24.コンビニ
「いやー、あたしの手持ちバカばっかだし、お願いね」
自樹矢は昇華に頷いて「コンビニだったか」と扉の方へと歩き出した。同じ会社の者同士だからか、やけに素直だ。
「あー、はいはい。それねー」
スタッフから呼ばれた昇華がバインダーを小脇に抱えて去っていく。
置いていかれた俺は仕方なく扉の方へと向かう。
──なんの冗談だよ。
ビルから出て俺は自樹矢の横を歩きながら、リードに繋がれた犬のようにチラチラと隣の様子を伺った。たかがコンビニへ行くだけだったのに、どうしてこんなに怯えなくちゃいけないんだ。昇華は何を考えているんだ。恨みごとばかりが溢れてくる。
「西加賀詩だったか、ゲームの方は順調らしいな」
自樹矢が話しかけてきた。
俺は目を丸くする。俺の名前を知っているらしい。
「ああ、えーと……まぁ、そうですね」
気まずい愛想笑いしながら地面を見た。
「だが、こうなったからには腹を括るしかない」
急に向こうから現実を投げつけられて体の熱がすっと下がる。きっと1万円配布のキャンペーンが終わったことを言っている。
一瞬、足が止まり慌てて自樹矢の後を追った。
「全部、知ってるんですね」
「会計の管理には俺も一枚噛んでる。お前が上がり調子だったこともな」
上がり調子。数字上ではそう見えていたのか。
「……これから俺はここの仕事をするしかないですよね」
「ああ、俺の仕事を手伝ってもらう。ちょうど人手が欲しかった」
自樹矢の仕事と聞いて、ため息が出た。最悪だ。
「たとえば、どんな仕事なんですか」
「バンジージャンプの前に高さを聞いたり下を覗いたりするとどんな気持ちになると思う」
自樹矢が何を言っているか分からなかったが「ビビると思います」と俺は咄嗟に答えた。
「なら、どんな仕事かは聞かないほうがいい。興奮するなら教えたが」
「……ろくな仕事じゃないってことですよね」
「仕事に貴賎は無い。あるのはそれぞれのプライドと集団心理。それと帳簿で増減する数字だ」
前から歩いてくる人々が皆、自樹矢を避けていく。
顔を合わせないように目を伏せる人もいれば、自樹矢の顔を見て苦笑いを浮かべる人もいた。
彼は一切動じない。ただ動く壁のようだった。
「すまない」
自樹矢が手を伸ばして俺を止める。ゴワゴワの黒いズボンからスマホを摘むように取り出す。
「ああ、俺だ。どうした」
俺は自樹矢の電話が終わるまでなんとなしに反対側の歩道に目をやった。
道路を挟んだ視線の先、人混みの中を走っていた若い男が俺の方を見る。
こちらに指を差して人混みの中へ何かを叫んだ。
「は?」
その若者は車道へ飛び出してきた。
クラクションを鳴らされながらもそのまま道路を突っ切っていく。
歩行者たちの視線を一身に集めながら、
「自樹矢さん!」
と彼は声を張り上げた。
自樹矢はスマホをしまって腕を組む。
「どうした」
「なんか、コンビニに昼飯を買いに行ったら、その店で外人が暴れてて」
「今はどうしている」
「他の奴らが説得してます。でも、英語で全然何言ってるか分かんないし。ボクシングか何かでちょっと有名らしくて、結構イケイケです」
「お前らは殴ってないよな」
「はい。ちょっと殴られましたけど、大丈夫です」
若者の口調は軽く、軽薄なタイプのようにも見えたがよく見ると頬に汚れと擦り傷が付いていた。どこかにぶつかった跡だ。
「そうか、よくやった。案内してくれ」
「うっす」
自樹矢が若者と共に走り出す。
「あの、俺は?」
2人の後を追って俺も走る。
「ちょうどいいな、ついてこい」
何がちょうどいいんだ、と首を傾げながら後をついていく。
街角を曲がり、長い下り坂の下にあるコンビニの前に数人の男たちがいた。
