17.ラトルパス
ラトルパスから俺たちに向けて触手が伸びてきた。
俺は前へ飛び込むように転がって躱す。超大剣の重さにもだいぶ慣れた。
工場内の通路が揺れる。
床に手をついたまま俺は後ろを振り向いた。
「マジか」
先ほどまで自分の居た場所が大きく凹んでいた。傷ついたのか通路の壁を這っていた太いパイプから蒸気が噴き出している。
ヒュン、と風切り音が耳元をよぎった。
バニィの放った矢がラトルパスの触手を穿つ。
超大剣の間合いに入った途端、3本の触手が俺に向けて迫った。触手からは歯車が忙しなく回転している音がした。
まずは1つ目を避ける。
「がっ……」
ほぼ同時に来た2本目の触手に横から肩を突かれた。通路の壁に叩きつけられる。側頭部を強く打つ。世界が一瞬回った。
追撃の触手が俺のすぐ横の壁を貫いた。耳鳴りがする。偶然、外してくれたらしい。
俺のHPが半分程度飛んでいた。2発連続は受けられないだろう。
薄く油が張ってベタついた壁に手をついたまま回復薬を飲む。
〈つえー〉
〈やっば〉
再び、ラトルパスに矢が命中し目に見えてHPバーが削れる。
──まだ何も、出来てねぇ……
ギリリと奥歯が擦れる。
これだけ見てくれている人がいるのに……
俺は超大剣をしまい、無手のままラトルパスへ一気に近づく。
「よっ」
伸びてくる触手を踏み飛び越えた。
その勢いのままに空中で超大剣を取り出して切り込む。
ラトルパスを覆う金属にぶつかった刃先が白い火花を散らす。強く抵抗の後、大きく超大剣を振り抜いた。
金属の破片が床に落ちて音を立てる。
「痛っ」
反撃の触手が足を薄く掠めた。血が滲む。
これで3割ほどHPが無くなるのだから、ラトルパスの攻撃力の高さが窺えた。
「懐かしい……」
桁違いに強かった白いカマキリ相手に足を踏まれただけで瀕死になっていたあの頃のようだと思う。
「五式・流星」
背後からバニィの声がした。
──そうか。今の俺は仲間がいるか。
凛とした立ち姿から引き絞られた大弓が青い光をまとっている。多分、大弓の固有スキルだと思う。
弦が跳ねると同時に矢が消える。
「あ?」
通路が一瞬青く煌めく。
同時に5本の矢が機械仕掛けのラトルパスに穴を開けた。
ラトルパスのHPの2割が吹き飛ぶ。
「つっえ……」
唖然とする俺を置いてラトルパスは触手を動かす。
自身の直感を信じて身を屈め触手を見つめた。
「なっ!?」
3本の触手が俺の頭上を超えていった。
天井の照明が遮られて暗くなり、激しく動く歯車の音が上から鳴り響く。
一点を刺すように3本の触手が全てバニィに降り注いだ。
通路が揺れている。
「おい!」
俺はバニィの元へ駆け寄った。
「避けたんですけど、それでも結構もらっちゃいました」
ハハハと頭から血を流しながら笑っていた。
死んでないと分かり俺は息を吐く。
バニィのHPはギリギリだったが残っていた。
「大丈夫かよ」
「……うん」
「回復してろ」
1本。真っ直ぐ、触手の先が俺たちに向かって伸びてくる。
──早い。
一歩、足を前に出す。腰に体重を乗せた。
金属同士が激しくぶつかる。
超大剣に打ち上げられた触手が天井の照明を貫いた。細かいガラス片が頭上から降り注ぐ。
「なんだ……」
ラトルパスは全ての触手を通路の奥に置いていた丸い壺のような頭の中へと収納した。ゴトゴトと頭を揺らしている。
「なんでしょう、まぁチャンスっぽくはあります」
バニィは大弓に矢をつがえた。HPは8割ほど回復したようだ。
「そうだな」
俺は再びラトルパスに向けて駆け出した。
行ったり来たり忙しい。僅かに息が切れてきた。腹も減ったな。
「うわっ」
黒煙が丸い壺から噴き出してきた。
咄嗟に手で遮ったものの状態異常、視界不良となっている。
剣をしまい黒い霧の中で歯車の音だけに集中する。
──きたっ!
