25.鷹と鳩
「おい」
自樹矢は扉から外に顔を覗かせてスタッフの1人に声をかけた。
「誰か美竹交番に連絡しとけ。後の奴らはこいつら店の外に引っ張り出して」
「おーす」
ゾロゾロとスタッフたちが数人がかりで外国人たちを引きずっていく。
「シュッとして、スパーン」
1人のスタッフが俺の方を見ながら下から上に拳を突き上げる動作をした。ニヤニヤと笑っているが俺を揶揄っているようには見えない。
「はあ」
俺は無視して床に落ちたスナック菓子を拾った。そのまま棚に戻すのも申し訳ないので、買うか、とレジに近づく。
「あの」
俺はコンビニ店員に声をかけた。
レジカウンターにスナック菓子を置いても、マネー払いの画面を見せても反応がない。
「はっ、はい……あっすみません。はい」
僅かな間の後、露骨に目を逸らされた。
「あれ、あれ?」
コンビニ店員はスナック菓子のバーコードを読み込もうとしながら何度も首を傾げていた。
──何もしないっての。
俺がスマホをレジカウンターに置いて一歩後ろに引いた時、自樹矢が横からやってきた。
「うちは何人か殴られたけど、そっちは大丈夫か?」
コンビニ店員は「ああ、はい……」とため息混じりに答えた。
「あの。これ、どうしましょう?」
床についた血の跡や外で騒ぐスタッフたちを見渡してコンビニ店員は自樹矢に聞いた。
「まずは店長に連絡じゃないか」
「そう……ですよね」
渋々といった様子でコンビニ店員は背中を丸めて裏へ入っていく。
自樹矢は床にしゃがみ、落ちた商品を持ってレジカウンターに置いた。
「俺が警察の相手をするから、西加賀詩は店内の掃除をしといて」
俺は「うっす」と頷いた。
血の跡を拭って掃除を終え、外に出る。
ちょうど2人の警察官がやってきた。スタッフたちの間に緊張が走る。俺も警察官の姿を見ただけで体温が少し下がったのを感じた。
「すいませーん。ここで通報を受けたんですけど」
自樹矢が前に出る。
「あっ、お疲れ様です自樹矢さん」
警官の1人が自樹矢に頭を下げた。知り合いらしい。
「悪いな、出張ってもらって」
「いえ、仕事なんで。どうしたんですか?」
「こいつらが暴れてたらしくてな」
警官は「はあ」と外国人たちの方を見た。
目元が腫れていたり、布で口元を押さえていたりと明らかに何かあった後だ。
──これはまずいだろ。
頬が引き攣った。
怯む俺とは反対に自樹矢は腕を組んだまま堂々としていた。
「ちょっとじゃあ色々と聞いてみますね」
「ああ、頼む」
その後、しばらくしてコンビニの店長が飛んできたり警察官が外国人たちを交番まで連れて行ったり、スタッフの1人が重要参考人として交番に行くことになった。
「ざましたー」
俺はコンビニで弁当を買って電話中の自樹矢を待った。他のスタッフ同様形式的なことは聞かれたものの、俺だけが特に追求されるようなことはなかった。
「ああ、そうか」
自樹矢が耳からスマホを下ろして、俺の方を見た。
「相手が起訴する気はないらしく小競り合いとして処理するそうだ」
俺は弁当を口にかき込みながら「ほうでふか」と返事をした。
店内であれだけ暴れたにしては穏やかな結末だと思う。ろくに中も調べていない。不気味というか、抜けているというか。
「俺は店長と話してくるから、帰っていいぞ」
俺は弁当から顔を上げて「ええ……」と口をへの字にして自樹矢の方を見た。
ルールがどうとかで酷い目にあったから待ったというのに。
「さっき見て気付いた。お前は目的のためなら暴力すら厭わない鷹側の人間だ」
「タカガワ?」
「協調性を重視する人間を鳩、強行的な手段をとる人間を鷹と形容する理論だ」
「はあ」
自樹矢が何を言っているのかさっぱりだった。
鷹だの鳩だのと……
「次に鳩が増えたタイミングで俺たちは羽ばたく」
「鳩が……増えたタイミング?」
自樹矢の言葉を借りるなら協調性を重視する人間が増えた時らしい。きっと平和な時代なのだと思う。
そして、鳩の増えたところで鷹たちが羽ばたく。
──混乱が起こるな。
一斉に鳩が逃げ出し羽の舞う空を想像した。
顔をしかめる俺に自樹矢は無表情のまま淡々と言った。
「お前は鷹側の人間だ」
そんな言葉を残して自樹矢はコンビニに入って行った。
「なんだそれ」
俺はエンジェルサンへの帰り道にネット通販から機材の値段を調べた。
「あった。シン・メタファンタジー。フルダイブ型VR機器……うえっ!?」
新品は40万近い。
たかがゲーム機材1つで中古の車が買える。いくらマネーで買えるとはいえ、流石にそこまでの額は持っていなかった。
「くっそぉ……」
俺はうなじを掻いて、画面をスワイプする。
今熱い新人ライバーランキングのサイトを開いた。
「……そうか」
俺は4位まで落ちていた。ついにアイコンから冠がなくなるらしい。しかも5位にいるライバーは配信中で、俺がここからさらに落ちるのも時間の問題だと思った。
「バニィ……」
バニィのランキングは9位まで落ちていた。朝、3位だったところからもうすぐ1桁台から落ちるところまでになっている。
バニィは昨日の夜から配信をつけていないらしい。
──最近は自分の中で配信をつけたら笑うのがルールみたいな。
俺は目を伏せてスマホをしまう。
俺にとってバニィは配信者のライバルとかでは無く、考え方から違う遠い存在だと思っていた。Vtuberというのも未だによくわからない。
それでも一緒に攻略している仲間が不調なのを数字でまざまざと見せつけられると気分は落ちた。
「ええー!? それで1人で帰ってきちゃったの?」
廊下に立っていた昇華が声を響かせた。
コンビニであった事件の説明を終えた俺は肩をすくめた。
「何してんの、あの人。ほんと」
プリプリと怒りながら、エンジェルサンの出入り口を睨んでいる。
「じゃあ、あと少しだけしてくるよ」
ツナキチが居るはずの部屋を見る。さっきサイトを確認した時はまだ配信をしていて、1位の座も保ち続けていた。
「あたしが最後の回収を任されてるから終わったら声かけて」
「はいよ」
「それで、あのデカい機材を車で運ぶから手伝ってね」
そのくらいなら、と頷いた。
部屋に入る。
「よしよしよし!」
ツナキチが座ったまま小刻みに揺れていた。
俺も自分の椅子に座り機材を付け直す。
ゲーム内で時間を確認した。現在時刻は15時3分。
──これがラストランだ。




