13.ステータス画面
既に少し懐かしさすら感じる草原に出た。
指定されたクエストポイントは城壁の近く。確かこの辺りには薬草が生えているポイントがあったはずだ。
「なっ!?」
そこにいた青い三角巾をつけた人物に目が止まる。
城壁に手を添わせて歩くメリーブだった。
「なんで……」
俺は彼女に駆け寄った。
ここはモンスターが普通に出る場所だ。
レベル1の頃、この辺りでウィスプと戦った記憶もある。
「異世界人さん……あのっ、この辺りで店主、いえっ父を見かけませんでしたか」
彼女は俺を見つけると縋り付くように喋りかけてきた。
服の袖を強く引かれると同時になんでこんなところにいるんだ、と怒りに似た感情が湧き上がってくる。
グッと奥歯を噛み締め、感情の発露を堪えた。死んでいたかもしれないのに。せめて知り合いか誰かを呼ぶべきだと思う。
ふと見えた彼女の目は既に赤く、涙によって腫れていた。
「……見てない」
俺は首を横に振った。
彼女がただ必死だったことも分かる。
「そう、ですか。すみません。ここら辺で見かけた人はいなくて、もっと奥までいっちゃったのかも。お店に出す薬草の採取で外に行くんですけど……どこまで取りに行ってるかは知らなくて」
彼女が俺の服の袖から手を離し、一歩下がって俯いた。
「奥、ってことは森か」
顔を上げる。
今日の天気は濃い曇り空で鬱蒼と繁った森に霧がかかっていた。視界は悪そうだ。
「そう……ですよね」
ふらりと彼女は顔を上げ森を見つめ、駆け出した。
草原の中、背の高い草を掻き分けて進んでいく。
「待て待て待て!」
俺は彼女の前に走り込み、手を広げて立ち塞がった。
武器を持っているようには見えない。それでモンスターだらけの森に挑むなんて無茶苦茶だ。
「退いてください。自分でも無茶なことをしていることは自覚していますから」
彼女が睨む。発した声は怒りからか僅かに震えていた。
「優しさとか興味だけで近付いてこないで!」
大きく手を横に振った。
全てを撥ね付けるような声が草原にこだまする。
俺は怯んだ。
こういう一陣の暴風に見舞われる瞬間が苦手だ。
「一緒に探す、じゃあ……ダメなの?」
視線が宙を彷徨った。
やけに浅く踏み込んだな、と我ながら思う。
「……ダメじゃないです。行きましょう」
彼女は俯いたまま俺の横を通り過ぎていった。
森への道中、何度かモンスターに絡まれたもののダンジョン内のもっと高レベルのモンスターすら一撃の超大剣に倒せない相手などいなかった。
森のステージに入る。やはり霧が立ち込めていて、濃い土の匂いがした。視界も悪く薄暗い。
視界の端で勝手に盛り上がるコメントに向けて、
「みんな薬草の場所を教えて」
と声をかけた。
すぐに複数の候補が出てきた。絞れる要素は思いつかない。仕方ない、近いところから順番だ。
「こっちから」
俺は行きたい方向に指を差したままメリーブの方に振り返る。
彼女は立ち止まったまま無言で頷いた。息が切れているようだ。
それなりに歩いた。そもそも現地人とは体力が違うのかもしれない。
「ん」
彼女の隣に少し屈んで肩を向ける。
いらないのなら、それでいい。ただ一緒に行くと決めたのなら相応の行動は見せるべきだ。
幸い、メリーブは何も言わずに肩に腕を置いてくれた。
「………」
彼女は隣で声を出さずに泣いていた。
手で目元を拭いながらも足は前に進み続けている。
俺は彼女から目を逸らし、目的地の方を見た。
「あっ」
落ちた枯れ葉の中に倒れている人がいた。
白い髪の頭が見える。
「お父さん!」
彼女が駆け出し、俺も後に続く。
どうだ。間に合ったのか。
「っ!?」
咄嗟に超大剣を抜き放つ。
視界の端から何かが飛んできたのだ。
俺のHPが3割ほど飛んだ。
シュルシュルと滑らかなツタが地面を這う。
「こいつ……」
霧の中から飛び出してきた先に『食人花ランドス』はいた。
HPバーが上部に伸びる。
一見、巨大な白い蘭のようにも見えるその植物には目があった。
白色の霧のようなものがランドスに向かって集まっていく。
「させるかよ」
初撃必殺の効果がのった超大剣はランドスに生えた4つのツタのうち2本を切り飛ばした。一撃でHPの半分近くを削る。
「お父さん! お父さん!」
背後からは叫ぶようなメリーブの声が聞こえてくる。
最悪の結末が頭をよぎり、飛んできたツタを避け損ねた。
「なっ……」
さらにランドスの攻撃は続く。
溜めていた白いモヤを周囲に放った。
それを食らった途端、体が重く、瞼が落ちそうになる。尻もちをついた。
──眠気のデバフか。
枯れ葉に手をつく。俺が動けなくなると2人とも本格的にやばい。
連れて逃げろ、と伝えるため後ろを振り返る。
どうせ俺は生き返るから──
『死亡』
メリーブのお父さんのステータス画面が表示されていた。
現地人、レベル1。死亡。
ステータス画面は残酷だ。
「クソが……」
終わりの無い俺たちには存在しないステータス。
既にメリーブのお父さんは死んでいる。
メリーブは父の服をシワが寄るほど強く掴んでいた。服越しに啜り泣く声がくぐもって聞こえる。
「……邪魔」
俺の体に穴が空く。ツタが腹部を貫いていた。
腹から這い出ていくツタの感触。テラテラと赤黒い血に染まったものが枯れ葉の中を這っていく。
──痛い。
眠気のデバフのせいで未だ意識は朦朧としている。真っ直ぐ歩くことすら難しい。
超大剣を杖のようにして立ち上がりランドスに向けて歩く。
「俺はやっぱりプレイヤーなんだなぁ……」
超大剣の刃がランドスの体に沈んでいく。
4つのツタをなくしたランドスは緑色のオーラを体にまとった。みるみるうちにHPが回復していく。
「………」
振り下ろした3発目の攻撃によって『食人花ランドス』のHPバーが無くなりドロップ品に変わった。
──こんなに嬉しくないドロップ品は初めてだ。




