6-7 辯論
当初の予定では年明けに開かれる筈だった首脳会議が早まった理由はパルウァエ森林で発生した瘴気が発端である。
高濃度の魔素が持続的、或いは断続的であっても長期間に渡り発生し瘴気に至った場合、その発生地点を中心に危険地域と指定され瘴気の沈下と無害化を確認されるまで立入禁止区域として世界的に公表しなくてはならない国際法で取り決められている。
瘴気発生は遥か昔より観測されている自然災害のひとつである。ダンジョンや魔素が充満しやすい場所で魔素溜りが生成されそれが流出しないように冒険者ギルドが各地に設立され管理と対処を任されてはいるが、魔導事故などで人為災害として生まれてしまう事も稀にある。瘴気の発生の全てを未然に防ぐ事は不可能だ。規模によりけりではあるが瘴気の浄化は高位の魔法師達を複数投入し安全を確保しながら発散させ枯渇させるまでに大凡十年以上の歳月を必要とし、魔素溜りの完全な除去と撤去、汚染された土壌の再生も前例がない。故に我々はいかに瘴気を生み出さないよう監督するか裁量と責任を課題とし努力しなければならない。
だが、不浄の巫女が顕現し、この世界の均衡に大きな変化を齎した。
彼女のもつ大いなる神秘は規格外であり、これまでの根底を覆した。魔素の干渉の完全耐性とそれを吸収し無に帰す超能。これまでに放棄し手付かずになっていた地も彼女の権能の恩恵で奪還を可能とした。
ただの宗教国家だったフェイリックスが、他国にも影響を及ぼし一大国として認知され繁栄した陰には彼女、エルミラ様による力添えが大きく関与している。
今回の一件も、彼女のエニグマによる鎮静した報告で済むのであれば大事にはならなかったのだが。
「……以上、今回の騒動を申し上げました」
此度に関しては例外が二つ発生した。
一つは瘴気の発生源が異質だった点。
ダンジョンや魔獣、物質からではなく空間の裂け目から何処からともなく発生した。実際にこれを目撃し確認したのも修復したのもエルミラ様とナナシ殿だけであり、物証が残っている訳ではないが、連盟に伝令するとオニキス女王から直ぐにアポイントメントの通達が起きた。
もう一つは、その後間もなく発現した二体の異常個体について。
原因や瘴気の因果関係については現在も調査中だが、偶然で片付けるのも折が悪い。オニキス女王はこの件も議会で共有するよう言明した。
「空間の亀裂というのは今までに前例を聞いた事がないのだけれど、見間違いや勘違いという事はないの?」
こちらの報告が終わるや否や、挙手もなしに質問を投げるのはヴァヴェンデット代表のイーサン宰相。
「お伝えした通り、その罅に魔力を走らせたところ修復され塞がったと報告を受けております。よって信憑性もその話だけで物証はございません」
だよね、と鼻で笑うように返事をされる。
「異常個体の件もそう。瘴気の発生自体は事実としても、繋がりがあるかは不確定。偶発的な災難とも考えられる」
五月雨式に不明瞭な部分を突かれる。攻撃的な姿勢とは感じるが至極真っ当な正論。
「仰る通り関連性については想像の域を出ません。しかし時期の近さから全く違うとも言い切れません」
「その異常個体の件なのじゃが」
オニキス女王が話を割って言葉を差し込む。
「人為的、という可能性は考慮しておるのじゃろうな?」
そして突拍子もない事を訊かれた。
「魔獣の突然変異を意図的に引き起こした者がいる、と?」
「飽くまで可能性の話じゃ。瘴気による自然災害か、はたまた悪意による人的災害なのかで対応も異なるであろう」
「根も葉もない陰謀論は好みではないのだけど」
「そもそも、議会を早めた原因はパルウァエ森林の瘴気発生である。その件については各国に書簡を送っておるが、同地での異常個体の出現は半月前で共有が間に合わんでの。陰謀と笑ってもらうのも構わんが、大勢の時間と労力を貰い万が一を協議し対策を講じる場を設けておるのじゃ。折角なのじゃから与太話と決めつけず方針を話し合おうではないか」
責める訳でも否定する訳でもないオニキス女王の諭しにイーサン宰相は押し黙る。
異常個体の話は昨日オニキス女王にお伝えしたばかりだった。従者を介してその事を今日報告するよう言い渡された。単に喫緊の問題を周知させよ、とのお達しかと思っていたがそんな真意があると考え及んでいなかった。
確かに、ウェリス騎士団長から襲撃者の存在は聞かされていた。その賊によって若き騎士が殺められた事も。ただしその者が蠢動しあの事態を誘引したかどうかは不確かであり、探っている段階でしかなく、本筋から脱線し困惑を招くことを恐れこの場で話してはいない内容だ。目から鼻へ抜ける才徳兼備にただ驚嘆してしまう。
暫しの静寂の後、カリブレスの代表、ルクルム・アヴァルシスが小さく手を挙げた。
「対策を講じる、と仰られますが、フェイリックス国の不浄の巫女様のように瘴気を鎮静化させる加護を持つ者など他国にはおられません。兵站や物資の確保くらいしか用意しようがないのが現状です」
「具備を備えるのは当然。フェイリックスで起きた災害が他で起きない保証もない。緊急事態時の対応の指針と順序の基盤を定めよ、と言うておるのだ。国によって方策も異なるであろうが、我ら同盟国で役割の分担や協力しあえる部分もあるのじゃから」
「僕様としてもそれに対して否定はないよ。単純に疑問を尋ねただけであって、意味なく噛み付いた訳じゃあない。実際、魔力操作で変異を起こす事は可能だ。成功率は低いしどう変化するかの正確性もない。事故や実験でもない限りやる意味を見出せないけど」
この場に居合わせる全員がそこで息を呑んだ。
「……まさか」
「もしも、何者かが蠢動し異常個体を意図的に生み出す試みを行っていたとすれば、それは今後世界の脅威になり得る。瘴気の対策と同等に討議の必要があるじゃろう」
張り詰めた空気が別の緊張感で上書きされていくのが分かる。
これ以上、話の腰を折る者は誰もいなかった。




