23.配信者
「バニィは……ゲームを楽しめてないのか?」
教会のすぐ横の椅子に俺たちは並んで座っていた。
前の道は人通りが多く、たまにこちらを伺う人もいる。
「ええ、まあ」
バニィが曖昧な表情で笑う。
「……悪い。ちょっと待ってもらっていい?」
俺は配信を閉じた。多分、あまり視聴者に聞かせる話でもないだろう。
ランキングは1つ落ちて3位になっていた。
また、知らない新しい人が2位に来て、1位は変わっていない。
「初めはファンタジーオブシンがすごく楽しかったんですけど、最近は……全然」
「飽き、とかじゃないか? 別のゲームでもしてみるとか」
月並みな提案だが、世界には色々なゲームがあるし、こんな機材をつけずに楽しめるものが沢山あるだろう。そもそもゲームに囚われる必要もないし。
「他のゲームだと人が来ないんですよ。このゲームで初めて伸びたんで、僕」
「人が来ない……か」
なるほど、と呟く。
配信者らしい悩み、いや、Vtuberらしい悩みというべきか。俺には無い発想で、それ以上の言葉が出なかった。
「でも、配信自体はすごく楽しいんですよ? コメントが来て、一緒に盛り上がってる時に僕生まれてきて良かったなって、本当に思いました」
「……感想がずいぶん重たいな」
アハハ、とバニィが笑う。
でも多分本当にバニィはそう感じたのだろう、と俺は思う。
「ああ、でもちょっと分かるよ。俺も初めて貰ったマネーで買ったコンビニの酒のこと今でも思い出せるし、感謝してる」
見上げた星空、高揚した気分、もっと稼ぐぞー、と叫んだ言葉まで……
あの時のお金で確かに俺は命を救われた。
「えー、やっぱり浪井さんが覚えるのはお金なんですか?」
「ん? うん」
「僕は初めて配信した時のことが一番の思い出ですねー。最初の30分くらい誰も来なくて、ずっと喋りながら悲しくなっちゃって」
「確かに初めて配信した時のことは俺も覚えてるな」
視聴者が0になって案外自分が凹んだこと。
ずっと右上の数字を気にしてしまうこと。
そうだ。そんなことがあった。数日前のことなのに、随分と昔のように思う。
そういうことをバニィと共に話した。
「最近は自分の中で配信をつけたら笑うのがルールみたいな」
「それを自分で決めてんだ。スゲェな」
立派だ。
誰にでも出来ることじゃない。
少なくとも俺には出来ないだろう。自分や誰かが決めたルールを守れたことの方が少ないから。
素直に俺は感心して頷いた。
「浪井さんはずっと楽しそうですよね」
「え?」
俺はそうかな、と首を傾げた。
「コメントにムカつく時もあるし、ゲームが苦しい時だってある。辞めたくなる瞬間だってあったから……別に、なぁ?」
バニィは「ええ……」と困惑したような声を出した。
瞬きを繰り返し、顔をしかめている。
「じゃあずっとなんで続けてるんですか?」
そう改めて聞かれると困るが……
俺はしばらく考えて、
「やっぱり金かなぁ?」
と首を傾げたまま答えた。
「お金……ですか。じゃあ今度、マネーコメントします……」
「なんかゴメン」
片手を縦に切りながら謝った。
なんとなく画面の時間を見ると昼過ぎだった。
小腹が空いている。
せっかく配信を切っているしバニィにしばらくの休憩を伝えて昼飯を探すため機材を外す。
「うわっ……」
近くの机にはエナドリだけが置いてあった。
昼飯は買い忘れだ。
「まずいな」
誰かに買って来てもらうしかないのか。
また小さな弁当でぼったくりにあっても嫌だし、どうしたものかと部屋を見渡す。
「あっ!?」
部屋で椅子に座っている人がいた。
顔は機材で見えないが黒い髪は短く、若干猫背だ。
急いで機材を付け直し、ランキングから1位の人物の配信を確認する。
「してる」
600人以上が今も彼女の配信を見ているらしい。
名前は『ツナキチ』
画面を見る限りダンジョン3層の攻略配信をしているようだ。
俺は若干のためらいと緊張を感じつつ配信を押してみる。
「っすーー……あっ、ここは左から、絶対、回り込むようにすると攻撃喰らわないんで。はい」
本来、画面下に出るキャラクターもいないし、やけに喋りも早口だ。
それでも……
「うっま」
思わず俺は声を出した。
連続で繰り出される拳を視界の外で躱していく。
背後から地響きのような音だけが聞こえた。
「後は、溜めてー」
横に大剣を構え、腰を落とす。
宙に向けて放たれた斬撃がモンスターの動きと噛み合い400越えのダメージを出す。
「あー、気持ちぃー」
〈ナイス!〉
〈ナイスです〉
同じようなコメントが大量に続く。
俺の玉石混交のコメントたちとは違い、統制がとれている。
「ふひひ」
俺は「怖っ」と身震いをして配信を閉じた。
なんだあの笑い方、と苦笑いしつつ機材を外して立ち上がる。
本来の目的は昼飯を買うことだ。
「ふへへ、ふへっ」
おそらく新人ランキング現在1位のツナキチの姿がそこにあった。
笑うたび小刻みに揺れている。
──近寄らないでおこう。
彼女から目を逸らした。
部屋をスタッフが掃除をしていて忙しそうにしていた。
適当に立っているやつを捕まえようと廊下に出る。
「ん、どうした?」
廊下に出てすぐのところに昇華がいた。
昼飯を買いたいことを伝えると……
「じゃあ暇そうにしてた人、貸すよ」
「おっ、助かる」
「ちょっと待ってて」
昇華がヒールを鳴らし去っていく。
しばらくして昇華が連れてきた人物に俺はしばらく言葉を失った。
「ああ……どうも。自樹矢、さん」
俺は目の前に聳え立つ逆三角形の体を見上げる。背中に滝のような冷や汗をかいていた。




