16.月弓バニィ
黒のバニーガール姿で『月弓バニィ』と名乗った人物が立っていた。
俺は目線の上まで突き出した高い2つの耳の先を見上げて口を開けた。
〈え?〉
〈本物!?〉
コメントがさらに加速する。
「えっと……」
バニィは頭1つ小さなところから無言の俺を見上げて首を傾げた。
中性的で綺麗な顔立ち。短い金色の髪がなびき、黒い耳が揺れる。
──どっちだ?
俺は目を閉じてウーンと唸る。分からない。
片目を開いてバニィの様子を伺う。
バニーの服の胸元は僅かに膨らみがある……が、それは本来の服の形のようでもある。
そもそもゲームキャラクターを作る時、俺と違ってどちらもあり得そうな体つきの方を選んでいるようだ。
──失礼を承知で聞くしかないか。
先ほどから気になって仕方がない。
それ以外考えられないほどに──
「男っすか? 女っすか?」
バニィは目を丸くして「どっちだと思います?」と聞いた。
声だけ聞くとかなり女性っぽい。
〈聞き方w〉
コメントを見て、確かにと気付く。
「……さっきは聞き方が悪かった。すまない」
「あっいえいえ」
バニィは小さく手を横に振る。
それで、どっちか。
普通に考えれば男性だろう。同性で同じようなことをしている仲間なら話しかけやすいものだ。いや、それしかないだろう。
「男性」
「正解はー、どっちもです」
悪戯っぽく笑って言う。
予想外の回答に今度は俺が目を丸くした。
なんだそれ……
「カタツムリみたいな生態してんだな」
「カタ……」
ふと前の方を見ると先ほど並んでいた4人組のパーティーは既に2層に入ったようだ。
「で、なんだっけ?」
バニィのステータス画面を見る。レベルは18。性別不詳。
アイコンに見慣れないものが付いていた。
「銀の冠って……これ」
「あっそうです。新人ライバーランキング2位の月弓バニィです」
バニィは弾むような声で言った。
俺は苦笑いで答える。確かにこれは見ていて楽しそうだと思う。
男性であろうと女性であろうとバニー姿で戦っている状況はきっと面白い。
「じゃあ明日には1位だろうな」
俺の1位は特殊イベントのブーストありきだ。一時的なものにすぎない。
バニィが眉間にシワを寄せ「え?」と聞き返す。
「俺は偶然だ。すぐに落ちる。だからバニィさんだっけ、応援してるよ」
2層の扉に向けて逃げ出すように歩を進める。
こういうランキングのために力強く動いている人を見ているとその眩しさにやられそうになるのだ。きっと突然1位になった俺の偵察にでも話しかけてきたのか……
「偶然? 浪井さん、本気で言ってます?」
「……ああ」
「ちゃんと浪井さんの配信は面白いです!」
バニィの言葉に足が止まった。振り返る。
「えっ……俺の配信、見てるの?」
「え? はい。僕も2層のソロ攻略に挑戦してますから、参考にしてます。じゃないと声なんかかけられませんよ」
「そっか……」
下を向いたまま心の中が少し温かくなるのを感じた。
「そうなんだ」
驚きの中心で、確かに心震えるものがあった。
──所詮、井の中の蛙なんだろうけど。
「見てくれて嬉しいよ」
俺は「ありがとう」と頭を下げた。
ランキングの2位のバニィが見てくれたことではない。
ただ単純に俺を見てくれた人が目の前にいる。それが泣きそうになる程、嬉しかった。
「こちらこそ」
バニィは既に目を赤くしながら首を横に振った。
「……えっと、それで浪井さんが良いのであれば2層の攻略同行しても良いですか?」
「え、でもソロ攻略の配信をしてるんじゃ……」
「ソロはソロでまたします。でも、浪井さんはソロ攻略にこだわってるわけじゃないんですよね?」
俺は「ああ、特に」と頷く。一緒にやる仲間がいなかっただけだ。
「残り4日、3層までの攻略。僕にお手伝いさせてください」
「マジか……」
それは2層の中層で詰まりかけた俺に注いだ一条の光明に思えた。
「断る理由が無いな。行こうぜ!」
俺はニヤリと笑いバニィに向けて拳を真っ直ぐ伸ばす。