エンジェルサンのスタッフらしき人が両手を軽く上げながら外国人に向かって何か訴えかけている。
「おっと」
話していたスタッフが突き飛ばされて道路に尻餅をつく。痛そうだ。
すぐさま別の若いスタッフが外国人に肩をぶつけて間に割って入った。
「おい!」
俺たちを案内していたスタッフが叫ぶ。
見ると間に入ったスタッフが頭突きをくらっていた。
外国人たちは周りで笑い囃し立てて、スマホでスタッフらの様子を撮影している人もいる。
「あちゃ……」
頭突きをもらったスタッフが背を丸めて鼻を押さえている。おそらく鼻血が出たのだろう。
「自樹矢さん!」
外国人を抑えていたスタッフの人が縋るような声で自樹矢の名前を呼んだ。
「中に押し込むから、お前らは外で張っといて」
自樹矢は短く指示を出して、監視カメラの位置を確認しながらコンビニに外国人の1人を押し込んだ。1番イケイケで先頭に立っていたので目をつけられたのだろう。それか、先程スタッフに頭突きをくらわせた彼にお礼をするつもりなのかもしれない。
呑気な入店の音楽が店に流れる。
「あの、えっ? ここで!?」
ビルの隙間に埋め込まれた小さなコンビニ。
そこで働く不幸なコンビニ店員が入店してきた俺たちを見て目を白黒させていた。年は大学生くらいだろうか。
「おー、ちょっとお邪魔するよ」
1人の外国人が押し込まれた仲間を救うためか自樹矢の服を外へと引っ張ろうとする。自樹矢はびくともしていないが服が伸びていた。
「西加賀詩、店内でこいつらを抑えとけ」
「はあ」
ポカンと口を開けて、こいつらと呼ばれていた外国人たちを見る。
3人。これを俺1人で相手するのかよ。
「無理でしょ……」
ぼやいて外国人たちに向き合う。
撮影を続けている外国人のスマホを手で打ち上げた。
──とりあえずムカつくし。
落ちたスマホに蜘蛛の巣のようなヒビが入る。手を広げ外国語で何かを捲し立てだした。
俺は首を傾げる。
服の袖を掴まれそうになったので、反射的に殴って止めていた。拳の突き出た骨が腕の肉に僅かに沈む感触がする。
「これ、大丈夫なんですか」
眉間にしわを寄せながら俺は自樹矢に声をかけた。
「窓側はやめておけ」
視界の端から躊躇なく俺の顔にむけて拳が飛んできた。結構相手も肝が据わっている。
屈んで流すと肩を掴まれた。
ふいに店内が揺れてスナック菓子が棚から落ちる。後ろの自樹矢からだ。
「ひひい」
コンビニの店員がレジの後ろで縮み上がっていた。
俺は肩を掴んでいる腕を捻り上げながら後ろを覗く。自樹矢が外国人を床に叩きつけていた。その後、躊躇なく顔を足で潰しにいく。
「もう、しーらね」
俺はそこで常識的な思考を止めた。
相手の顎の下から拳を突き上げる。硬い骨同士がぶつかる。下手すれば指の骨が砕けかねないが……今回は口から歯が飛び出してきた。
横からビチッと頬に浅く拳をもらう。服を掴まれて引っ張られながらの体勢で、殴ってきた相手の脛に蹴り込む。
「おおっう」
相手は崩れ落ちた。
そのままの勢いで服を掴み続ける相手の鼻先に踵を叩き込む。
鼻の軟骨が歪んだ感触がする。
その瞬間、胸の奥がスッとした。こめかみの血管からドクドクと強く打つ心臓の鼓動を聞く。
「ふっーーー」
長い息を吐いてから店内の床にうずくまった人たちを見た。外国語で何かを呻いている。
「ヤッベェ……」
一気に現実がやってきた。
頭の片隅ではドーパミンのせいでハイになった自分が叫んでいるが、もうそんな戯言に耳を傾ける余裕は無かった。
「どうするんですか。これ」
俺は目の前に広がる大惨事から目を逸らし自樹矢の方を見た。




