2.ライブ配信
その後、参加者とスタッフの間で何度か口論もありつつリモートでの仕事説明はお開きとなった。
「ライブ配信ねぇ……」
スタッフが言う金の稼げるとある機能、それは『LIVE』をつけておくだけらしい。鼻で笑う。
「そりゃあ隣の奴も詐欺というわけだ」
そんなことで金が手に入れば苦労なんてしてねぇよ。
全人類がライブ配信しかしなくなるし……と思いつつも『LIVE』と書かれたところを押す。文字は音もなく赤い点に変わる。
メニューの画面を閉じた。視界の端に0と数字が現れている。さっきまでは無かったはずだ。
「そういえば、バイトの募集要項にもそんな事を書いていたっけ」
今流行りのライブ配信で……なんとか、かんとか。まあ、俺は日給10万円の方しか見ていなかったんだけど。
「さて、どうするか」
顔を上げて道の先を見た。重々しいアーチ型の門が聳え立っている。
恐らくあの門の先にモンスターがいるのだろう。きっとド○クエやモ○ハンと同じだ。
それで俺はモンスターを狩って生計をたててダンジョンに行く。それで、どんどん強くなって……
──現実もこのくらい簡単だったな。
ため息を吐く。
それなら、もう少しちゃんと生きていけただろう。
1人で暮らしてみてわかったことは俺の頭では税金も国保も月々の支払いも難しいことだった。みんな当たり前に出来ていることが俺は満足に出来ない。気付けばまず金が無かった。
「……と、その前に」
3層攻略で1万マネーの報酬が配られているキャンペーンとやらを確認しておかないと。
──確かメニューにお知らせがあったはず……
メニューから開いてみると確かにダンジョンに3層の追加とクリア報酬キャンペーンの記載がある。それ以外にも色々キャンペーンをやっているみたいだし、俺の残金0円のマネーポイントもより増やせるかもしれない。よしっ、俄然やる気が湧いてきた。
「よお、兄ちゃんどうだい!」
そういえば武器屋の前で突っ立ったままだった。
剣をマジマジと見る。
この剣も誰かが造り誰かが買うことでちゃんと作った人の収入となっているのだろう。
「良い武器だろ」
金貨3枚。
これが金になるのか?
分からないが、ゲームをしてお金を稼げるなんて凄い時代になったものだ。
「良い武器かは知らないけど良い収入だなとは思うよ」
「ハッハッハッ!」
大きく口を開けて笑われ、俺は頭を掻いた。本当に人間と話しているみたいだ。いや、本当に人間なのか、と首を傾げたまま歩き出す。
その時、不意にポンッと軽い音が鳴った。
〈お邪魔します〉
視界の端にプレイヤーの名前と〈お邪魔します〉の文字、そして0だった数字が視聴者数1という表記に変わっている。
「……誰?」
〈え?〉
書かれた文字を読み上げるように「え?」と俺も繰り返す。
〈あの、ライブ配信がついていたので〉
へー、と答える。
名前や数字は意識して見ないといけない所にあった。
「そうなんだ。これ、どうなってるの?」
手を横に振ってみる。
〈手を振ってますよ。こっちからだと正面からみた姿になるんです〉
「ふーん。そっちは見てどうするの? 見てたら金でも貰えるの?」
聞いてから返事が返ってくるまでの間、俺はソワソワと視線を宙に彷徨わせていた。
見えない人に話しかけるというのは中々に小っ恥ずかしいのだ。
傍からみれば俺は虚空に話しかける異常者で、そういうのを自覚するたびに声は小さくなっていった。
〈いっいえ、暇つぶしに〉
「ああ、そう。なんか見られてるのって照れるな」
口の端が引き攣り文字から視線を外す。
「まぁ良いか。じゃあまずは3層のダンジョンとやらを見にいくかね」
そもそも100万円なんて払える気がしねぇけどな、と苦笑いを浮かべた。
「よしっ」
声を出して気合を入れ直す。
見ている誰かがいる。俺も普段よりしっかりしないといけない。そう思うと少しだけ小学校の頃にあった授業参観を思い出す。
そっくりそのまま口に出そうと顔を上げた。
〈え?〉
「え?」
思わず鋭い声が出ていた。
わざとでは無かったし威圧や怖がらせる目的もなかった。ただ勢いよく声を発した。そう癖づいていたのだ。
〈……なんでもないです〉
1という数字が0に変わる。
自分の失敗が明確に数字に出た瞬間を見た。
これまでのバイト先で言い方が怖いと言われたことは何度かあって、その度に仕方ねぇよと聞き流してきたツケだと思った。そう思ったことで自分が視聴者に見られていた時、少しだけ希望を感じていたことに気付く。
あの1は俺にかけられた期待の数値だったのだ。
ローディングを挟み門の外に出る。
広大な草原が広がっていた。草は波打つ水面のように風に揺れサーッと音を立てた。足元から草の擦れるくすぐったい感覚がして顔を近づければ青臭い匂いすら感じられそうだ。
草原を横切るウィスプと表示された緑色の人魂のようなモブが見えた。
草を踏みながら無言で近づき初期装備にあった剣を抜く。
ふわりふわりと躱しながら飛びかかってくる緑の球に対し俺も手足を動かして応戦する。
「くっそ……」
バタバタと当たらない剣を振るばかりで、これは人に見せられないなと思う。
やっと1体のウィスプを討伐したところで顔を上げ数字を見た。0のままだった。
