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6-4 魔科学

 色彩だけで芸術作品のような美しさのあるブロックを積み重ねて造られているヴァイスの城壁はフェイリックス同様に関所が設けられている。

 冒険者になってすぐの時に身分証明やら手形やら面倒な取り決めがあるものと感想を抱いたが、やはり単に俺に常識が欠如していただけのようだ。

 城門を潜ると狭く短い通路ではなく、豪邸の広間のような空間が用意されており、まるでひとつの施設として機能していた。泥まみれの馬車が床を汚すことさえ躊躇ってしまう。

 その中央にはこれ見よがしに淡く光を放つ地面から天井を突き抜け最早展示されている結界石(けっかいせき)が入出する者を圧倒とさせる。

 世界には魔獣が跋扈する。

 魔獣の定義として、規定値以上の魔力を有しているヒト以外の生物であることがあげられ、特に魔法を扱えるだけの魔力と知能を持つ生物はそれだけで人類の脅威となり得る。

 それらが自然界に存在し、どうしてヒトは集落を設け維持し繁栄できたのか。その答えが国土を囲う城壁や街道などに埋没されているこの結界石に凝縮されているだろう。

 魔素を含有する鉱石は魔石と称され、蓄積量によって大魔石(だいませき)、魔晶石(ましょうせき)、魔晶塊(ましょうかい)、魔晶核(ましょうかく)と等級が上がり名称も変化する。その最上級である魔晶核のひとつに数えられる特殊な魔石が結界石だ。

 結界石は常に外気から魔素を取り込み替わりに特定の魔素を放出する。それこそが魔獣を拒絶する性質を孕み、更に外的魔素を低減し阻害する効能を持つもので、結界石の大きさと物量と品質で格段に外部からの襲撃を抑制可能となるという仕組みだ。

 しかしながら当然魔晶核は採石は困難極まる貴重品で、小規模の村落に易々と手配できるような代物ではない。所有する結界石の総量で大国であるかどうかを推し量る悪習もあったくらいだ。実際、それは盛衰興亡に直結する事実でもあった。


 そう、百年前までならば。


 現代ではどんな国、どんな小さな集落であっても大小差はあれど満遍なく結界石が世界中に普及されている。

 希少価値の高い珍品をどうして、というとこれにも賢王ヴァイスが関係している。

 彼の者もまた大いなる神秘(エニグマ)を持つ神の寵愛を受けし者だった。そしてその特質は「魔力附与」に特化したものであり、結界石だけが持つ特殊な魔素を生成し、それをただの魔石に注入することで彼の者は結界石を人工的に創り出すことを可能にしたのだ。

 辺境の辺鄙な辺邑(へんゆう)はこれを元手に休息に成長し現在の大国に至り盤石の地位を得た。尤も、生成した結界石全てを資本に換金した訳ではなく、同盟を結ぶ恩賞として提供することで友好国を増やす采配を執り世界中に流布された。

 事実、中央大陸でヴァイスと対立する国は殆どない。表向きには、だが。

 フェイリックスの城壁にも結界石は内包されているが、ここまで巨大で立派なものはない。魔獣除けの設備としては過剰なレベルであり、この国や王を象徴し主張するモニュメントとしての意味合いが強いだろう。

 それにしても……。

 「ど、どうかしましたか?」

 「こんな大層な結界石に当てられた所為か、少し気分が悪くなってしまって……」

 外的魔素を阻害する効果もある結界石はヒトが保有する魔素にも影響があるのだろうか。内臓を掻き混ぜられたような違和感と不快感で胃液が込みあがってくる。激しく体調を崩すというよりは軽い乗り物酔いに近く我慢ならない程ではないが。

 「結界石は確かに大気中の魔素を吸収し、魔法の発動などに抵抗を与えますが人体に影響するとは聞き覚えがありませんね」

 「で、でも。巫女さまもなんだか様子が……」

 ジニアの言葉で隣のエルミラに視線を向ける。確かに急に静かで大人しくなり、力なく俯いている。少し顔も青白い。

 「ちょっと気持ち悪いだけ……。お腹が空いたのかも」

 冗談を言う余力はあるようだ。多分。

 関所の手続きを終え、再び馬車が動き出し広間を抜けると悪心も徐々に引き不快感も消えていった。

 フェイリックスを出る時に異常を感じられなかったし、結界石の大きさや密度によって影響を及ぼすのかもしれない。俺とエルミラだけ、というのがやや引っ掛かりはするが。

 心配するジニアにもう大丈夫と身振り手振りで伝える。エルミラも既にけろっとしていた。

 帰りもここを通るとなると少し気落ちするが、先の事は後で悩めばいい。

 長く分厚い城壁を抜け眩い陽光と共に魔導先進国ヴァイスが出迎える。

 そこは俺にとって未知で呆気に取られる世界が広がっていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 馬車が商業区域を走る。

 多種多様の店舗が列挙し、大通りは様々な種族の人種でごった返し活気に満ち盛況している。

 中央に並行と対向で馬車二両分超の車道が設けられており、歩行者はその両脇に整地された歩道を使用するよう区分けされていて安全面を配慮した設計になっている。

 フェイリックスでもそうだったが、ひとつの店舗がひとつの施設を有し、建物が無尽に並んでいる。住宅と違う点は看板の有無での判断となるが、ヴァイスの店舗は更に目を見張る構造をしていた。

 店舗の正面、本来であれば煉瓦や木材で出来ている外壁の大半が硝子張りであり、そこから陳列された商品や店内の様子を窺うことが出来る。これならばいちいち入店しなくても外から内容を確認が可能だ。

 それだけで十分に画期的なのだが、この硝子に近づくとなんと独りでに引き戸のような所作で横へ滑って入り口が現れ、暫くするとこれまた自動で閉ざれる不思議な扉としての機能もある。仕組み云々よりもなんというか、未来っぽさを感じる。

 「自動扉、というもので魔法ではなく絡繰(からくり)技術のみで設計されているものです。動力に魔石を使用し、魔素が続く限り決められた命令通りに可動します。ヴァイスが技術の先駆けとなっている魔学(まがく)と科学の融合、魔科学(まかがく)と呼ばれる成果のひとつですね。私もはじめて目にした時は舌を巻きました」

 「ああ。フェイリックスでは見ない技術で驚いた」

 「そうでしょうね。ヴァイス以外にもこの仕組みを取り入れている諸外国はありますが、我が国には縁遠いでしょう」

 やれやれと手を開いてカルムが首を振る。その意味が分からずにいるとジニアが説明を始めた。

 「デ、デム神の教えは友愛と清貧で、独立した技術革新や科学的な創造を快く考えていないんですぅ……。ですから、この国のような尖って発展した国を聖教も好んでいない、という関係がありまして……」

 「へえ」

 聖教に造詣が深い訳もなく、そんな教示があったことさえ知らなかったが随分と前時代的な教えだ。カガク、とやらもよく分からないが国が発展し世界規模で利便性が向上する発明や文化は取り入れて流布すべきではないだろうか。

 不寛容というか保守的で閉鎖的というか、デムってやつはそんなにも狭量なのか。ただいつの世も教えや伝えは歪曲し変質して受け継がれるものだ。本来の意図と反して認識されてしまっている可能性もあるだろう。

 と、色々思うところのある内容だったが願って顰蹙を買いに行くような野暮はしない。口には出さず心の内に留めておく。

 一定の速度で走る馬車はこの国の中枢、ヴァイス城へ向かう。

 整備された街並みに様々な人種が手を取り合い共存し、魔科学とやらと共に発展を遂げた国を眺めながら、いい国だな、と心から思った。

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