11.ラウンジ
「やっばいな! これ!」
俺は床に膝をつき砂のように金と銀の硬貨を掬い上げた。
こぼれ落ちた金貨が床の金貨にぶつかり高い音を立てて転がる。
「これ……やばい。いや、やばいしか言ってねぇな俺」
ハハハハッともう一度金貨を掬い上げながら天井を見上げて笑った。爽やかな春の風が胸を突き抜けていくようだ。
「今ならなんでも買えるぞ!」
ここには全部で……金貨106枚、銀貨もまた100枚以上落ちている。
この超大剣ですら銀貨で15枚、回復薬に至っては銅貨2枚だ。
〈『800マネー』ナイスファイト!〉
〈『1000マネー』おめでとうございますー〉
視界の端に色付きの文字が見えた。
「マネーあざす! ナイスファイト、おめでとうございます。うん。ありがとう!」
笑顔で勢いよく頭を下げた。
「うわー、何買おうかな。装備一式の新調、予備の装備一式、回復薬の買い溜め、うん。良いな」
〈家?〉
〈家あり〉
「マジか。マイホーム買えるのかよ」
〈今は金貨150が最低ライン〉
「うわっ、買えねー……いや、買えるのか?」
冒険者ギルドにはまだ売っていない素材が何個か預けてあったはずだ。白いカマキリの素材も確か残っている。
まあ、それは追々考えるとして……
「後は宝箱だな」
膝を抑えて立ち上がり宝箱に手をかける。
中からは沢山の素材が飛び出した。
『廃城の王冠』
『守備兵の寂れた斧槍』
それ以外にも廃城のカーペットなどの家具から守備兵の防具が数点。後は素材が少々だ。
「守備兵の武器防具は売却レベル10から。ただ素材と家具の方はほとんど売れるな」
これも相当な臨時収入となるだろう。
「最後に……」
奥にある石の祭壇へと触れた。
『ダンジョン第2層のワープポイントを解放しました』
システムメッセージが流れる。
〈ナイスー!〉
「よしっ、ありがとう。帰るか」
その後、ワープで町に帰り諸々の素材を売却していく。
予備の装備を買い足して尚、金貨150枚近い利益となった。
「明日で家を買えるかもなー」
露店でケバブを買い、夕暮れの空を見上げる。鮮やかな茜色の中を濃い雲が流れていく。ゲーム内のキャラクターはケバブを端から少しずつ食べ進めている。
『就業の時間です。直ちに作業を止め、退勤の準備をしてください』
「おー、終わるか」
〈おつー〉
〈長時間配信お疲れ様でした〉
「ん、また明日」
配信を切った。
データを見ると昨日の2倍以上の視聴者数が来ている。ピーク時で70人を超えていたらしい。合計マネー額も8000マネーと臨時収入にしてはかなり良い。問題はこれを申請してどのくらい引かれるかだが……
「新人ライバーランキング13位、ね」
目を瞑り頭から機材を外す。
そこそこ良い順位だと思う。こうして明確に自分の立ち位置を数字で知らされるのは配信のモチベになるかもしれない。
──でも、ここから落ちた時に……
システムで盛り上げるだけ盛り上げて、突き放す。
俺はいつまで今熱い新人でいられるのだろうか。
目を開けてスマホを取り出した。
昇華と連絡を取り、近くのビルで待った。
このビルの中にあるラウンジを予約した。といっても平日のこの時間はどうせ空いているが……
昇華は20分ほど遅れて「おつかれー」と高く手を振りながらやってきた。長い黒髪を揺らしている。
道ゆく男どもが彼女の容姿と振り上げている手に反応し一瞬立ち止まっていく。
「ごめん、結構待った?」
謝る気などさらさら無いような口調で彼女は耳からイヤホンを外しながら言う。シャカシャカと漏れ出した音楽が沈黙する。
「いいや。ここのラウンジを予約してるから」
「へー、ここ来たことないや。ラウンジなんてあったんだね。どんな店なの?」
昇華が隣に立ち見上げてくる。
俺は「シンプルな内装で清潔感がある店かな」と答えながらエレベーターのボタンを押す。
「あっ後ちゃんと喫煙所もついてるよ。全席禁煙だけど」
