十九日目・前編
地下牢は静かだ。
湿った石の匂いが漂う。
地下牢の空気は、今日も変わらない。
重たい鉄扉が閉じる音が響く。
足音が止まった。
鍵が回る。
扉が開く。
ヴェリアは目を瞑り
鎖の微かな音に耳を澄ます。
男は依然として変わらぬペースで
ヴェリアの前に立つ。
ヴェリアは静かに目を開く。
椅子を引き、腰を下ろす音。
紙を机に置き、ペンを握る。
右手にわずかな硬さ。
ヴェリアは視線を外さず、手元を追う。
そこには昨日までなかった彩りがあった。
「随分と可愛らしいものをお持ちで。」
机の上の紙に紛れるように
それはあった。
黄色い花の栞。
「それはお前の趣味か?」
ヴェリアの口角が僅かに上がる
「いや、買った。」
「何処で。」
「街で。」
「戦災孤児だそうだ。」
男は俯いたまま続ける。
「戦争は長い。」
男の声は低く、重い。
「終わる気配はない。」
「火種もまだ、ある。」
「…そうだな。」
ヴェリアは視線を落とす。
沈黙。
「だが、戦わねば。」
ヴェリアは視線を上げ彼を見る
「また、死ぬ。」
「どちらにせよ、だ。」
男は肩をすくめる
「そうだな…。」
「理解しているのか。」
男が目線を合わせる。
「分かっている。」
「だが、見て見ぬふりもする。」
「生き延びるためだ。」
ヴェリアは目を逸らさない。
男の眉がわずかに動く。
「そうか。」
視線を机上に戻す。
「そうだろうな。」
男は短く息を吐く。
ヴェリアは彼の動きを見る
左手で栞を触っている。
右手は変化はない。
長い沈黙。
水滴が垂れる音が響く。




