26.メリーブと約束
顔を上げると澄んだ青空が飛び込んできて目を細めた。
教会近くの道端に俺はいた。
「……」
教会から神父とそれに頭を下げる信者らしき人が出てきた。
服装から見てプレイヤーではなく現地人だと思う。
俺はフレンドの欄からバニィを探して連絡を取った。
『クエスト終わったらすぐに向かいます』
俺は画面上部のメッセージを見ながら冒険者ギルドへと歩いた。
ギルドホールの中は相変わらずプレイヤーたちがいて活気があり騒がしかった。
まずは冒険者の銀行に行って預けてあった金を全て下ろした。その後、装備の予備や素材を預かってくれる保管庫の管理をしている窓口に向かう。
「本当によろしいのですか?」
「はい」
冒険者ギルドを出た俺はメニュー欄からプレイヤーたちがアイテムを出品しているところを開いた。
「わっかんねぇ……」
売りに出された防具の一覧を見ながら俺は唸った。スキルのクールタイム減少など効果自体は小さいものの様々な能力が防具についている。
「ぐう」
俺は考えるのをやめた。
「バニィに聞こう」
とりあえず武器は先程と同じもので1番品質が良かったものにする。
その後、失った回復薬を補充することにした。バニィにも連絡しておく。
『分かりました! 薬屋に向かいます』
しばらく歩き、メリーブの切り盛りする薬屋が見えてきた。
ちょうどお客さんが来ているようだ。
「はい。ええ、ありがとうございました。またのお越しお待ちしております」
店に来ていた客はプレイヤーだった。確かにメリーブのいっていた通り異世界人の客は増えているようだ。
客が見えなくなるまでメリーブは頭を下げて見送っていた。律儀なものだと俺は思いながらゆっくりと近づく。
「あれ? 西加賀詩さん!」
メリーブは顔を上げるとパッと花開くように笑った。
「回復薬を10個と自然治癒のポーションを3つ良いかな」
「えー朝買った薬、もう全部使い果たしたんですか?」
「まあ、ほとんどね」
俺は目を逸らし苦笑いで答えた。死んだから全部失ったとは流石に言えない。
「もう、無茶しすぎですよ」
「ああ。無茶はしてる」
店の角から黒くて小さな生き物が顔を出した。
「おっ、猫」
モデルのような優雅な歩調でこちらに歩いてくる。警戒などまるでしていない堂々とした歩き方に俺は笑う。
手を伸ばすと避けるくせに俺の足には体を擦り付けてくる。
「自由なやつだな」
猫の首の辺りに触れるとゴロゴロと喉を鳴らした。
「おいで」
よっと俺は腕の中に猫を抱えて持ち上げる。
「西加賀詩さん……」
猫と戯れていた俺は「ん?」と顔を上げてメリーブの方を見た。
彼女の表情は暗かった。
「朝会った時と着ているもの違いませんか?」
「……ああ、うん」
猫が腕の中でモゾモゾと動き俺は地面に下ろした。
初期装備の服についた毛を払う。
気付かれた、かもしれない。
「死ぬってやっぱり痛いんですか?」
やっぱりか。よく見ている。
ため息を吐きそうになりグッと堪えた。
「痛くはあるけど、悔しいとかの方が強いかな」
「悔しい、ですか……」
「いや、悪い」
俺は短くメリーブに謝った。
最近、身内が亡くなった人にする話では無い。
メリーブは「いえ」と答えた。
「死にたくないなー」
俺はゆっくりと顔を動かす。
メリーブを見ようとして、途中で避けて店の窓口の縁をなぞるように視線を動かしていく。
──そんなこと言うなよ。
カウンターの天板の木目を見ながら喉まででかかった言葉はメリーブの表情を見た瞬間に霧散した。
彼女は頬を僅かに上げて、唇でグッと何かを堪えていた。
「違うんです」
彼女は強く首を横に振った。その訴えは苦しそうだった。
目から溢れ出した涙を拭い、彼女は後ろを向く。バンダナに包まれた緑の髪が僅かに揺れている。
「……おい」
「もうバカ、なんで……」
涙声が聞こえてくる。彼女は顔を手で抑えたまま「すみません」と一言残して店の奥に去っていった。
「あれ? メリーブさんは?」
真横からバニィが顔を出す。
俺は頭を傾けて黒いうさぎ耳を避ける。
「まあ色々あって店の中だ」
「そうなんですか」
いつも通り呑気な調子でバニィは言う。
「それでバニィ、この後で防具の更新をしたくて、色々と教えてほしいんだが……」
