6-2 巫女の従者
翌日。
「どうか道中お気をつけて。クラウド・ステラ一同、エルミラ様のお帰りをお待ちしております」
仰々しい物言いと手本のような綺麗で美しい角度の敬礼で見送るリューイに手を振って別れフェイリックス大聖堂へと向かう。
持たされた大きなトランクケースはそれなりの重量となっている。往復約半月の旅路とはいえこの荷量が正しいのか分からなかったので素直に礼だけ伝えて受け取ってしまったが。
「お出かけ、楽しみだね」
「そうだね。でも仕事で行くんだぞ?」
「大丈夫わかってる。言われた通りにするもの」
自信満々にエルミラは鼻息を荒げて凹凸の少ない胸を張る。余程ヴァイスへの旅が楽しみだったのか本来の目的を余所に既に行楽気分を隠せていない。本当に大丈夫か不安である。
「それに、ナナシもいるもの。だからもっと楽しみ!」
清々しく朗らかに少女は笑う。複雑な心情だが、今の彼女にも好意的に思ってもらえているのなら悪い事ではないだろう。
◇◆◇◆◇◆◇
ムスターからの「お願い」とは、エルミラ……不浄の巫女専属の護衛役として俺を指名し、聖教が召し抱えるというものだった。
ご丁寧な事に御璽が押印された国として正式な依頼書まで用意して。
パルウァエ森林征伐の戦果を含めたこれまでの報告を基に俺へ任命すると今朝決定したらしい。記憶を失い扱いの難しくなったエルミラを体よく俺に押し付けようとする画策ではないという訳だが、あまりにタイミングが良すぎる気がする。付け加えるなら俺のようなデム教の敬虔な信者でも高名で屈強な従士でもない輩をいきなり食客として役職を与えては他の信徒の顰蹙や延いてはデム教そのものの評判を落とす結果に繋がるではないか。
「実の所、ナナシ殿にエルミラ様専属の従者になっていただく手配はパルウァエ森林征伐前から出ていた案件でした」
ムスターは戸惑う俺を見て察したか否かは定かではないが、経緯の説明を続けた。
以前よりエルミラは瘴気を清める巫女という立場でデム教に身を置いていたが、厳密な意味ではデム教の所属ではなく、ただ協力関係にあるだけの間柄と姿勢という。
しかしそうであったとしても現在のフェイリックスに於いてエルミラは他国への優位性と牽制を象徴する存在であり、聖教とエルミラの取り決めは兎も角、国内外にはデム教の属する重鎮の一角と認知されている、と中々厄介なポジションに位置している。
更にはエルミラは行事や約束こそ守れど、それ以外は破天荒且つ神出鬼没で目を離すと忽然と姿を眩ますのも日常茶飯事であり、国としても彼女に常時付き従う者を必要としていた。だがエルミラは長きに渡りそれを拒絶し今日までに至った。それを先日ついに、
「ナナシになら従者の件を呑んでもいいわ」と承諾する旨を伝えたらしい。
なんとも身内贔屓というか、俺を甘やかすことに特化しているというか。
「瘴気浄化の報告演説を中央広場で行った後、エルミラ様からの希望として拝聴しておりました。正直に言えばその時はただ私欲を採用するのは難しいと考えておりましたが、卓越した魔法の技術と知識を持ち、異常個体を打倒する戦闘力を有する者であるならば願ってもない逸材と早急に任命書を認めた次第です」
フェイリックスの代表でありデム教の大司教でもあるこの男もエルミラにうだつが上がらず大甘である。尤も、国務や国交など様々な面を鑑みての事もあるだろうが、そんな小難しい話は俺には理解が及ばない。
色々と思う事もある。ただ、今は……。
「ありがとうございます。こちらとしてもまたとないお話です。是非、お受けさせて頂きます」
エルミラの為に……いや、俺自身の為に、これからも彼女の傍に居られる大義名分を断る理由はなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
旧フェイリックス王城前。
王政だった時代のまま、厳然と聳える嘗てのこの国の象徴。城門を潜ると今もなお整備が行き届いた美しい庭園が出迎える。