「ん?」
画面上部にメッセージが届く。
メッセージを開くと『敵モブを一体狩る。クエスト達成報酬』
「30マネーのプレゼント!?」
スマホの電子マネーのアプリと連携させて受け取るらしい。
頭の機械を持ち上げて外す。
現実の部屋はのっぺりとして淡白な色味をしていた。
スマホを操作しゲームの方と連携させる。ゲーム画面とスマホをチラチラと交互に見ながらしばらく待つ。
「えっ本当だ……」
0だった残高に『ファンタジーオブシン』から30円が振り込まれた。30と刻まれた数字をじっくり見つめる。
「すげぇ……」
ほぅ、と息を吐き出した。
ふと安心したせいか空腹で胃が軋んだ。朝から何も食っていない。
「…………」
周りを見ると頭に機材をつけて座る参加者たちとそれを壁の方から腕を組んで見守るスタッフが数名いる。
機材を傍の机に置き手をついて立ち上がる。
「どうされました?」
全体的に細い男が駆け寄ってきた。
「腹減ったんで何か買ってきます」
「あっじゃあそこのコンビニで自分買ってきますよ。お弁当でいいですか」
細い男は行く先に立ち塞がるように手を広げていた。
男は目も細かったし眉毛も細かった。
「ああ、はい。どうも」
俺は僅かに頭を下げた。
「じゃあその間も頑張っててください」
「……はあ」
言われるがまま仕方なくゲームに戻ったものの草原の中をブラブラと歩くだけに留めた。
戦闘は全身を使うので空腹の状態でしたくないのだ。
しばらく歩いて街に戻ったところで外から肩を叩かれた。
機材を外し振り返る。
「はい」
男は空の手を差し出していた。
え? と俺が手を見て相手の顔を見る。
「1000円でした」
もう一方の手にはプラスチック容器に入った弁当があった。蓋が剥がされている。
「いらないんですか? じゃあこの場で捨てちゃいますよ?」
急かすように細い男は言う。俺は薄い財布から最後の千円を出して渡した。後は1円玉が何枚かと100円が数枚だ。
受け取った弁当は手のひらサイズで500円くらいだと思った。
「はい毎度。さっさと続きに戻ってくださいね」
細い男は俺から受け取った千円をそのままズボンのポケットに突っ込んだ。
1000円を鼻紙のように扱う男の態度にムカついた。
やめとけと自分に言い聞かせながら弁当に口をつけた。
「チッ」
米が固い。食感はボソボソとしていて箸で持ち上げようとすると崩れて落ちる。
これレンチンしてねぇのかよ、と舌打ちして、カチンときた。
やめとけとまた言う。
「不味い」
俺は弁当を置いて立ち上がり先ほどの男に声をかけていた。
細い男は「はい?」とわざとらしく大きな声を出して振り返る。細かった目をより細めていた。
「不味いって言ってんの、返せよ金」
もうあの弁当を食べる気にはなれなかった。
「は?」
細い男は睨みを効かせながら近づいてくる。
俺がその声に怯んだと思ったのか「いいから、とっとと食えよ」と細い男は薄く笑った。
「餌だぞ。餌」
弁当の揚げ物をつまんで「ほら」と俺の口に近づけてきた。
──やめとけ。
ああ、その警告はもう聞こえない。
スッと軽く拳を上げ男の鼻先を打つ。
相手は目を瞑るだろうという予測のもと、全体重を片足に、踏みつけるようなキックを腹に刺す。踵がめり込む。圧縮された腹筋と内臓は固い。
細い男は吹き飛び少し床を滑って止まった。反動で俺も少し仰け反った。
「きゃああああ」
女性の甲高い声が部屋に響き、
「え? なに」
「ヤバ……」
と周囲が騒がしくなる。
細い男は「はっはっ」とうずくまったままうめいていた。短い呼吸のたびに背中が震えるように動く。
「……くそ」
いつもこうだ。感情の赴くままに。
前回のバイト先も酔い任せに絡んできた客をぶん殴った。
その一瞬だけはスッとするけれど、その快感のために俺はそこのバイト先での全ての信頼を捨てた。この人はダメだと決められた瞬間から皆、距離を取った。その日から教えられていないことが増え、理不尽に思うことが増えた。
小さな積み重ねだった。
その小さな差に気付いた時、俺はそのバイト先をやめた。多分、本当に頑張ればまだ埋まる差だったと、今の俺は思う。
「あー、外の空気吸ってきますわ」
ズボンを振ってタバコの箱を探す。
やるしかないと思っていた。決めていた。でも、やめさせられる場合はどうすればいいのだろう。
──まぁそれも外で考えるか。
扉に向かって歩きだした俺の前に頭一つ小さな黒髪の女性が立ち塞がってきた。手を広げるわけでもなく、ただ進行方向に割り込んできたのだ。面接の列には居なかったし恐らくスタッフ側の人間だろう。
「あ?」
威嚇するつもりは全く無かったがドスの効いた声になっていた。
その女性はスッと指を横に動かす。
つい俺は指につられて横を向く。
指差す先には電子レンジが置いてあった。
「おー、なんだよ、あんのかよ。どうも、ありがとさん」
教えてくれた女性に手をヒラヒラと振って弁当を持ち上げる。
電子レンジの置いてある机には給水ポットも置いてあって、
「おっ水もあるじゃーん」
鼻歌と共に紙コップへ水を注ぐ。
チンッと電子レンジの小気味良い音が部屋に響いた。




