6-5 首脳会議
商業区域の先に国の公共機関が密集する区画があり、更にその先に国を見守るようにヴァイス城が悠然と聳え立つ。
奇抜で最先端の技術大国の白は意外にも変哲のない平凡で凡庸な造りのありふれたものだった。
「いきなり王城に行くんだな」
「ええ。何分明日には首脳会議が控えていますから。残念ですが観光はまたの機会に」
「……うん?だから、会議が明日なら先ずは宿を目指さないのかな、って」
「え?ですから、明日の会議の終了までは我々も含め関係者はこの城で待機するのですよ」
聞いていない。てっきり何処か別の場所で一日を過ごすものだと思っていた。
「一国の代表が集う会合でそんな杜撰な歓迎はないでしょう。要人を暗殺する輩がいないとも限らないですから一同に集めた方が警備も楽ですし、懐の広狭で足元を見られてしまいますからね」
言われてみれば確かにそうだが、事前に計画や時間割くらいは教えておいてほしい。
「だが一箇所に集まるってのも危険じゃあないのか?それこそ一網打尽にされかねない」
「それも大丈夫かと。何しろこの城は難攻不落の絶対女王の居城なのですから」
難攻不落の絶対女王とはこの国の君主の異称だ。
現在ヴァイスの統治者は賢王ヴァイスではなく、その伴侶である王女オニキスが君臨している。
彼の者は約百年前の動乱の際に永き眠りに就いたと語られたきり姿を見た者はない。逝去されてしまったことの暗喩とも本当に何処か遠い地で休まれているだけとも情報だけが交錯し真実がどうなのかは明言されていない。
その唯一の手掛かりを持つ者こそ、賢王ヴァイスと共に世界を守った救世主でもあられるオニキス女王陛下だけなのだが、この件について今日まで口を噤んだままだ。
実際に拝謁した事は一度もないが、オニキス女王の噂くらいは流石に知っている。
慈愛の王に見初められし異形、と。
◇◆◇◆◇◆◇
ヴァイス城に到着した馬車が正面入り口で停止した。
聖教騎士を侍らせたムスターがキャリッジの扉をノックして開く。
キャリッジ内で待機していた不浄の巫女の正装を纏ったエルミラが先行し、俯き押し黙ったまま差し出された手を取り粛々と馬車から降りたつ。
凄いぞエルミラ。
完璧である。
ムスターから事前に伝えられていた事は大分類でひとつだけ。
『兎角、エルミラの記憶喪失を他者に決して悟られぬよう努めること』
これに限られる。
その為にエルミラに与えられた約束事として、
①俺達の前以外では一切喋らない事
②俺達以外の者がいる場合は常に下を向き顔を上げない事
③合図や指示があった場合のみ特定の言動を実行する事
以上三点を徹底して覚えさせ、移動中を含めた今日まで練習を積み重ねた。
その成果がこれである。それだけで俺の涙腺は決壊しそうになっている。
「ナナシさん、どうか堪えてください。貴方の挙動次第でエルミラ様の努力が泡沫と消えるかもしれないのです」
「わがっでいる……!」
頬の内側を奥歯で噛み締め出掛けている涙を引っ込めさせる。代わりに出掛けたというか噴き出しそうになった出血は音を殺して呑み込んで隠す。
「……私はナナシさんとエルミラ様は恋仲だとお伺いしていたのですがね」
呆れたようにカルムは小さくぼやく。
俺は今だって当然エルミラを愛している。だが同時に親性にも似た彼女を守りたい欲求も増大している。この感情の揺れ動きに一番振り回されているのは他の誰でもなく俺自身だ。
検閲を済ませたムスター達が城内のエントランスへ通されるのを見送り、俺達も順序に従い部屋へ案内されるまでの間、俺は口内を虐めしばき厳めしい表情を貫いた。
◇◆◇◆◇◆◇
王城で一晩を明かし首脳会議当日の朝が来る。
祝賀を目的とした社交の宴ではない集会の為、寝食は全て用意された個室で各自が取り、夜もぐっすりと眠る事ができた。
城の外観同様に、広々とし豪奢ながら落ち着いた雰囲気の部屋ではあるものの特筆して驚嘆する造りや仕掛けのない室内でエルミラは巫女の装束に着替えて姿見で確認しながら身支度を整えている。
因みに昨日の王城到着の際はキャリッジ内で思い出したように突然その場で着替えだそうとして俺とカルムの男衆は慌てたジニアに顔面を壁というか扉に叩きつけられた。パルウァエ森林で大盾を装備していたし、見た目によらずかなりの怪力なのかもしれない。
そのカルムとジニアも俺達と同室で一晩を共にした。現在は部屋の外で見張りを兼ねて警備中だ。
昨日もエルミラは俺とムスターとで会議の際の最終確認と練習を行った。その際にムスターには計画の擦り合わせの件で小言を告げたのだが、
「それは申し訳ありません。今日までのスケジュールについてはカルム副団長に共有し、会議の段取りについてはこの場でお伝えしようと考えておりました。てっきり移動中にカルム副団長よりお伝えいただけているものと。私の配慮不足で不都合をお掛けしてしまいました」
との事。
つまりあの糸目の優男が伝達を遮断した所為と発覚した。
まあ、過ぎた事をとやかく言うつもりはないし、確認を怠ったのは俺も同罪だ。
「そろそろお時間ですぅ……ご準備、出来ましたでしょうかぁ」
扉を少し開き声だけを室内に投げかけジニアが尋ねる。
「うん、大丈夫!」
「じゃあ、行こう。練習通りに、頑張って」
「平気よ。ナナシってしんぱいしょーなんだから」
ベールを捲り、口を尖らせながらエルミラは不満を漏らす。
何せ、今日の会議でフェイリックス騎士団所属の二人と新参の従士の俺は会議場内への入室は許されていない。不安や心配はあるが見守ってもあげられないのだ。
会議は城内の大広間で執り行われる。室内へは招集された各国の代表と護衛を二名まで。それ以外は扉の外の廊下で終了まで待機を命じられている。
カルム達と共にムスター一行と合流し大広間へと向かうと、既にいくつかの国の精鋭であろう屈強な騎士たちが通路を挟んで壁を背に整列していた。
ムスターが手をエルミラへ差し伸ばすと、ゆっくり落ち着いた素振りで指の先に乗せるように小さな手を被せる。よし、予行通りだ。
窓際の壁にカルム達が並ぶ。俺も見様見真似で横へ立った。後は野となれ山となれ。静かに時間の経過を待つしかない。
静かに……。
ここへ着くや否や違和感はあった。
先に到着し待機する騎士たちの中に若干一名、矢鱈とこちらを睨みつけ不機嫌そうに眉を吊り上げて舌打ちすら鳴らす素行の悪い男が嫌でも目に入る。
「気にしなくて良いですよ。あれはそういう人種と割り切って諦めてください」
カルムはその男と知己のようでそう俺に忠告する。
構わないのだが、どうも落ち着かない。なんかぶつぶつ言っているのも聞こえてくるし。
かくして、首脳会議は幕を開けた。