はい、とはにかみながらバニィは頷いて拳に触れるくらいの強さで返してきた。
「ああ、やっぱり楽だー!」
ドロップ品を回収しつつ伸びをする。
わざわざ1匹ずつ釣らなくても、バニィが次々とダメージを出していく。魔法を使おうとした敵から確実に倒してくれるので俺は近づいてくるモンスターを処理すれば良いだけだ。それでも、ここまで一気に変わるとは思っていなかった。
「ソロは大変ですからね」
バニィは微笑みつつ自分の背丈よりもデカい大弓をしまう。話によると2層は既に4人パーティーでクリア済みらしい。俺よりずっと対処が手慣れている。
「そういえばVtuberってなに?」
ダンジョン内の通路を2人で歩きながら聞いてみた。
バニィはVtuberやってますと初めに会った時、名乗っていた。Vtuberの何々です、みたいな紹介をしているのが道を歩いていると聞こえてくる時があって前から気になっていたのだ。
「えっ!?」
バニィは困ったような表情で「それは……」と言葉を詰まらせた。
視線を左右に動かして、戦闘している時よりも落ち着きがない。
「まあ、僕はバーチャルな存在ってことです。VtuberのVはバーチャルのVですから」
「AIってこと? すごいな」
「いえっ、生きてます!」
「んー、じゃあライブのエフェクトみたいなやつでアニメ調に加工してるとか? 顔とか服とか」
リアルタイムで犬のエフェクトや化け物みたいな加工だって出来るのだからどこかでアニメ調に加工するアプリか何かがあるだろう。
「……そんな感じです」
バニィは目を逸らし、鳴らない口笛を吹いている。
「ほんとかよ」
「もー、一旦やめません? この話」
「ああ、そうだな」
ちょうど角で接敵したタイミングだった。
超大剣を抜き、走り込む。複数のドラム缶で作られたゴーレムが魔法の準備に入る。赤い光が胸の辺りに集まっていく。確か炎の魔法だったはずだ。
「へ?」
俺の後ろから調子外れの声がした。
振り返ると大弓を慌てて取り出すバニィの姿が見えた。
──敵に気付いて無かったのかよ。
足裏で強く床を蹴りUターンしてバニィの元に駆ける。
「きゃっ」
バニィとゴーレムの間に割って入り、俺は火球を超大剣の側面で受けた。熱波が剣を掴んだ指を舐めるように焼く。激痛が走った。
「くっそ、大丈夫かよ」
「心の中の乙女がキュンってきました」
バニィは冗談っぽい口調で言いながら大弓に矢をつがえた。
「これを言ってるのが男だとしたらゾッとするぜ」
俺は頬を引き攣らせながら言う。
「だからー、両方って言ってるじゃないですかー」
是非ともそれぞれの性別に分裂してくれと思う。
想像以上に変な視聴者を抱えていたものだ、と鼻から息を吐いた。いや俺にはちょうどいいか。
ふいに近くからキリキリと引き絞った大弓の軋む音がした。
顔を上げた瞬間、弦音が響く。槍のような矢がゴーレムの中心を貫いた。
「おお、見事」
一撃100ダメージ越え、しかも鈍化という動きが遅くなる状態異常までつく。
これを大弓は遠距離から放てるのだから凄まじい。
「よっと」
トロくなったゴーレムを切り上げてトドメを刺す。
これなら不意打ちでもない限りは2層の中盤に出てくる敵も難なく倒せるだろう。
「おっ、10レベ」
ついにレベル1桁を卒業した。
よしよし、と自身のステータスを見ていた時だった。
「まずい」
バニィが呟く。
俺たちが既に通った場所から歯車とベルトの混じった触手が何本も這い出てくる。
ガチャガチャと機械音を鳴らすそれは上部にHPバーを伸ばした。
名前は『這い寄るラトルパス』機械仕掛けのタコみたいなモンスターだ。
「は? 何でボスが……」
「徘徊系の中ボスですが、厄介な敵です」
中ボスか。
そんな奴、確かに1層にもいたな。でも、ここで接敵するとはついてない。
「……やるしかないか」
俺は超大剣を構えた。
ここから先に行って雑魚モブと挟み撃ちになるよりは良いだろう。
「やりますか」
バニィもその小柄な体躯に似合わない大弓に矢をつがえ構えた。




