28.ラストスパート
「システム、再稼働。作業ヲ再開シマス」
俺は自然治癒のポーションを飲む。回復薬は残り8個。
──ここまでは順調。
かなり残せた方だろう。
中心のボスに向かって床が動き出した。
「おっと」
身構えていたにも関わらずバランスを崩しかけた。
「異物ヲ発見。排除シマス」
赤いレーザーがこちらに伸びてくる。
流れに逆らわず、そのまま斜めに向かって飛んだ。自然とボスとの距離が近くなる。
俺は懐から一つのポーションを取り出した。コルクの蓋を弾き飛ばし一口で飲み干す。
ボスが腕を振り上げると同時に俺は体を前に倒して走り出す。
「このためにあったのかもな」
背後から地響きが起きた。体が軽い。
左上には移動速度上昇のマーク。
残しておいた足が早くなるポーションを全部持ってきたのだ。
俺が必死に攻撃を躱している間もバニィが絶え間なく攻撃を続けている。
ボスが天井から降ってきた巨大な木箱をつかみ、投げてきた。
「おいおい」
頭を下げて避ける。
「ガッ……」
躱したはずが肩に箱が直撃した。肉が削がれて大きく弾き飛ばされる。もう一つ木箱が視界の外から飛んできていたようだ。
体勢を崩した俺に向けてボスが腕を振り上げた。
「五式・流星」
腕に直撃した青い光によってボスが仰け反った。
「ナイス! 最高!」
立ち上がった俺は回復薬を飲みながらバニィに親指を立てる。
「勝つところ見せましょう。浪井さん!」
バニィの繰り出す矢が確実にボスのHPを削っていく。
「そうだな」
超大剣を構えた。
俺たちは勝って、それで……続ける。
──あと2日か。
昨日、呟いた言葉を思い出した。
「ああ、そうか」
ふいに自分が今日2層を超えて先に進みたかった理由に気付く。
──心のどこかで俺は期限内に3層まで攻略できたかもって思いたかったんだ。
本来の予定なら俺は続けられていたんだって。そう、自分の中でほんの少しの後押しが欲しかったのだ。
それはゲームを続ける資格といってもいい。プロeスポーツ選手だ、なんだと巷で騒がれているけれど、ゲームは一部の選ばれた人間しか続けることの出来ない娯楽で多くの人はどこかでゲームを辞めるか距離を置く。仕事だったり家族だったり、金だったり、もっと人生を賭けるべきことは沢山あるからだ。
「無職のこんな俺がそれでもゲームを続けていい理由」
100万円の借金を背負い、自樹矢と共に暴力上等の仕事をして、このゲームに全部を賭ける、その覚悟のための一歩を──
「浪井さん!」
木箱が目の前にあった。
目を抉り取られたのかと思うほどの衝撃を顔から感じた。
「ううううう」
俺は床に倒れ込み眼球を抑えた。カタカタと歯が震えて鳴っていた。
幸い目は潰れていない。
「あ?」
片目が開かなくなった。ゲームの画面なのか、俺自身の目が開こうとしていないのかは分からないけれど視界が狭い。
回復薬を飲むと同時に木箱が俺に向けて弧を描きながら飛んできた。
「浪井さん、立って動いてください!」
バニィが空中で箱を射抜き軌道を逸らす芸当を見せている。
「ぐぅ……」
それでも捌ききれなかった木箱が体にぶつかり積み上がっていく。
視界は木箱に遮られて暗くなり、身動きが次第に取れなくなる。押し潰された骨が激痛と共に歪み軋む。
「ははは」
レーザービームが飛んできた瞬間に死ぬな、と笑った。
小さな空間で体を動かして床に両手をつく。
「うあああああ!!」
吠えながら上体を起こす。背中に乗っていた箱がずれて落ちる。
木箱に挟まれたままの足を見た。
握りしめた拳を木箱に叩きつけ、穴を開け両手を使って退かす。
「クソいてぇな」
血だらけの拳を軽く振り痺れをとった。
ボスの頭部が赤く光る。レーザービームは確かに俺を捉えていた。
「蒸気噴出」
歯を食いしばり超大剣と共に宙を進む。
人型の部分に切り込み着地した。
ズキンと腕が痛んだ。
「続けるんだ……」
腫れた腕を見ながら回復薬を2本飲む。骨が折れたかもしれない。
これで残りの回復薬は4本。
もうすぐボスの残りHPは3割を切るところだ。
「いける」
正面から2個木箱が飛んでくる。
それを超大剣で薙ぎ払い破壊する。木片が音を立てて周りの床に散らばった。
「ラストスパート来ますよ、浪井さん!」
青い光が爆ぜた。
ボスが不自然に揺れだす。
「ガ、ガガガガ」
見る見るうちに鉄の体が赤くなり白い煙を上げる。
「エラー、エラー」
警告音と共に赤い光が飛んできた。
しっかりとボスを視界にとらえていたおかげで咄嗟に躱せた。
「なに!?」
同時に木箱が飛んできていた。
辛うじて超大剣の側面を使って受ける。前からの衝撃と動く床のせいで転けたもののなんとか攻撃は凌いだ。
「ずっとこの状態が続きます」
「暴走状態ってことかよ」
ボスは誰もいないところに向けて腕を振り下ろしている。
「零式、浪井さんに掛けますね」
バニィが弓をつがえて微笑んだ。
「頼む」
鈍い緑色の光と共にバニィがスキルを唱える。
「零式・戦場」
ボスが握りしめた両手を俺たちに向けて振り下ろした。
俺たちは左右に分かれて飛ぶ。
──零式があるとはいえ、まだ蒸気噴出は使えない。
その間、ああくそ。死にたくねぇ。
下唇を噛んで俺はボスを睨むように見つめた。
赤いレーザーが天井を照らしたと思えば一気に床まで回ってくる。
ほぼ同時に木箱が投げつけられた。複数個飛んでくる木箱はランダムなのか大きく外れていた。
「五式・流星」
青い光を放つ矢がボスの周囲に散った。
壁で小規模の爆発が5つ起きる。
「バニィ?」
横を見る。
床に倒れたバニィの姿があった。近くに転がっている木箱からして、あれに当たったようだ。俺が見ている間も動く床によってバニィはボスの方へ近づいていく。
「くっ」
移動速度上昇の効果はいつの間にか無くなっていた。
ボスが腕を振り上げる。
バニィは高く掲げられた腕を見上げていた。
「ああ……」
小さく悟ったように呟いてバニィが目を瞑る。
「おい!!」
白い蒸気を噴かせながら黒いバニースーツの背中を掴んだ。
腕は変わらず痛い。
それでも……
「勝つんだろ。俺たちで!!」




