ばれるのは久々で少しくすぐったかった。
「じゃあ、そっちならなんて名前をつけるのさ」
「えー、イニシャルか、あだ名? 全然関係ない名前とかにするかも?」
「そういうもんか」
「あと、そっちじゃなくて『四季地 昇華』ねー。どっちで呼んでも良いけど」
「昇華」
「おい、呼び捨てかい」と前から鋭い声が飛ぶ。
「昇華ちゃん」
俺が彼女の名前を呼ぶと同時に彼女は階段を降り切った。
「はーい」
声が変わる。
僅かに笑みを含んだ声、そのままの表情で彼女は振り向いた。
見上げる瞳に光が滲み、下げて丸めた目尻から色香が漂っている。残り1段というところだったので元あった身長差はさらに広がっていた。
「送りの車、こちらとなりますー。希望出された方はこちらに集合してくださーい」
声の方に目をやった。
スタッフの1人が黒いバンの横で手を振っている。
「車、頼んでる?」
俺は「ああ」と答え最後の1段を降りた。
「また喋ろ」
彼女が言う。
俺は頷きスマホを差し出す。
彼女は「ちょっと待って」とバッグの中を探っていた。
そこで彼女とは一旦解散となった。
──お互い良い大人なんだし飲みにでも誘えば良かったな。
バンに揺られながら考えた。
それでも財布の中身のことを思い出すと間違っていなかったと思う。
適当な理由をつけて彼女に金を出してもらうことはできるだろうが、この立場だ、どうせ金が無いのは見透かされる。ならば素直に甘えようとかゴチになろうなどとは思えない。
そういうふうに彼女に頼りたくなかった。プライドもあるのだろう。
窓越しに灯りが眩しくなった東京の街を眺めた。
──つくづく……
自尊心だけは一丁前の自分にハッと笑った。