「もちろん、いいですよ。僕からもお金出しますし、良い物を揃えましょう」
「いや、残しておいた素材も防具も全部さっき売った。金はある」
バニィは「え」と一言呟き目を丸くした。
「すみません。取り乱しちゃって」
メリーブが店の奥から小走りで戻ってきた。
「えっと、それで回復薬と自然治癒のポーションですね」
メリーブが店の棚に手を伸ばす。
俺は彼女の名前を小声で呼んだ。
「はい?」
首を傾げる彼女に俺はカウンターから手を伸ばす。メリーブの目元に残った涙の跡を指で拭った。
メリーブはその間、目を細めたままじっとしていた。布でもハンカチでもあれば良いが、あいにく先程全て売った。
「ん?」
引こうとした俺の指をメリーブが無言でぎゅっと握った。
柔らかい肉が深く沈む。触れ合った部分から熱がこもる。肉の下、互いの硬い骨同士が擦れる。彼女はじっと俺の手を見つめて、祈りを込めているようだった。
「また寄るよ」
「いつでも、待ってます」
手が離れる。
「そうだな、今回のボスに勝ったらまた金も入るし補充も必要だと思うから。そんなに遠くないと思う」
それが今日で無くても。
──色々終わった後に。きっと。
「勝ってくださいね」
「ああ」と頷く俺にメリーブが口を開く。
一拍置いてから閉じた。
彼女は目を逸らし「お気をつけて」と頭を下げた。青いバンダナが揺れていた。
回復薬が装備欄に入ったのを確認して、2層の攻略補給地にワープする。
ここで装備を更新する予定だった。すぐにバニィも続いてやって来る。
「予算は金貨200枚くらい」
先程ざっと見た感じ、そのくらいあれば装備を全て新しくするとはいえ足りそうだった。
以前マイホーム購入の案もあったが、1週間しかやらない予定だったので買わずに貯金していた。そのため俺の懐にはある程度の余裕がある。白いカマキリを倒して金貨4枚で喜んでいたあの時と比べ物にならないほどに資金は増えた。
「……そこまで費用はかからないと思いますけど」
「そうか。配信は、まあ防具を買ってからお披露目でいいか」
俺が防具に悩む姿なんて見ていてもみんなつまらないだろう。
「今日で2層を終わらせたい」
俺は攻略補給地の奥に聳え立つ2層への扉を睨みながら言った。
俺の呟きにバニィが「あの」と声をかけてくる。
「朝も言ってましたけど……何か今日にこだわる理由があったりするんですか?」
咄嗟に答えが出なかった。
今日にこだわる理由。
──明日も……やれるか。
バニィとの約束があったから。
でも、それは今日中に2層を攻略したい理由の全部じゃない。
しばらく考えた後、頭を掻きながら「俺にもわかんねぇ」と正直に答えた。
「そうなんですか?」
「3層攻略で1万マネーのキャンペーンも終わったしな」
「……もしかして浪井さんが急いで3層まで攻略したかった理由って、お金?」
俺は「まあ、そうだ」と頷く。
3層攻略で100万円の借金返済期限が伸びるからとは言えないけどあの時、金が欲しかったのは本当だ。
「金がない生活はしんどいからな」
飢え、というのは腹が空いていることだけじゃない。
心も体も余裕がなくなっていく。
でも……
「最近はみんなのおかげで以前より懐に余裕があるけどな」
ニッと笑って言った。
「だから、わかんねぇんだ」
俺が先に進みたい理由。
「それは……きっと2層の先にみんなと行けば、分かると思います」
バニィが深く頷いてから笑って言った。
「配信つけましょうよ浪井さん。防具なんて攻略記事の丸パクリでいいんですから」
「そうか?」
俺は親指の先で眉毛を掻く。
「それで、いきましょう。スチーム・ギア」
バニィは噛み締めるように「きっと倒せなくても」と1人頷いていた。
「じゃあ、そうするよ」
俺は『LIVE』と書かれたところを押す。
文字は音もなく赤い点に変わり視界の端に0と数字が現れる。
〈待ってました!〉
〈お邪魔しますー〉
あっという間に右上の数字がグングンと増えていく。
視聴者数は100人を超えた。
「いらっしゃい」
コメントに返事をして、攻略記事通りの装備を一式買い揃え、俺はボス部屋の前にワープする。
「いくぞ」
石の両扉を押して開いた。




