3.タバコと警棒
「あの、チュートリアルって終わってますか?」
意を決したように勢いづけた声は告白に似ていた。
俺は口の中で米を咀嚼しながら耳を傾ける。
「あっ、ほんとですか!」
声をかけた女性は相手の返事にパッと表情を明るくした。
「じゃあ皆さんと一緒に、はいっお願いします」
頭を下げて髪を揺らす。
声をかけられた女性の方も既に数人が集まったグループの方へと合流していった。男2、女2のグループだ。
──けっ、合コンかよ。
俺は内心でツッコミ、水で米を流し込んだ。
最後の米粒まで箸で掬い噛み締めながら食べる。
「じゃあ皆さん、行きましょうか」
部屋を見渡せば既にほとんどの人がグループを作っていた。一人なのは俺と先ほど声を荒げた借金持ちの男だけ。
俺もおっさんと一緒にやる……か?
「んだよ。コレェ!!」
おっさんは唾を飛ばしながら手を振っている。
俺は目を逸らした。
一人でやるか、とポケットからスマホを取り出す。
──まずチュートリアルってどこにあるんだ。
スマホから攻略サイトを探した。
『ファンタジーオブシン初心者がやるべきこと3選』
ゲーム画面とスマホを交互に見つつ進めていく。
どうやらゲーム画面の左端に初めからチュートリアルはあったようだ。
「さて……」
全てのチュートリアルを終えた俺は城壁近くでウィスプと対峙した。昼飯を終えてから既に1時間が経過している。
「よっ」
まずはチュートリアルで一番手に馴染んだ大剣を両手で持って構える。
なるべく真っ直ぐ切るように……
「おしっ」
剣先がウィスプを捉えた。
フヨフヨと浮いていたウィスプが地面に落ちて跳ねた。20ダメージ。以前使っていた片手剣が10ダメージだったので2倍のダメージが出ている。
ウィスプが再び浮き上がり、その丸い体躯で真っ直ぐ突っ込んでくる。
横に転がって避ける。
「おらよっと」
振り向きざまに大剣で薙ぎ払った。
カウンターが決まりウィスプは白いモヤとなって霧散した。
僅かな経験値と1枚の銅貨が手に入る。
「おっ! 2レベ!」
ちょっと豪華なシステム音が鳴って、レベルが2となった通知が来た。
よしよし、と小さく笑い次のウィスプを探した。
俺はあれから1時間ほど草原で動き続け3レベルまで残り半分ほどになった。
「ん?」
突然、ローディング画面が挟まりエリアが変わる。
『始まりの森』
そこは木々が生い茂り、枯れ葉の積もったエリアだった。
カマキリや芋虫などといった昆虫っぽい見た目のモブが見える。敵のレベルも草原と比べ少し高い。
「……いや、疲れた」
俺は新しいエリアに行く前に一服しようと椅子から立ち上がる。
「休憩、休憩」
俺はタバコの箱をズボンから取り出し、壁のそばに立っているスタッフへと近づく。
「ここ喫煙所ってないんすか?」
「喫煙所でしたら、こっちです」
部屋から出て廊下を進む。
タバコのマークが描かれた部屋の前に着く。
ガラス張りの扉の奥に誰かいるのが見えた。
「誰かいるし外で吸ってくるよ」
俺はタバコを咥え廊下の先『エンジェルサン』と描かれたガラスの扉へと向かう。
「規定によりバイトの参加者は終業時間まで建物の外に出ることは出来ません」
スタッフが前に立ち塞がってきた。
「はあ!?」
口からタバコが落ちる。
くっそ、と悪態をつきながらタバコを拾う。
「規則とか規定とかどうでもいいよ」
スタッフの肩を押し扉の方へ進む。
俺はゆっくりと外でタバコが吸いたいのだ。
「ちょっと! 警備員! それ止めて!」
スタッフが俺の背後から叫ぶ。
ここに来る時に扉の前で立っていたガタイの良い男が警棒を構えて正面に立ち塞がってきた。
「マージかよ。ちょっと通りたいだけなんだけど」
