15.バズの力
翌日、朝から俺はダンジョン攻略に取り掛かった。
一晩経って、メリーブのお父さんの事件にもだいぶ心の整理がついた。
残りは4日。現在2層の序盤、攻略ペース的にはかなりまずいが……
「どうしてこうなった……」
画面の端を見ながら頬が引きつった。
視聴者数311人。
そして自分のアイコンに金色の冠が付いている。
『今熱い新人ライバーランキング1位』
ランキングを開いて一番上には『西加賀詩 浪井』
つまり俺の名前がある。
〈SNSから来ました!〉
〈初見ですー〉
コメントの流れは早く既に全てを見ることは出来なくなってきている。
「……複雑だ」
1位という結果に素直に喜べない自分がいる。
それでも──
「見ている人たちの前でため息ばっかりついてても仕方ないよな」
よしっ、と呟き気持ちを切り替えて2層を進んでいく。今日はまず昨日の遅れを取り戻すところからだ。
〈ソロなのですが、2層の序盤で既に詰まっています。なにかソロ攻略の上で気をつけている点はありますか?〉
質問のコメントに俺は目を丸くした。
自分がゲームを教える立場になるとは思っていなかったのだ。
「なんだろ……1匹ずつ処理していくことかな? 時間をかけて」
こういう感じで、とモンスターを角に誘い込んでから剣を振り下ろす。モンスターが少額のお金と経験値に変わる。
「この繰り返し」
〈ありがとうございます!〉
「ん」
絶えず動き続けるコメント欄を眺めた。
油断は出来ないもののコメントを見ながらこなせる程度には2層の敵相手の戦闘に慣れた。
「そのSNSで見たってなに?」
一瞬、コメントが止まる。
また言い方が良くなかったか、と思った次の瞬間──
〈浪井さん、昨日の配信の切り抜きがバズってたんですよ〉
〈薬屋の特殊イベントの回収、マジでドラマでした!〉
〈SNSで見てほんと泣けた〉
〈兄貴の配信、超盛り上がってましたよー〉
一気にコメントが流れていった。
SNSでバズっているらしい切り抜きのURLを貼る者もいる。
「へー、でも特殊イベントってそんなにすごいの?」
ゲームのイベントというのは大体同じようにすれば誰もが同じような体験を得られるのではないか。
同じようにメリーブに話しかけたら、誰でも──
〈特殊イベントは本当に特別で、ゲーム内で1人しかクリアできません〉
〈兄貴以外もう無理っす〉
「え? マジか。すげぇ」
そんな貴重な体験だったのか。
いや、貴重な体験と呼ぶのも不謹慎なのだろうけど。
〈いまさらww〉
「そっか。そうなんだな」
一度きりと決まった体験、か。
その時、ストンと何か心の底にハマった音がした。許されたような気がした。
「いや、キツイって!!」
2層の中盤に差し掛かり敵の攻撃がより苛烈になった。
何よりワンパンで倒せる敵が中盤からいない。どのモンスターも1発耐えて反撃してくるのだ。
「いてぇよぉ……」
回復薬がみるみるうちに減っていく。
これも攻略補給地で買うとなると銀貨1枚だ。
「よしっ! 撤退!」
手持ちの回復薬が全て無くなった。
レベルがもうすぐ10になるところだったが命には変えられない。売れそうな素材も多数入手したし。
「行くか。薬屋」
ワープを使い、攻略補給地、そしてダンジョンの前、その後、街に戻った。
〈うおおお!!〉
〈きたー!〉
勝手に騒ぐコメント欄に呆れつつ俺は薬屋へと向かう。
薬屋には既に複数のお客さんが来ていた。現地人もいればプレイヤーもいる。
そして店先にいつもの青い三角巾を巻いたメリーブの姿が見えた。楽しげにお客さんと会話をしている。どうやら店は1人で切り盛り出来ているようだ。
「あっ!」
メリーブがカウンターから身を乗り出しこちらに手を振っていた。
彼女の眩しい笑顔につられて俺の口の端が少し上がる。小さく手を振り返した。
「また、回復薬を10個頼む」
「はい!」
手早くメリーブは回復薬を取り出しカウンターに並べていく。
ふいに「あの」と彼女は顔を上げた。
「昨日はありがとうございました。西加賀詩さん」
メリーブは深々と頭を下げた。
「名前……」
「あっ、すいません。昨日勝手に冒険者ギルドの方にお名前を教えていただいて。普段はそんなことしないんですけど……」
はにかみながらメリーブは視線をわずかに逸らした。彼女の頬は赤い。
「いや、いい。それよりお店は大丈夫そう?」
「ええ、はい。なんとか。今は順調にお客さんも来てますし、父の残してくれた物もありますから。そういえば先ほど浪井さんを知っている異世界人の方がいらっしゃってましたよ」
「へー。そりゃよかった」
ここでもバズの力を感じるとは。
行動力あるじゃないか、と素直に感心した。
俺は銅貨30枚をカウンターに置いて支払いをする。
「これ……」
受け取った回復薬は11個、1つ分多い。
「1つ、おまけです。他の人には内緒ですよ?」
彼女は目を細めて笑いチロッと小さく舌を出す。
俺は穏やかに「ああ」と頷く。
「また、来てください。ここでお店を開いて待ってますから」
「うん。また世話になると思う」
メリーブはカウンターの中から出てきて「約束です」と俺の目を見ながら言った。
「ああ、約束だ」
俺は頷いて答え、薬屋を後にした。
流れていくコメントの中に見えた1つの質問に目が止まる。
〈特殊クエストの報酬ってなんでした?〉
バッグを開き11個の回復薬を見る。
──これが報酬だろうな。
これで薬屋の特別なストーリーは完結。
きっと俺は今後も回復薬が無くなるたびに薬屋に寄るだろう。
そして、その度におまけが付いてくるのだろう。
──ああ、実に分かりやすいゲームらしい終わりだ。
これで、いい。
再びワープを使い2層の攻略補給地へと戻ってきた。
「む」
ちょうど2層に向かう4人組パーティーと行く先が被った。
彼らの間を通り抜けていくわけにもいかず、しばらく順番待ちか、とコメントを見ていた時だった。
「あの! 浪井さん!」
背後から声をかけられた。
高い溌溂とした女性の声だが、知らない声だ。
俺を名前で呼ぶ人なんて、それこそコメント欄くらいしか……
「初めまして! ぼく、月弓バニィって言います。Vtuberやってます!」




