十六日目・後編
男が言う。
「君の小隊は。」
「生き残っている。」
ヴェリアは肩をすくめる。
「少しな。」
「理由は。」
「死なないからだ。」
男は小さく息を吐いた。
それから紙に書く。
ヴェリアは視線を動かさない。
書き方。
やはり妙だ。
指がほとんど曲がらない。
ペンを押さえるだけ。
動かすのは手首。
ヴェリアはゆっくり視線を上げた。
男の顔。
変わらない。
静かな顔。
男はペンを置いた。
机に手をつく。
立ち上がる。
その瞬間。
ほんのわずか。
体重の移動が遅れる。
一拍。
遅い。
ヴェリアの目が動く。
男は椅子を戻した。
片手で。
左手で。
右の手は机に触れている。
支えるように。
それから離す。
男は言う。
「戦場では。」
「兵士は何を見る。」
ヴェリアは答える。
「敵。」
「それだけか。」
「十分だ。」
男は少し笑った。
沈黙。
地下牢は静かだった。
水の音が遠くで響く。
「今日はここまでだ。」
男は紙をまとめた。
左手で持つ。
右の手は机に触れない。
わずかに浮いている。
ヴェリアはそれを見ていた。
男は扉へ向かう。
歩き方は変わらない。
だが。
ヴェリアの視線は背中ではない。
腕。
肩。
肘。
動き。
不自然ではない。
だが。
自然でもない。
男は扉を開ける。
光が差す。
外へ出る。
扉が閉まる。
鉄の音。
足音が遠ざかる。
静けさ。
ヴェリアはしばらく動かなかった。
やがて小さく息を吐く。
鎖がわずかに鳴る。
「……怪我か。」
小さく呟く。
昨日よりはっきりしている。
手。
指。
動き。
ヴェリアは目を閉じた。
「……戦場か。」
静かな声だった。