「あたし、そんなに吸う人だと思われてるの?」
「我慢できる?」
揶揄う俺の腕にふざけんな、と拳が飛んできた。
エレベーターに乗り、しばらく経って扉が開く。すぐ目の前にラウンジの入り口が広がっていた。
広いテラスに白い小さなテーブル。少し沈むカーペットの床に落ち着いたピアノの曲が流れていた。
「じゃあ、乾杯」
「乾杯」
注文を済ませた俺たちは早速やってきた白のスパークリングワインで乾杯をした。
グラスの中でワインの小さな気泡が揺れている。
「別にこんなお上品な所じゃなくて良かったのに」
昇華は一口でグラスの中身を半分以上飲んでいた。
もっと肩肘張らずに飲みたかったのか、それとも自分には似合わないと卑下しているのか。色々な選択肢が浮かんでは消えていく。
「まーまー、今日は俺に臨時収入が入ったからさ」
申請して2割を引かれたが……
「あっ、そうなんだ。じゃあ意外と順調? そういえば何かのランキングに入ったとか言ってたもんね」
「ああ、あれね。今日は13位だった」
「へー、すごいじゃん。すごいのか?」
首を傾げながら昇華は呟き、スパークリングワインに口をつけ、飲み干す。小さく手を上げて店員を呼ぶ。
俺も彼女のペースに合わせるため、一気にスパークリングワインを飲み干した。
「お待たせしました。春の温野菜サラダでございます」
湯気の昇るサラダと複数のドレッシングが置かれる。
「ん、意外とちゃんと熱いかも」
温野菜サラダを食べた昇華が口に手をやり固まっていた。
俺は「猫舌?」と聞いてフォークで一気に刺して頬張る。
胡麻ドレッシングの香りとまろやかな味が口の中に広がり、後から野菜の甘みが染み出してきた。熱いとはあまり思わない。
「うーん、どうだろ。暑がりだとは思うけどね」
全然関係ない答えに俺は思わず笑ってしまった。
それからしばらくはやってきたどこかのブランド鶏のローストについて感想を言い合いながら飲んで喋っていた。
その間、男女の会話としては盛り上がったほうだと思う。彼女は時折手を叩いて笑っていたし、俺自身上手く話せたと思っていた。少なくともぎこちない会話や仕事の愚痴は無かった。
「そうそう。ところで突然仕事の話に戻って申し訳ないんだけどさ、3層まで間に合いそう?」
「あー、どうだろう」
俺は酔いの回った頭で計算してみる。
今、8レベル。3層に要求されるレベルが20。1層攻略に2日かかっている。
少なくとも2層以降を1層と同じペースで突破出来るとは思えない。3層は特にだ。
「あたしこの企画の担当だからさー。一応他の人には内緒ね、って言っても誰かスタッフに聞けばすぐに分かることなんだけど」
昇華はクスクスと上機嫌そうに肩を揺らし笑っている。
「そうなんだ。まぁ正直、厳しいね。他の人がどんなペースかは分からないけど、うん」
もし、俺がめちゃくちゃゲームの上手いやつならば、3層への道のりがもう既に見えているのだろうか……
「厳しいかー」
彼女は口角を上げて目を細めたまま「うーん」と唸った。
「ごめんね。ちょっと職場に忘れ物したから帰る」
「へ?」
あまりに突然のことに一撃で酔いが抜けた。口を小さく開けたまま俺は固まる。
「すいません。お水と伝票もらえます?」
はい。あとカードでお願いします、と昇華はテキパキと支払いを済ませた。
「ちょ、ちょ、ちょっと……」
俺はテーブルに手をついて立ち上がりもう片方の手を伸ばす。
「楽しかった。じゃあ、またね浪井くん」
彼女は俺にそう言い残し、ジャケットを抱えたまま颯爽と歩く。そのまま一切振り返る事なく扉の外に消えた。
「ええっ!?」
思わず出た声が静かなラウンジに響く。
店員が一瞬足を止めて、見なかったことにして再び歩き出す。
「ちくしょう……」
事の一部始終を見ていたらしい隣のテーブルに座っていた初老の男性にガハハと笑われた。




