6-8 蚊帳の外の退屈と暇潰し
二時間ほどが経過しただろうか。
直立不動で待機し続け正直疲れてきた。前方と隣に並ぶ騎士達は皆涼しい顔。こういったただ待機するだけの命令にも慣れているのだろうか。
「そこの貧相な装備の奴うぅ」
あ、そうだった。一名だけ落ち着きの無い男がいた。
この場に整列してから現在に至るまで全身で貧乏揺すりをするように常時体を動かしこちらを睨んでは舌打ちをしつつ何かをぶつくさと呟いている。如何せん廊下を挟んで目の前に陣取られているものだから嫌でも視界に入り俺の方まで気忙しい心地にさせられる。
その男がついに痺れを切らし聞こえるようにはっきりとした口調で言葉を発した。貧相な装備とはこの場で唯一鎧すら装着していない俺の事に違いない。
「聖都は一兵卒には武具すら与えられないほど貧しい国なのかあ?」
「……」
まるで此方を品定めするかのように目を細め舐めまわすように上下に視線を這わせる。
やや燻んだ金の髪と瞳。威圧的で尊大な物言いと態度に反して身長は低め。俺と比べても頭一つ半以上は差がある。その所為か全く恐懼はない。何か変なのに絡まれてしまったなあ、が素直な感想だ。
「相手にしてはいけませんよ。構ってほしいが故の明け透けな挑発です」
「分かっているさ」
不動のまま一瞥もせず告げるカルムに同意する。ただしこの問答こそ挑発を挑発で返す言動に他ならない。存外、優男のように見えるこの男も好戦的な性分なのかもしれない。
「ああん?誰かと思えばあ、フェイリックス騎士団の副団長様ではありませんか。これはこれは今日も今日とて聖教のご機嫌取りご苦労様です」
「……」
なんだ。俺に喧嘩を吹っ掛けているのではなく、それを端緒にしてカルムに因縁を付けたいだけのようだ。
「おおい無視すんなよなんだよ乗ってこいよ暇なんだよ。あとどんだけ大人しくこうしてなきゃいけねえのか分かんねえし気が狂いそうになってんだよ」
「議会の外とはいえ、ここも公の場です。ヴァヴェンデットの品格が問われますよ」
「構わねえよ。ここに居んのは皆騎士だ。口外された所で些末なもんだろうが」
落ち着きの無い小柄な男を含めその左右合わせ十人は鎧に羽根を広げた鷲と剣と杖が交差した徽章が刻印されている。絶対的強者の象徴。魔導大国ヴァヴェンデットのシンボルだ。
「んで?こいつ新顔だよな。研修かなんかで同伴してんの?」
「教える必要性を感じませんが、この後もしつこく絡まれる方が鬱陶しいのでお答えしますと、その方は我が国の巫女様の正式な従者です」
「不浄の巫女の?今まで側近を侍らせてなかったのに?どういう心境の変化だ?歳か?」
「不敬ですよ。ムスター大司教猊下に次ぐ権力を持つお方です。口を謹んでください」
待て。その情報は初耳だぞ。そんな大層な地位に就いている身分なのか?生活も性活も自由で奔放でまるで権力者の風格も振舞いも見せた事はない。聖教の関係者みたいなもの、としか言ってなかったしデムを崇拝している訳でもないようだったし。
「だあから、今そのお偉いさん共は居ねえんだから細かいこと言うんじゃねえよ。暇で暇で暇に飽いて更に暇なんだよ喧嘩しようぜ」
「申し訳ありません。あの男は腕は立つのですが何分性根に問題がありまして」
「はあ。そうみたいで」
「お?やっと買う気になってくれたのか?いいぞ、どこでやる?」
子供のように屈託なく目を輝かせ握り拳を突き出してそわそわしだす小柄な男。動いていないと呼吸が止まってしまうのかもしれない。
「しません。それと、本当にそろそろ黙った方が良いかと」
カルムが会議室の扉へ視線を向けると、ゆっくりとその二枚の大扉が開かれる。どうやら首脳会議が終了したらしい。
最初に退出し姿を現したのは細い金の鎖があしらわれた片眼鏡にさぞお高そうな華美で豪奢で派手な刺繍が施された絹のコートと貴族服の男性。機嫌が悪いのか口をへの字にしカツカツと硬質的な音を立てて踵を鳴らし、早足で廊下の中央を闊歩する。付き添っていた騎士達も置いて行かれまいと一列に追従している。その騎士の鎧にはヴァヴェンデットの徽章が刻印されていた。
「じゃあな。次はちゃんと遊んでくれよな副団長様」
俺達の前をヴァヴェンデットの代表と思しき男が勢いよく通り過ぎると小柄な男がこちらに中指を立てつつ捨て台詞を残して騎士達が彼らの背後を追っていった。
「まあ、二時間以上自制出来たことは褒めてもいいかもしれませんね」
嘆息しつつカルムが零す。忍耐が足りない奴とは思っていたが、そんなレベルらしい。いや、確かにそんなレベルだったな。
次々に各国の要人達が会議室を後にし、暫くするとだだっ広い廊下にはフェイリックス組だけが残された。
それから十分少々。漸くムスターとエルミラ達が退室してきた。
会議が終わり気が緩んで地が出てしまっていないか心配だったが、物静かにしづしづと演技を続けている。偉いぞエルミラ。
「皆様に込み入った話がありますので、私の部屋までご同行お願いします」
会議内容の共有だろうか。
立ち止まり神妙そうな面持ちでそう告げるムスターに各自返事をし、永く感じた廊下を後にした。
まあ、永く感じた原因はあの小柄な男が大部分を占めるのだが。