貴族の中でも限られた王族や騎士、元老院の関係者以外が足を踏み入れる事の叶わなかったこの場所は現在では一般開放されフェイリックスの観光名所のひとつと成り果てた。
王城にも入場料を支払えば観覧可能で、一部装飾はそのままにフェイリックスの歴史や文化の資料などを展示した博物館として扱われている。
王城のすぐ横に建立する建物は現在も騎士庁として機能しており、待ち合わせ場所としてそこを指定された。
到着すると既にキャリッジが三台停留しており、御者の他に武装した二名の騎士が佇み、やって来た俺達に視線を向ける。
一人は俺より頭ひとつ背が高く、長い髪を後ろで大きな三つ編みで一本に尋ねた糸目の男。もう一人は、見知った人物だった。
「ナ、ナナシさん、ご無沙汰しておりますう。お身体はもうよ、宜しいのですか?」
「ああ、問題ないよ。君の方は?」
「わ、私は大した怪我もなく魔素の中毒ありませんでしたからぁ……」
おどおどと弱気で口の中で籠るような声で話す女性騎士。パルウァエ森林で行動を共にしたジニアだった。
糸目の男は小さく一歩近寄り模範のような紳士的な会釈をした。
「お初に御目に掛かります。フェイリックス騎士団の副団長を務めているカルムと申します。此度の遠征には私と彼女が同行させていただきます」
なんとも爽やかで全く嫌味のない笑顔と物腰と言葉遣い。何処となくシグニスと雰囲気が被っているというか……。要は無意識にヒトを誑し込むような伊達男だ。
「よ、宜しくお願いいたします。まさか副団長さまにご同行いただけるとは」
「いえいえ。聖国騎士団の威信の為、我々から歎願しております故、お気遣いも固い敬語も不要です」
カルムという男は俺が持つ聖国の騎士のイメージ通りのヒトであり、団長の粗暴で粗野な素行を知っている所為もあって理知的で社交的な真人間に見える。さぞモテそうである。
「先日の作戦では騎士団にご助力いただき感謝の念に尽きません。ジニア君とシグニスから貴方のご活躍はお聞きしています。重ねて、ありがとうございます」
少し違和感を覚える言い方だ。何処にそう感じたのか言葉を反芻しているとジニアが助け舟を出す。
「あ、えと、カルム副団長はシグニスの兄上様でして……」
「おや、ご存知でなかったのですね。それは失礼いたしました」
成程。通りで佇まいが似ている筈だ、と納得する。
「さて、エルミラ様の容態についても多少はお伺いしていますが……」
カルムが細い目を僅かに開きエルミラを見やる。人見知りしているのか、エルミラは俺の背中に隠れしがみ付いて離れない。ちょっと前まであんなにこの旅を楽しみに歓談していたというのに。
「ご安心を。私どもはエルミラ様の敵ではございません。ただ一緒に馬車を共にするだけの案山子とでも思っていただければ幸いです」
警戒を解く為か柔和に微笑み優しく語り掛けるように告げるカルム。しかしエルミラは首を横に振って今度はジニアの背後に回り隠れてしまう。
「お姉ちゃん。このヒト、さっきから言ってることわかんない!」
「お、おね!?」
子供……からすると律儀で実直な大人の男性は厳格で怖そうな印象を受けるものなのだろうか。急に巻き込まれたジニアは驚きから慌てふためき狼狽えている。
「嫌われてしまいました。では、私は大人しく出発まで待機するとしましょう。ジニア君と御二方はどうぞ先にキャリッジに。ムスター大司教猊下の準備が整い次第お知らせし出発いたします」
笑顔を崩さずキャビンの扉を自ら開いて搭乗を促すカルム。お言葉に甘えて馬車内で待たせてもらおう。
ムスターの話ではヴァイスまでは中継地点での寝食を含め片道六日間の移動となる。それまでになるべく早くエルミラにはカルムと打ち解けてもらいたいものだ。
「お姉ちゃん、おしり大きいね!」
「え、えええ!?ちが……これは鎧を着ているからでしてえ!」
……既にジニアとは仲良くやれそうではあるが。




