18.期限
「な……」
俺はキャンペーン終了のお知らせに固まった。
飲もうとしたビールが口からこぼれて落ちる。
「うわっ!?」
慌ててスマホをテーブルに置き、ティッシュで濡れたズボンを拭く。
その間、どうすると頭の中で思考を回す。
「それしかないか……」
俺はビール缶を置いてスマホを取り電話をかけた。
「はいー?」
昇華の声とゴーッとドライヤーの風の当たる音がする。
俺は昇華にキャンペーン終了が予定より早まったことを伝えた。
「だから、前提条件から崩れたんだよ」
昇華は「やっぱりー」とケラケラ笑った。
俺は眉間にしわを寄せた。昇華はこの企画の担当と聞いていたから連絡をしたのに……
「参加者の誰も達成できてないだろ」
俺は少しムッとしたまま言った。企画倒れだ。
「いや? うちからは4人が3層攻略してるよ。全員同じパーティーで1人は君と同じ初心者の子がね」
俺は耳を疑った。
あの中に攻略した人がいる?
まさか……
「この4人は条件達成したでしょ。それともう1人、さっき連絡が来てうちで続けたいって」
「は? なんで」
「その人は3層攻略してないんだけど、そもそも機材持ち込みだし。借金ないからねー、場所と税理士とかのサポートの提供って形で契約を続けるみたいよ」
俺は部屋の壁に背をつけて天井を仰いだ。
そんな奴がいたのか……
「そもそも3日前くらいからクリアした人、たくさん出てたもん。途中から運営はどうするんだろって感じだったし」
アハハと気楽そうに昇華が笑う。
俺はデコから頬にかけてを手で引っ張るようにして撫でた。
「それで、君はどうするの?」
「どう……って?」
「1つ目の選択肢は機材を売却して残った借金分の返済をする」
初日にスタッフから聞いていた選択肢だ。
ああ、と俺は腑抜けた返事をする。
「2つ目の選択肢、100万の機材を購入して借金を返済しながらここで配信活動も続ける」
「それは……」
「あたしのおすすめは1つ目かなー。残る借金って30万くらいだからさ、そのくらいならまだうちではまともな内に入る仕事をあたしが何個か紹介する。それなら1週間有れば返せるし」
そこで昇華がドライヤーを止めた。
「それで、うちとはもう関わらない」
やけにはっきりと聞こえた。
昇華から拒絶されたように思う。
「……仕事って、何するのさ」
自樹矢との件を考えると碌な仕事では無いだろう。
それこそ最近ニュースになっているご老人宅を襲う若者の1人なんかにされても嫌だ。
「荷物運びとか、最近は外国人向けのビジネスにも手を出してるかなー、それこそ東南アジアで日本語の先生とか、どう? 需要あるよ」
「勘弁してくれ」
俺は渡航経験も無ければパスポートすら持っていない。
「で、どうするの?」
考えるまでもないように思えた。俺には金が必要で、借金なんてもってのほかだった。仮に借金を背負うなら、少なければ少ないほどいい。
ましてや犯罪紛いの仕事までしたくない。
ああ、間違いないな──
「もう少し時間が欲しい」
自分の口から発した言葉に俺は驚いた。何を言っているんだ。
「うーん、それは無理かな」
昇華の声と共に背中へ吹き上げる強い風を感じた。
振り返ると俺は崖っぷちに立っていたことに気付く。
いや、この数日間少しだけこの崖から目を背けていただけなのだろう。いつも俺の踵は崖の方に飛び出している。
スマホを握る手に力が入り、唾を飲んだ。額に汗が滲んでいた。
「あのゲーム用の機材の捌け口、やっと見つかったんだよねー」
いやー良かった、と昇華が言う。
これのどこが良いんだよ、と目を瞑る。
ふと、俺は動画サイトで見たサムネイルを思い出した。
「シン・メタファンタジー。フルダイブ型VR機器、転売ヤー破産確定……これが理由か」
昇華は「うーん」と曖昧な返事をした。
「個人宅に置いてあるのが悪いから」
「はあ?」
「まー、まー」
呑気な返事に頬が引き攣る。
昇華にとってはどうでも良いのだろう。
俺はため息をついて「どうする」と自分自身に聞いた。
──はい!!
バニィの眩しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
「……頼む。あと1日くれ」
「1日? それで三層が攻略できるの? まぁできたとしても、もう関係ないけど。うちは惜しかったで賞とかないよ」
「明日だけは予定があるんだよ」
「えーそれ私用でしょ? 無理無理」
「ああ私用だ。だが俺も昇華の私用に一度付き合ってる。あの時、俺は業務時間外だろ。しかもその後、こっぴどい振られ方をした」
横の席の人に笑われたんだぞ、と口を尖らせて言う。
「それを言われるとこちらとしても弱いね」
昇華が鼻から息を吐いた音がスピーカーにのっていた
「まあ、良いよ。1日くらいなら。ただし、待つのは1日だけね」
「わかってる。ありがとう」