横っ飛びで躱す。
視界が晴れる。ちょうど黒煙からも抜けたようだ。
ラトルパスは8本の腕を再び伸ばして待ち構えていた。
「なるほど」
ピンときた。
「バニィ、矢を止めて回復でもしててくれ」
「え? はい……」
俺はラトルパスに初撃必殺の乗った超大剣を叩きつける。
HPが1割程度、ゴリッと削れる。いつ見てもこのダメージは気持ちがいい。
ラトルパスのHPは残り半分ほどとなっていた。
触手が動く。
──見ろ。
「4か」
上から触手が降り注いでくる。
1発目、後ろに軽く飛ぶ。2発目を目で追いながら頭を下げて躱す。
3発目は……
「くっ」
広い横薙ぎ。
鉄製のベルトが俺の肋骨を横から叩く。確実に何本か折れた。
すぐに4発目が来る。冷や汗が吹き出した。
「うぐ……」
硬い床に腹を打ちつけて、なんとか避ける。醜いが、生きてる。
「浪井さん!?」
手を広げてバニィを止める。
歯を食いしばって超大剣を構えた。
超大剣を振って弧を描く。
剣先がラトルパスの金属部品を跳ね飛ばした。
「っつ!」
反撃に飛んできた触手がデコを掠めた。目に垂れてきた血に瞼が痙攣する。手の甲で拭った。
回復薬を飲む。
「大丈夫ですか……」
バニィの不安げな声にニッと笑う。
「そろそろ弓、構えとけ」
フーッと長く吐いて肺から空気を抜く。
息を止めたままラトルパスへと近づいた。
ラトルパスも動く。
──2本、だろ。
2本の触手が俺の左右から挟むように伸びてくる。
超大剣を盾のようにして1本の触手を正面から受け止めた。
「ゴボッ……」
俺の胸から鉄の触手の先が突き出ていた。
赤く染まっている。濃い血の匂いがした。
「ハハハ、くそ」
大きく振り回された後、床に打ち付けられた。
熱いのか、寒いのか。体が震えていた。最悪死んでもいいと思っていたが……
「これは、これで」
きっとラトルパスは触手を再び壺の中へと戻すだろう。
目を閉じる。
「起きてください」
頭の上から甘い香りの液体を注がれた。
「あ?」
目を開けた。
バニィが回復薬の瓶を俺に使ったらしい。もう少しまともな使い方をして欲しかったけど。
「主役が目を瞑っててどうするんですか。僕は配信つけてないんですよ」
「……休ませてくれよ」
「いいえ。浪井さんは、そんなこと言わないです」
バニィの声は僅かに苛立ちを含んでいた。
「は?」
俺はポカンと口を開けて問う。
「休みたい時でも3層を攻略するってダンジョンに向かえる人だったじゃないですか」
ニコリと笑いバニィはバッグから2本目の回復薬を取り出す。
思わずため息が出た。
「厄介なやつに目をつけられたんだな。俺」
立ち上がり、自分の回復薬を飲む。
ラトルパスは全ての触手を再び動かしていた。
せっかく隙を作ったっていうのに。
「行くかぁ……」
俺はラトルパスに駆け寄った。
俺の背後から矢が一斉に飛んでくる。
今回はダメージが小さい。
「状態異常か」
攻撃力低下がラトルパスに付いていた。
超大剣で斬りかかる。そろそろ合わせて飛んでくる反撃の触手も避けたいが……
「うおっ!?」
目の前で伸びた触手が串刺しになって止まる。
「五式・流星」
静かにバニィが唱えた。
5本の矢が触手の間を縫って奥の壺型の頭部に青い光を放ち炸裂した。
飛んできた鉄片を手で掴む。
「ギアを一段上げたな、あいつ」
俺に向けて左右から触手が襲い掛かる。
奥ではさらに2本準備を始める触手が見えた。
「合わせます!!」
バニィの叫び声。
背後から迫る2つの風切り音。
「頼んだ」
俺は上に向けて飛んだ。
俺に向けて伸びていた2つの触手が矢に射抜かれてブレる。
奥のバニィに向けて天井の辺りから伸ばされた2本の触手を俺がまとめて薙ぎ払う。
僅かな抵抗の後、2本の触手が切れた。床に部品を撒き散らしながら落ちる。
床を強く踏み込みラトルパスに超大剣を大きく振りかぶる。
「これで……トドメだ」
真っ直ぐ振り下ろされた一筋の軌跡がラトルパスのHPバーを消した。
疲れからか俺はその場に崩れ落ちた。大の字になって床に寝る。工場の稼働音が頭の下から響いてくる。
視界の端には金貨が山になってレア度の高いドロップ品が転がっていた。
「やったあああ!!」
バニィが無邪気な笑顔で手を広げて飛び込もうとしてくる。
「引っ付くな」
寝返りを打って躱す。
「あっと、すいません。つい……」
疲れた、と俺は呟いた。
「疲れましたねー」
横にバニィが座り込んだのか床が軋んでいた。
「明日も……やれるか」
「……はい!!」
片目を開けてバニィを見る。
眩しい笑顔がそこにはあって鼻で笑った。
〈おめでとうー!〉
〈ナイスファイト!!〉
「みんなもありがとう」
それからお金と素材を回収して気がつけば終業の時間となっていた。
約束通りバニィとフレンドを交換して連絡を取り合えるようになる。
「今日も1位だったか」
今熱い新人ライバーランキングの一番上に俺の名前がまだあった。
その1つ下にフレンドのマークがついた月弓バニィの名前がある。それでもバニィが配信すればすぐに抜かれる差だとは思う。
ここが逆転したところでか、と頭の後ろを掻いた。
「明日、行けるかもな。3層」
まずは2層のボスを攻略しないといけないけど、と思いつつ機材を外して忘れずに受け取った金額の申請をしておく。昨日に続いて2万円近い金額。その重さに若干怯みそうになる自分がいる。
その日の夜、3層攻略で1万マネーのキャンペーンが終わったことが告知された。