「大人しくしろ!」
後ろから来たスタッフが俺の両脇から手を出して羽交い締めにした。あまりに突然のことで反応が遅れた。
「あー良いねー、そのまま抑えといて」
警備員は僅かな助走と共に警棒を振りかぶる。
「奴隷の分際で」
左肩に鈍い痛みが走る。
俺は肩を抑えて床にうずくまった。痛みに身を捩り涙目になる。警棒を肩に喰らった。
「なんで……俺は、タバコが吸いたかっただけなのにヨォ……」
結局、その後、俺は扉の前に監視付きで喫煙所に行くこととなった。
「すぐ業務に戻ってくださいね」
「はいはい」
舌打ちしながら喫煙所の扉を開く。
喫煙所の先客は電子レンジの存在を教えてくれた女性だった。
長椅子の端に腰掛けている。
「ああどうも。先ほどは」
タバコを噛んだまま軽く頭を下げる。
「…………」
女性はスマホから目を離さない。
──無視かよ。
火をつけながら女性の方へとなんとなしに目をやった。
白い肌、鼻が高くまつ毛が長い。
横顔が凛としていてタバコを吸う姿が様になる人だった。
俺は口から煙をふかす。
「顔に気まずいってかいてるぞ」
指で眉の端を吊り上げながら声をかけた。
女性は俺を一瞥して目を丸くして、「ふはっ」と吹き出すように笑った。
「まぁ気まずいね。殴られないかなって」
初めて聞く女性の声は平均より少し低めで僅かに掠れていた。
自分の冗談で女性を笑わすというのは気分が良い。自然と表情も柔らかくなる。
「そんなポンポン殴るかよ」
俺は小さな優越感に浸りながら手を振った。
「攻略は順調?」
女性は立ち上がり吸い殻入れにタバコを押し付けている。
座ったままの俺は一気に見上げる形となった。
「いや、俺はまず操作を覚えるところからだ。他の奴らはもうダンジョンに向かってるよ」
「ふーん。じゃあ気合い入れないと、うちロクな仕事紹介して無いんで」
そう言い残しハイヒールの靴音と共に軽く手を振り喫煙所から出て行った。
部屋に戻ると先ほどよりも騒がしかった。
「そっちに行った」だの「カバーして」といった声がけが盛んに行われて、それに合わせて手を振り体を動かしている。
みんな既にダンジョンの攻略を始めているようだ。
「俺も行かないとな……」
機材をつけてゲームに戻る。
「ん?」
緑色や茶色のカマキリたちの中に1匹だけ白とピンク色をしたカマキリ型のモブが混じっていた。
目立つ色のせいで1匹だけかなり浮いている。
うーん、と唸り考える。
──まっ寄り道になるけどいってみるか。
顔を上げニヤリと笑う。
ちょっと気になるし、どうせ俺は1人だ。誰にも文句は言われない。
身を屈めて近づき木の後ろに隠れて白いカマキリの様子を伺う。
陶器のような鎌が木漏れ日に照らされていた。結構強そうだ。
一応スマホで調べるか。
息を顰めて木の後ろに座り込んでから機材を外す。
「……これか」
始まりの森、白き双剣の狩人。
出現確率1%、適正レベル8。
「レアモブ!!」
サイトを下にスクロールするとドロップ品の項目がある。ドロップ品は優秀な双剣や防具に使えるらしい。
それを見て俺は口の端を吊り上げた。
「じゃあ絶対高く売れるよなあ!」
すぐに機材を付け直しゲーム画面に戻った。
白き双剣の狩人。今は2つの滑らかな複眼を使い獲物を探しているようだ。
適正レベルは8だが……
──まぁいけるでしょ。
えーと配信もつけて、とLIVEの文字を押して赤い点に変える。
「えー今緊急で動画回してるんですけども」
真面目そうな声を作り画面に向かって話してみる。緊張からか少し声が震えた。
それでもなんか今の俺ユーチューバーっぽいな、と楽しかった。
「さっ、行くか」
大剣を構え近づく。
その時、ポンッと音が鳴った。




