29.お疲れ
「えっち。脱げちゃうかと思いました」
床にペタンと座り込んだバニィが服を正す。
「言ってる場合か」
まずそんな格好で戦うやつが悪いだろ。
ボスが動いて木箱を掴む。
「でも、ありがとうございます」
口の端がムズムズとしたので声を無視した。
性別も生態もよく分からないこいつの礼に若干自分の口角が上がってしまうのが鬱陶しい。
「俺はそろそろこの床のせいで酔いそうだ」
それに腕も痛い。
全力で距離をとったが、もうボスの腕が届く範囲に入ってしまいそうだ。
「いけるかバニィ」
「はい」
俺は飛んできた木箱を超大剣で叩き壊す。
後ろから弦音が鳴ってボスのHPを削る。
──この形を崩さなければ、勝てる。
ボスは鉄の拳を振り上げた。
「ぐっ」
超大剣を両手で持ち上げ、側面で攻撃を受ける。
防御したところで俺のHPは3割ほど減る。
回避しようにも動く床のせいで難しく防御しようにもいずれ削られて負ける。ジリ貧だ。
「それでも……俺が攻撃を受けている間は」
バニィは小まめに位置を変えながら弓を引き絞り矢を放つ。
結局ずっとバニィに頼りっきりだ。
赤いレーザービームが飛んでくる。
──これは受けられない。
俺は超大剣をしまい横に飛ぶ。
ボスはすかさず木箱を掴んで投げた。
「くっ」
咄嗟に超大剣を取り出して側面で受ける。
「……回復するしか無いか」
残り3本。
そろそろ回復薬の残数がまずい。
ボスのHPは残り2割ほど……あまり減っていない。
ボスが暴走状態になってから俺たちの勢いが落ちてた。
「やばいか……」
爪を噛んだ。
ずっと後手に回っている。
蒸気噴出が再び使えるようになる。
「バニィ! 回復の残りは?」
「あと2本です。浪井さんは?」
「3本だ」
まずい。バニィの方が減っているとは思っていなかった。
バニィが倒れた場合、一気に形成は逆転する。いや、そうなれば確実に負けだ。俺1人じゃまともにダメージすら与えられない。
なにか、解決策を……
「ああ、くっそ!」
鉄の拳が正面から突き出される。
突っ込んでくるトラックみたいな攻撃をギリギリで躱す。ドッと冷や汗が出た。
もう片方の手でボスは木箱を掴んで投げていた。
「バニィ!」
矢を放つとほぼ同時の相打ち。だが、HPの削れ方が違う。
直撃でバニィは半分ほどHPを持っていかれている。
──防御力が全然違うのか。
知らなかった。
バニィが全然攻撃を受けないから……
「悪い……無茶をさせたな」
攻撃を受けるだけで良いなんて弱気な奴のせいで。
見とけ、なんてこの400人近い視聴者に啖呵を切って、俺はなんて情けない姿を晒してんだか。
〈頑張れ!!〉
〈もうちょいだけど……〉
〈マジで勝てるか!?〉
超大剣の先でスチーム・ギアを指す。
「蒸気噴出」
蒸気の中で僅かに先を動かしてレーザーを避ける。
ボスが腕を振り上げた。
「浪井さん!!」
拳の落ちる地点へ突撃していく。
全身に鳥肌が立った。顎が震えて歯を鳴らす。
「ビビんな!!」
目を見開いて、超大剣を細かく操っていく。
ボスの目の前で床に足をつけて蹴り出す。
既に頭に熱を感じる近さに拳があった。
それでも、その僅かなステップが……
「はははは!!」
一瞬の隙を突いて190のダメージをいれた。
あとほんの少しずれていれば俺は肩から拳を受けて、床に転がっていただろう。
「当たらなかったから、ヨシっ!」
俺は拳を握り笑う。
右からボスの拳が迫ってくる。
「ぶん回し」
超大剣と拳が弾き合い仰け反った俺は後ろに飛ばされていた。
着地時、少しHPが削れた。攻撃を相殺した分を含めて回復薬1本で済むのなら安いものだ。
「五式・流星」
弾かれた拳に体勢を崩したボスに対して正確無比なバニィの矢が襲い掛かる。
あと少し、もしかしたらバニィの攻撃だけでも……だが、これで、俺たちのスキルは全てクールタイムに入った。もう零式の効果も切れている。
ここからはボスのターンになる。油断はできない。
攻略記事にあったターン制バトルってのをつくづく思い知らされる。
「地道に、だよな」
ボスは木箱を投げ俺たちが凌ぐ。
その間にボスの頭部から赤いレーザーが円を描くように部屋全体を焼いていた。
「ええ!?」
俺は超大剣をしまって走る。
「は?」
背後から熱波迫る中、正面から鉄の拳が来ていた。
足を止める。
タイミングを見ろ。この、動く床に合わせて……
突如、背中から衝撃が走った。
床に倒れ込む。
「はあっ!?」
俺が上体を起こして振り返るとバニィが宙を舞いながら床から上がる火柱に吸い込まれていった。
「おいおいおい!?」
床に手をつき、体を起こしてバニィに駆け出す。
「回復しろ!」
俺はバッグから回復薬を取り出す。
「僕、こういう役目……してみたかったですよ」
「待て!」
「また、先で」
目の前でバニィの体が消えた。最後の表情は穏やかに微笑んでいた。
「なんか満足そうに死んでいったんだけど……」
どうすんだ、これとボスを見上げる。
「くっそ、落ち着け」
ゆっくりと息を吐き出す。
息が切れてきていた。なんだかんだ30分ほど動き続けている。
回復薬は残り2本。
爆発を起こす光線、飛んでくる木箱……攻撃を確実に避け続けていく。
〈頑張れ!〉
〈いける!!〉
視界の端で暖かいコメントたちが流れていく。
まだ蒸気噴出は使えない。まだ、あと30秒ほどある。
「……ずっと考えていたんだ」
超大剣の側面で木箱を受ける。
ボスの右肩から一際デカい蒸気が上がる。
蓄積していったダメージを回復薬で治す。装備欄にある回復薬の数字が1になった。
「このボスに、もし前のように1人で挑んでいたらどうやって勝つんだろうって」
俺は苦笑いしながら頭を掻いた。
ボスが予想通り拳を正面から突き出してくる。
ベルトコンベアの流れを使い加速する。
斜めに飛んで拳を躱しながら、さらにボスに近づく。
「こんなの普通、思いつけねぇよ」
超大剣を天井に向けて投げた。
顔を横に向けると伸ばした鉄の腕があった。
──チャンスはいつも近くにあった。
ボスの腕を掴んだ瞬間、手のひらが焼けて激痛が走った。
歯を食いしばりながら上体を持ち上げ鉄の腕に足をかけて、反転しながら上に飛ぶ。
ボスの頭部が真っ赤に光っていた。レーザーポインターが視界にチラつく。
「届けよ」
空中で掴んだ超大剣を一直線に振り下ろす。
祈りを込めた一撃がボスの弱点を貫く。
〈マジかよ!?〉
〈え? え? うそ??〉
〈うわっ……〉
ロボットが膝から崩れ落ちていく。
蒸気の量が減って、元の黒い体に少しずつ戻っていく。
「アア、アアア……」
嗚咽のような断末魔の声を上げている。
ロボットに宿っていた光が消えた。
真ん中でくっついている人型が項垂れて、声が聞こえなくなる。
「お疲れ」
俺は軽く手を上げた。




